突然ですが、ここで一区切りです。
ネルさんが「やる事が決まるまではここで好きに過ごすから。じゃあね~っ!」と言って部屋を出てからしばらくして。
コンコンコン。
「どうぞ」
扉のノックにそう返すと、誰かが部屋に入ってくる。それは、
「失礼します」
「やあ。申請した物が届いたようだね」
「ちょっと隊長それだけっ!? こうしてあたし達がコーディネートしたっていうのに」
リーチャーの衣装を着こなすアズキちゃんと、それに付き添うように入ってきたジェシーだった。
本来リーチャーの職員は、役割によって服装がある程度決められている。研究職や医療関係者なら白衣、戦闘員なら黒を基調にしたボディスーツと言った具合だ。
だが勿論例外もある。変身すると大きく体型や性質が変わる者や、任務の仕様上特殊な服が必要な者。そもそもファッションとして気に入らない者。
そういった者は申請することで、特注の制服を用意してもらえる。今アズキちゃんが着ている物は、ジェシーや一部の女性職員の協力の下デザインされた品だった。
「あの、どうでしょうか? ワタシ的にはその……動くのに邪魔になるからもっとシンプルで良いと言ったんですけど」
「女の子がオシャレしないでどうすんのって話よ。素材は良いんだしもっとガンガン攻めても良いと思ったんだけど、アズちゃんが嫌がるからこれでも抑えめにしたのよ」
あまり身体のラインを強調しないゆったりとしたグレーのシャツ。その上から黒いベストを羽織り、下はベストと同色のフレアスカート。
敢えて袖やスカートの一部に穴やスリットがあるのは、部分変身時にそこから刃を伸ばすから。
そして全体的に暗い印象を与える中で、所々に白と青の星の模様があるのは、ジェシー達なりのオシャレという物だろう。
見た目だけなら一般人にも一応紛れられる格好だが、当然性能は折り紙つき。防刃防弾耐火耐水性能に優れ、なんなら変身せずとも邪因子を伝わらせてさらに強靭になるという仕様だ。
「うん。良いんじゃないかな? 良く似合っている」
ボクはあまりファッションセンスはない方だけど、アズキちゃんの場合素が美少女なので大抵の服装は似合ってしまう。なのでそう正直に言うと、アズキちゃんはほんの少しだけ顔を赤らめた。……ただ、
「分かってはいたけれど、やはり……少し変わってしまったね」
そう。邪因子の追加投与の結果、アズキちゃんの身体には多少変化があった。
髪色は更に深く白に近い灰色。肌はやや病的さ寄りの儚さを持つ青白さ。そして瞳は本来日本人らしく黒目だったのが、邪因子が活性化する間だけ碧眼へと変化するようになっていた。
「ジェシー。確認するけど、髪や肌や目以外で彼女に変化はないんだね?」
「少なくとも目に見える変化はね。ただ聖石を邪因子が完全に侵食したなんて事例はないし、初めての事ばかりで手探り状態かな。これからも定期的に検査した方が良いかもしれない」
「……そうか」
頭の痛くなる報告に顔をしかめそうになるが、そこはググっとこらえてアズキちゃんの方を向く。
「それで、何かボクに用があるのかい? まさか服を見せに来ただけって事もないだろうしね」
「それは……その」
そこでアズキちゃんは、ちらちらとジェシーの方に視線を向ける。すると、ジェシーはポンっと何か気が付いたように手を打ち、
「コホンコホン。あたしちょっと用事を思い出したな~。二、三十分もしたら戻るから、それじゃっ! あとよろしくっ!」
そう言って何かニマニマした顔をして部屋を出て行った。……わざとらしいにも程があるだろうに。
部屋に残るのはボクとアズキちゃんのみ。部屋に奇妙な沈黙が漂う。
「……さて。それで? 何か内密に話したい事があるのかい?」
そう尋ねると、アズキちゃんは意を決したようにぽつりぽつりと話し出した。
「あの、まず改めて謝罪を。ここ数日検査とかでまだちゃんと言えていませんでしたから。悪心の大量発生時、勝手に支部の外に出てすみませんでした。それにピーターさんに怪我をさせてしまって」
そう言ってアズキちゃんは勢いよく頭を下げる。あ~。あの事か。
