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ザシュッ! ザシュッ!
「消えろっ! 消えてよっ! 消えてしまえぇっ!」
一人の魔法少女が、その手に持つ双短剣を振るい鬼気迫る表情で悪心を切り裂いていた。
「……はぁ。……次は、あっちね」
「だめっ!? そっちは数が多いっ!? 戻ってっ!?」
「うるさいっ! たまたま今日組んだだけの奴が命令しないでっ! 悪心は……どいつもこいつも消してやるんだっ!」
仲間の静止に耳を貸さず、少女は一人自分から悪心の群れに突っ込んでいく。
「こんな奴らに、こんな奴らに
そうどこか慟哭するように吼える少女の姿は、ある意味で悪心のようだった。
少女には姉が居た。
強く、優秀で、母の期待を一身に受け、
父は少女の幼児期に蒸発。そして母は多忙の為家族の時間は取れず、その上どちらかと言えば優秀な姉にばかり期待をし目を付けた。
勿論少女の方に構わなかった訳ではない。それでも姉より優秀になればもっと構ってもらえると、愛に飢えた少女が思ったのは自然な成り行きだった。
少女は様々な事で姉に挑んだ。勉学、運動、芸術、作法、思いつく限りの様々な事で。
しかしどれも勝つ事は出来なかった。正確には引き分けはあれど超える事は出来なかった。
数百を超える勝負の末、少女の心は折れた。いくらやっても完璧な姉に勝つ事は出来ないと、諦めの気持ちに支配された。
出来る事と言えば、勝負の後で姉に捨て台詞を残すぐらい。嫌味ったらしく、惨めに、腹立ちまぎれに罵声を浴びせる程度の事。
だというのに、姉は怒って反撃するでもなく、それすらも涼しい顔でただ受け入れた。
それが余計に少女の心を傷つけると分からずに。
そんなある日、姉は珍しく……というより初めて友人を家に招いた。
少女は昏い気持ち半分興味半分でその相手を観察した。完璧な姉の友人なのだから、相手も相応の傑物なのだと。
だが、その考えはすぐに間違いだったと気づく。その友人は傑物と言えるほど優秀ではなく、かと言って暗愚でもない。
明るく、気持ちの良く、それでいてどこか抜けていて、しかし良識も兼ね備えた、どこにでもいる一般人だった。
そしてそれを見る姉の様子を見て、少女はまた気づかされた。
友人など居た事もなく、まごまごしながらもどうにか喜んでもらおうとする姉の姿もまた、どうしようもなく不器用で、やはりどこにでもいる一般人のようだったと。
決して姉も完璧ではなく、完璧のように見えるだけだったのだと。
それ以来、少女は再び姉に挑み始めた。
完璧でないのなら、挑み続ければ勝ち目はある。自身を高め続け、必ず一矢報いて見せると。
相変わらず負け続け、悔しいから負けて捨て台詞を残す事も変わらなかったけれど、それでもいつか来る勝利に向けて挑み続けた。
姉が母の意向で魔法少女になったと聞けば、少女も母の反対を押し切ってその2年後に魔法少女となった。
姉が剣を使って戦うスタイルだと知ってからは、自身も同じ土俵に立てるように剣を訓練した。……そちらはあまり才能がなかったので結局双短剣のスタイルに落ち着いたが。
成りたての頃にピンチになって、あわやと言う所で姉が助けに駆け付けた時は、嬉しくもあり恥ずかしくもあったのでつい憎まれ口を叩いたりもした。
姉の友人ともそれなりに交流を深めた。姉の弱みを探るため、あわよくば姉から奪い取るためという名目だったのに、いつの間にか本当に少し気に入っていて。
少女があまり仲良くしていると、姉がさりげなく引き剥がそうと牽制してくるのがまた楽しくて。
いつの間にか、悶えるような渇愛も少し薄れていた。なくなった訳ではないけれど、姉に向き合っている間は我慢できる程度になっていた。
もっと昔から姉妹仲が良ければ、もしかしたら別の生き方もあったのかもしれないと考える事さえ多々あって、
悪心の大量発生の中、姉はデパートに突如出現した悪心から一般人を守り、死者を出すことなく地下駐車場まで追い込んで撃破。
