近づくなという拒絶の言葉。
それがワタシとコムギとの間を、どこか寒々しく流れていく。
「……何でそんな事言うの? ……あたし、アズキちゃんの事をずっと待って……きゃっ!?」
コムギは驚愕したように足を止めたけれど、それは一瞬の事。よろよろとこちらに歩いてこようとして、途中の瓦礫に脚を取られて転びそうになる。
「危ないっ!?」
足元はゴツゴツした瓦礫ばかり。このままじゃ怪我をすると、ワタシは咄嗟に鎧の刃を引っ込めながらコムギを抱きかかえるように受け止める。その時、
「…………えっ!? アズキ……ちゃん? その姿は!?」
「……目がまだ完全ではないとはいえ、これだけの至近距離なら流石に分かってしまうよね。そう。これが、今のワタシ」
コムギの眼が大きく見開かれる。それはそうよね。前とは随分見た目も変わってしまったし、コムギだって……こういう反応をするわよね。
「訳は詳しく言えないけど、アナタとの最後の通信の後、ワタシは色々な事があって一命を取り留めた。だけど聖石が破損してもう魔法少女としては戦えなくて、代わりに手に入れたのがこの力だった。……酷い姿でしょう? これを見て正義の魔法少女だなんて思う人は居ないでしょうね」
ワタシは自虐の意味を込めて軽く嗤う。
「この力は自分で望んで得た物。それに後悔はないの。でも、事情を知らない人から見れば……ワタシは悪心とあまり変わらない。……いえ。悪心とはまた別の人外よ。いくら自分で自分を人間だと思っていてもね」
ピーターさんは邪因子により怪人化しても人間だと断言した。リーチャーの人も皆同じような結論なのだろう。それは良い。
だけど、それ以外からすればやはりワタシ達は人間以外の何かなんだ。
「それに……見て? この鎧中の刃を。これは今ワタシの意志でひっこめているけど、本来なら出ている状態が素なの。意識しないと触れる人を傷つけてしまうような人外。それが今のワタシ」
そう絞り出すように語るけれど、一言一言が自分自身に突き刺さっていく。
でも言わなきゃいけない。この温かな居場所を、大切な人を、自分で傷つけてしまわないように。
「だから……もうワタシに近づいてはダメ。アナタは魔法少女なんだから。こんな人外と一緒に居る事なんてないの」
そう言ってさりげなくそっと手を放そうとした時、
「アズキちゃんのバカっ!」
ガシッ!
コムギは自分からさらに力強くこちらを抱きしめてきた。
「コムギっ!? だから危ないって」
「あたしはっ! ……そんなのどうだって良いの。魔法少女じゃないとか人外とかそんなの知らないっ! アズキちゃんが生きていて、また逢えた。それだけで……嬉しいんだよ」
涙目で叫ぶように、コムギはそう口にする。
「ちょっと全身がトゲトゲしてるからって何よっ!? そんなの……ちょっとこっちが厚着すれば済むよ。それにアズキちゃんは、今もあたしが傷つかないようにひっこめてくれてるんでしょ? ……そのくらいで、あたしは離れたりなんかしないんだからっ!」
「……まったく。バカなんだから」
気が付けば、ワタシもまた涙を流していた。
(ああ。このままずっと一緒に居られたら。抱きしめ返してあげられたらどれだけ良いだろう)
それはとても甘美な誘惑だった。
コムギなら、決して今のワタシでも見捨てる事はないだろう。
周囲から魔法少女と認められなくとも、どんな陰口を叩かれようとも、コムギさえ一緒に居てくれるのならそれで良いとも思った。
邪因子の影響なのか、さっきから心臓はどくどくと高鳴る。いつの間にか、ワタシの両腕が知らず知らずの内にコムギの背に伸び、
「…………ありがとう。でも、やはりワタシは行かなくちゃ」
本能を理性で制し、ギリギリと音が鳴りそうなほど静かに力を入れて両腕を離す。
