月宮学園高等部三年で月宮三王子という特殊な役職の一人である月宮瑛斗先輩に、高等部に入学したばかりの俺、海棠理央は空き教室に連れ込まれた。
月宮先輩はドアと鍵を締めると、そのままドアに手をついて、俺を逃がさないといった様子でじっと見下ろしてきた。
金髪碧眼で整いすぎているその顔は、少女漫画の中から抜け出した王子様そのものだったが、別名、氷の王子と呼ばれる所以の吸い込まれそうな碧い瞳は、今の俺にはとてつもない緊張感を与えていた。
「か、壁ドンって、やっぱ先輩みたいなイケメンがやると様になりますねー。あっはっはっ……」
俺は黒髪の長い前髪で目元を隠しながら、笑って重たい雰囲気を必死に変えようとするが、月宮先輩は微動だにせず、まるで俺を観察するように見下ろし続けた。
「あ、あの……。昨日のはわざとじゃなくて事故なんです。だから……」
「……」
何も言わず無表情のまま、月宮先輩は俺のネクタイにゆっくりと手を伸ばした。
「えっ、あ……えっ?」
そのままするりと外されたネクタイが床に落とされると、さすがの俺も危機感を覚える。
「ちょ、ちょっと月宮先輩……。ま、待って……」
今度はワイシャツのボタンを二つ外され、あの人からプレゼントされた指輪を通したチェーンネックレスが空気に触れ、冷たくなるのを感じる。
月宮先輩は指輪を確かめるように指先で触れると、微かに何かを呟き、その手は静かに離れていった。
(あ、あれ? 許してもらえた……?)
何て呟いたのか聞き取れず、俺は月宮先輩に確認しようと上目づかいで見つめると、月宮先輩は慌てた様子で自分の顔を両手で覆い隠した。
「ほ、本物のリオンに気安く触れてしまうなんて! 私はなんてことを!!」
「えっ……?」
膝から崩れるように床に跪き、今度は頭を抱えだす月宮先輩の姿は、みんなが尊敬し憧れる氷の王子と同一人物とはとても思えず、俺の頭は混乱してしまう。
(あっ、えっ……俺のことリオンって言った? まさか……)
この間も感じた不思議な既視感を思い出し、俺は一つの可能性に辿り着いた。
俺は確かめるように、あの人からよく求められるファンサの『銃で撃つ』フリを月宮先輩にすると、月宮先輩は嬉しそうに悶えながら胸に両手を当てた。
(ああ……)
見覚えのあるその姿を見て、俺は全てを悟った。
俺がアイドルのリオンであることがバレていることと、目の前の月宮先輩が俺のガチファンだということ。
そして、入学してまだ数週間しかたっていない俺の学園生活での平穏は、どこかに過ぎ去ってしまったということを。