しかし、そこで姉の消息はぷっつりと途絶えた。
MIA。戦闘中行方不明。
遺体が確認された訳ではない。だが状況的に生存は絶望的だった。
それでも少女は生存を信じたかった。しかし姉の友人が現場で粒子となって消える姉の装備を見たという言葉を聞いた時、少女は遂に絶望した。
自分の挑むべき相手が、自分の超えるべき目標が、もうこの世に居ないという事に。
「セイっ! ……ハァっ!」
そして、悪心の大量発生が再び起きた現在、少女は姉の仇とばかりに見かけた悪心に片っ端から襲い掛かっていた。
仲間とはぐれたのは理解していた。一人では危険なので戻るべきだとも頭では分かっていた。
しかし心から溢れるドロドロとした感情を叩きつけるかのように、少女はたった一人悪心の群れと対峙し双短剣を振るう。
速く、鋭く、そして深い怒りと悲しみと殺意を込めた一撃。それは一振りするごとに的確に悪心の急所を貫き、抉り、両断して減らしていった。
当然悪心の側もただやられてばかりの筈もなかった。少しずつ少しずつ、少女の身体に微かだが確かな傷と消耗を遺していく。
斬って、刺して、穿って、反撃されて……また斬る。
それは悪心を地獄へと導く片道切符。あるいは壮絶な八つ当たり。
そんな事が何度も続き、何体悪心を仕留めたか分からなくなった頃……ついにその時は訪れた。
カラーン。
「……あっ!?」
それは、手から短剣が滑り落ちる音。
長時間の戦闘で握力が弱ったのか、単純に体力低下が原因か。どちらにしても結果は変わらない。
ザクッ!
「うぐっ!? ……アアアアァっ!」
武器を落とした隙を突かれ、少女の肩に野描型悪心の爪が突き刺さる。
どうにか反撃したものの、思いの外深かったのか片腕に力が入らずもう片方の腕で短剣を構える。
そこへ、残った悪心達は好機とばかりに殺到した。
(……ああ。こりゃダメだ)
突然世界がゆっくりになる感覚。着実に迫る悪心達を見て、怒りに狂った思考の裏でどこか冷静に少女はそう判断していた。
(もうここを切り抜けるのは難しい。なら、一体でも多く道連れにしてやるっ!)
そんな捨て鉢な、破滅的な思想と、
(ダメ。こんな所で死ねない。どんなにズタボロにされても生きて帰らなきゃっ!)
最後まで生きる事を諦めない生存本能。
その二つが混ざり合い、残った片手の短剣をギュッと握りしめる。そのまま目前に迫った悪心達に刃を振るおうとし、
「あっ!? 獲物も~らいっ!」
「…………へっ!?」
少女は目を丸くし、理解が追いつかない。
体型や声から自分より少し年上、姉と同じくらいの女性だとは分かる。悪心と戦っているので、多分魔法少女だという事も分かる。
しかしその先の理解を阻むレベルで、その人型の何かはまさしく暴虐の化身だった。
全身から薄く黒い靄のような物が揺らめき、その何かが拳を振るい蹴りを入れるだけで悪心は例外なく破壊された。
少女の知るどの魔法少女の能力にも当てはまらない能力。
ただ、少女にも一つだけ理解できるものがあった。その何かの動きはどこまでも滑らかで、それでいて力強いものという事だ。
ただの力任せではなく、確かな技術に裏打ちされたもの。だけどどこまでも気楽で、どこか舞うような動き。
その何かは一撃も反撃を食らう事なく、悪心の群れが掃討されるまで1分もかからなかった。
そして、その何かは少女に向けて尋ねた。
「大丈夫? アンタの獲物取っちゃったけど、まあ見るからにピンチそうだったし許してよね!」
『大丈夫だった?
「……お姉ちゃん」
似たシチュエーションに似た言葉。そして別のベクトルとはいえその圧倒的な戦闘力を前にして、少女は自身の姉を思い出してそうぽつりと呟く。
「んっ?
その何かは自慢げに胸を張り、自身の名を声高らかに宣言する。
「あたしはネル。ネル・プロティっ! いずれリーチャー首領になるレディにして雑用係見習いよっ! よろしくっ!」
その日、少女……