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『第二次悪心大量発生レポート
〇月×日。正午過ぎ。
支部上層。擬装用工場にて悪心が出現。破壊活動を開始。
同時刻。周辺地区においても悪心が同時多発的に出現。その総数は不明だが、確認出来ただけで大・中・小型合わせて200体以上。
工場破壊阻止の為悪心の迎撃を決断。支部より部隊を展開する。なお悪心迎撃の際、外部協力者の助力があった事をここに記載する。
同日日没時より、悪心の発生率が急激に減少。翌日には出現率は平時と大差ないものまで下がり、警戒レベルは現在多少引き下げられている。だが、それでも完全に戻るまではまだ時間が掛かる模様。
書類作成者 ピーター』
第二次悪心大量発生からしばらく経った日の事。
ボクは執務室で頭を抱えていた。
目の前ではその原因の一つであるネルさんが、まるで悪びれることなく棒付きキャンディーをころころ口の中で転がしている。
「……はぁ。それで? 今日はどうして呼ばれたか分かってますか?」
「そりゃあ依頼達成の報酬を渡しにでしょ? あたしめっちゃ頑張ったからね! まあ悪心は歯応えはともかく数は居たから割と楽しかったかな」
「へいへいそいつはようございました。だけど……これはどういう事ですかねぇっ!?」
ボクはバッと外で売られていた今日の新聞を取り出す。そこの一面には、
「『謎の魔法少女現るっ!』『悪心殺しの英雄』『リーチャーなる組織、政府が目下捜索中』……これあたしじゃんっ!? あたし魔法少女じゃないんだけど……まあ良いや。もうちょっとこうポーズを意識するべきだったかな?」
「ポーズじゃないんだよっ!? 勝手に支部の外まで悪心を倒しに行った上、な~に普通に写真に撮られてんのっ!? おまけに組織の名前まで喋っちゃってもう……」
ネルさんがその鉄拳で悪心を殴り飛ばして仕留める瞬間が、でかでかと載っていた。
これは非常にマズい。姿が見られただけならやりようはあるが、組織の事を公にされるのは困る。
本来リーチャーは秘密組織だ。まだ侵略の準備段階なのに名が知れたらとても動きづらい。
だというのにこの暴君ときたら、何を普通に名乗っちゃってんですかねまったく。
「いやぁついね! 誰かって聞かれて名乗るほどの者でもないって返すのもアレじゃん? まあ組織名しか言ってないから平気平気っ! ……それよりどうよ? あたしがあんだけ悪心をぶっ飛ばしたんだから、報酬は弾んでくれるよね? あと和菓子食べ放題に連れてく奴もっ!」
(くっ!? キャンディーを咥えたまま眩い笑顔で迫ってくるんじゃないよっ!?)
ここで報酬を出し渋ったら後が怖い。実際どこかの支部が散々雑用係をあごで使った挙句報酬を渋り、ブチ切れたネルさんに酷い目に遭わされたらしい。……普通に払う分の数倍の出費になったとか。
「……はぁ。先に支部の外に出るなと言わなかったこっちにも少し責任があるし、その分はきっちり支払います。明細も出しますから確認してもらえれば。ただ和菓子の件は今は無理です。そもそも食べ放題とは言ってないですし」
「え~っ!? 何でよ!?」
「悪心の影響でしばらく休業中なんですよ。それに今ネルさんを連れて行ったら確実に悪目立ちします。だからしばらく和菓子の件は待ってグゲゲゲっ!?」
そう言っている間に、ネルさんはボクの服を掴んで前後に揺さぶってきた。
「い・や・よっ! 何とかしなさいよピーターっ! 下僕二号でしょっ!」
「ぐえっ!? ぐるじぃっ!? そんなこと言われてもどうしろと!?」
そんな中、
ピピピっ! ピピピっ!