「そうだね。あれで大勢に迷惑が掛かったのは間違いない。でも監視を怠ったこちらにも非があるし、君の事情を考えれば逃げ出したくなる気持ちも分かる。それに……ほらっ! 怪我はもう治ったし」
ボクは服をめくって、あの時噛まれた脇腹を見せる。気合を入れれば数秒で塞がるどっかの暴君は別格としても、ボクも新米とはいえ幹部なので少しすれば治るのだ。
「……わ、分かりましたからっ!? 早く服を下ろしてくださいっ!?」
「おっと。失礼」
慌てた様子で片手で顔を隠しつつ手を振るアズキちゃん。
いけない。どうもこの支部の女性陣は恥ずかしがるどころか癖のある奴が多いから、ついいつもの感じで。そりゃあ目の前で異性が肌を見せたら驚くよな。ボクはサッと服を戻す。
「まあそういう訳で、その辺りの謝罪は普通に受け入れるよ。それを言ったらこちらこそ謝らなくては。……ゴメンね。本来なら君は普通に邪因子を除去して帰れる筈だったのに」
「そんなっ!? 頭を上げてくださいっ!? ……邪因子がなかったらワタシはとっくに死んでいたし、この力があったからこそあの子を助けられたんです。それに」
アズキちゃんはそう言うと、何かを思い出すような眼をして穏やかに微笑む。
「あの子は、コムギは姿が変わったワタシを見て、そんなのはどうでも良いと言ってくれたんです。ワタシが生きていてまた逢えた事が嬉しいって。だから……この姿でも良いんです」
「……そっか。そう言ってもらえるなら、助かるよ」
自分なりに折り合いをつけられるようなら何よりだ。勿論我慢しているだけで爆発する事もあり得るのでメンタルケアは必要だろうけど。
そうしてしんみりしたまま話し合いは終わる……という事にはならなかったりする。
「「それで、これからの事なんだけど(ですけど)……うんっ!?」」
互いに同じ言葉が口に出て、つい互いに顔を合わせて笑ってしまう。そして、どうぞというアズキちゃんの手振りに改まってボクは話し出す。
「これからの事なんだけど、さっきはああ言ったけどそれはそれとして、君は邪因子を除去して普通の日常に戻りたいという方針は変わっていないかい?」
「はい。約束しましたから。必ず戻るって」
即答だった。事前にここまで邪因子が活性化してしまっては難しいと告げておいたのに、その意思はまるで変わっていない。ならば、
「結構。では以前言ったように、君には外部協力者として働いてもらいたい。具体的には聖石と邪因子の影響についてのデータ取りや、対悪心アドバイザーとしてだ。また、悪心が支部内に出現した場合、その迎撃に出るかどうかは個人の自由だ」
本当は子供にそんな事はさせられないと言いたい所だけど、そこはもう何度も戦闘を行っていて今更なのであくまで自由意思に委ねる。
「無論協力者なのでその分の給料も払う。リーチャーには仮所属という扱いなので、衣食住も一般職員用になるが用意しよう。あとは時間を掛けて本格的に本部の邪因子除去手術を受ければ良い。……流石に手術費用までは出せないから、その分は自前で給料を貯めてもらう必要があるが」
ちなみにこれは
しかしただでそんな事をしたら、アズキちゃんが責任を感じる可能性がある。それに職員も全員が全員彼女の行動に好意的な訳でもない。迷惑をかけたのも事実だしな。
なので何かしら働いて、あくまで自分の力で費用を出すのが一番丸く収まる。それなら反対意見も少しは減るだろう。
「以上がこちらの提案だ。何か質問や要求はあるかい?」
それを聞くと、アズキちゃんは何かしら考え込み、
「……あの、かかる時間とか費用とか聞きたい事は色々あるんですが、まずワタシの元々の要件である一番大切な事だけ聞かせてください」
そう神妙な顔で尋ねてくる。それら云々を置いておいて、真っ先に聞きたい質問とは何だろうか?
ボクは何を聞かれるのかと内心ドキドキしながら待ち、
「あの、どうにか匿名でも検閲されても良いので、コムギに手紙を書いても良いでしょうか!? 勿論電話でもメールでも何でも良いんですけど」
「……はぁ。ボクの個人用通信機で一日二分……いや三分までなら許可しよう」
女の子のガールズトークはそこまで重要なのかよと、ほっと胸を撫で下ろした。