ネルさんのタメールから着信音が鳴り響き、ネルさんは仕方なく手を放す。助かった。天の助けだ。
「誰よこんな時に……もしもし?」
『俺だ』
「あっ!? オジサン!」
微かに聞こえてきた声は、本来ここに来るはずだった人のもの。
この傍若無人で天衣無縫。災害級のクソガキことネルさんが、組織内で数少ない頭の上がらない
第九支部雑用係。ケン・タチバナの声だった。
「ふっふっふ! どうよオジサン。悪心の二十や三十軽~く蹴散らしたよ!」
『ああ。あまりその点については心配していなかったがな。それに聞いたぞ。悪心を倒す際に人命救助もしたそうじゃないか。よくやった』
「えへへへ。そうでしょうそうでしょう!」
その優しげな声にネルさんは顔を赤らめながら照れ笑いする。普段からこれなら恐れられる事も少ないだろうになぁ。……
『それはそれとしてだ。……お前勝手に支部の外で組織名語った挙句カメラに撮られたんだって?』
「げっ!? そ、それはその……」
急にケンさんの声色が変わる。通信機越しにも分かる怒りの籠った声に、ネルさんの表情が強張って冷や汗を流し始める。そして素早くタメールから出来るだけ耳を離し、
『このバカっ! 俺は何度も何度も言ったよなっ!? 仕事中は必要以外の一般人との接触を避け、避けられない場合は極力速やかかつ必要最低限に済ませて引き上げるのが鉄則だと。忘れたとは言わせんぞクソガキィっ! 大体お前という奴は』
「ご、ごめんなさ~いっ!?」
離れているこっちにまで聞こえてくる叱責とお説教が響き渡り、ネルさんも片手で耳を押さえながら謝罪すること約一分。
『……ふぅ。まあこんな所か。お説教はいったんここまでとして、近くにピーター君は居るか? 居るなら代わってくれ』
「居るよ。今スピーカーにするね」
えっ!? ボクに代わるのっ!?
ひとまずスピーカー状態になったタメールに向けて、しばらくぶりですと軽く挨拶する。
『ああ。前回の連絡の時にも言ったが、幹部昇進おめでとう。本来なら口調も改めるべきなのだろうが、その辺りは君が嫌がるだろうし今のままで。それと祝いの品という訳でもないが、その内手料理でも振る舞わせてほしい。日時を指定してくれれば腕によりをかけて準備しよう』
「それはありがとうございますっ! では近い内にまた連絡を」
「ちょっと!? そういう事ならあたしもっ!」
『お前にはいつも作ってるだろうが!』
ケンさんの料理の腕は趣味の域を超えてるからな。幹部になる前は時折ネルさん繋がりでご相伴に預かったものだ。最近は忙しくて頼めなかったし楽しみだ。
『それと、今回はウチのクソガキがすまない。そちらの作戦方針的にかなりの迷惑をこうむったはずだ。その分も謝罪を』
「ハハハ……ま、まあ大丈夫ですよ。幹部ですからね。何とかします」
ここでケンさんに頼めば、依頼料の返金やらなにやら便宜を図ってくれるだろう。リーチャー内外に顔が広い上義理堅い人だからね。
ただそうすると目の前のネルさんに睨まれるので乾いた笑いだけで何も言えない。ケンさんもその辺りを察したのか、苦笑しながらまた後日にと返してくれる。
そして軽い近況報告などをして別れを告げると、そのまままたネルさんに通話を代わる。
『さて。少しは頭も冷えただろう。お前も行動がやや軽率だったくらいは分かっているな?』
「……まあ、ちょこ~っとだけあたしにも悪い所があったような気がしないでもないかな」
『なら、その分くらいはピーター君を手伝うべきだ。どうせ本来の依頼料とは別に個人的な
「それは……まあ面倒だけどしょうがないか」
ネルさんも渋々頷く。ホント、ケンさんの言う事はそれなりに素直に聞くんだよなぁ。
『決まりだな。では、そろそろ通信を切る。俺が行くまでしっかりやるんだぞ。
「……うんっ! 任せてよ!」
そうして通信を切ると、ネルさんは大きく息を吐いてこちらに向き直る。
「……まっ。そういう訳で、オジサンがこっちに着くまでの間厄介になるからよろしく。一応オジサンにも言われたし、ちょび~っとだけなら気分が乗ったら手伝ってあげるから言いなさいよ」
と言われたけれど……何を頼めと?
確かにいざという時の戦力としてなら有りだ。ネルさんが本当の意味で本気になれば、一人でこの支部の職員全員を相手取っても多分勝つだろう。
だがそもそもそんな戦力が必要かと言うと、今回みたいな悪心の大量発生時くらいしか使いどころがない。そして今回の件でそうだったように、ネルさんが出たら敵は倒せるが高確率で何かやらかす。
かと言って適当な頼みをしたらネルさんの事だ。「なによ。そんな簡単な事を頼むだなんて、あたしの事が信用できないってぇのピーターっ!?」とかなんとか怒り出しかねない。
どうしたものかと少し思案し、
「……とりあえず、いったん保留でお願いします」
思いつかない時は後回し。幸いと言うか困った事にと言うか、ケンさんが来るまでまだそれなりにある。……現実逃避? 逃避できる余裕があるから良いのさっ!