そのままコムギの腕を優しく掴み、サッと地面に立たせる。……そんな名残惜しそうな顔をしないでほしい。
「ワタシも、このままコムギと一緒に行きたい。でも
ワタシはバイザーを外し、素顔をあらわにしてゆっくりと笑いかける。
「それにこの力をくれた人達は、
「アズキちゃん……じゃあ、
コムギはそう言って小指を伸ばしてきた。それを見てついフフッと笑みが漏れてしまう。
「ちょっとぉ。笑う事ないでしょ!?」
「フフッ。ゴメンゴメン。何か微笑ましくて。でも良いわ。約束する」
ワタシもそれに応じて、小指を互いに絡め合わせた。
「何があったって、どれだけ時間が掛かったって、必ず戻ってくる」
「うん。約束だよっ!」
誓いはここに交わされた。
そうして離れた小指には、コムギの温かさが残っていた。
「……そろそろ行かなきゃ。本当はこうして私が生きているって知らせるのも止められていたんだけど、無理言ってちょっとだけ時間を貰ったの」
残り時間はもう30秒を切っていた。
ワタシはすぐにでも飛び出せるようにとんとんとステップを踏み始める。
「この先いつになるか分からないけど、どうにかしてその内連絡をするから。……ワタシが生きてる事は、もうしばらくは皆には内緒にしていて」
「ちょ、ちょっと待って!? それって平岡さんや、アズキちゃんのお母さんにもっ!? それにあの子だって。……皆アズキちゃんが居なくなって落ち込んでいたんだよ」
その言葉に、少しだけこの場に留まる理由が増えて後ろ髪を引かれる。
(平岡さんはともかく……母さんと
母さんからしたらワタシは政治の為の道具だった。ワタシが魔法少女になったのも、その方面に影響力を高める事の一環だった。
仲は決して良かったとは言えない二人だったけど、最近はコムギの仲立ちもあって少しだけ……ほんの少しだけマシになったように感じていた。
ただそれでもマシになっただけで、ワタシが居なくなった事でそこまで変化があるとは思っていなかったけど。コムギがそう言うのなら大なり小なり家族としての情があったのだろう。
ワタシは少し考えて、
「……落ち着いたらこちらから連絡するわ。だから、もうしばらく内緒にしていて」
「分かった。でもなるべく早くしてあげてね」
その言葉に、ワタシは軽く手を振って応えながら足に力を込める。
そしてそれを解き放つ瞬間、
「アズキちゃん。……
「ええ。……またね」
コムギの笑顔をしっかりと目に焼き付けて、ワタシは思いっきり空へ翔けだした。
「時間ピッタリ。まあ個人的には出来ればもっと余裕を持ってほしかったけどね」
「ごめんなさい」
「そこは別に謝らなくても良いさ。さっきも言ったけど、勝手に支部を抜け出したり邪因子を許可なく身体に投与したことは謝ってほしいと思うけどね。ボクやジェシーや他の職員達にも」
隠された支部の入り口では、ピーターさんがワタシの事を待っていた。
ふわりと目の前に降り立ったワタシは、素直に頭を下げて謝罪する。
「しかし分かっていると思うけど、ここまで邪因子が活性化した上怪人化したとなると、もう身体から邪因子を除去するのは難しい。やるにしても長い時間と本格的な機材が必要になってくる。こうなっては今までのように
確認するようにピーターさんが尋ねてくるので、ワタシは静かにこくりと頷く。
「結構だ。では今回の件が落ち着き次第、君を特例として
そうしてピーターさんは、苦笑いしながらワタシに向けて手を差し出した。
「本当は子供は歓迎したくないけれど、ここは敢えて言わせてもらおう。
「よろしくお願いします」
今の言い方からすれば、まだワタシから邪因子をなくせる手立ては残っているのだろう。ならワタシは諦めない。
たとえ悪と言われても、どれだけ時間が掛かっても、必ず戻ると親友に約束したのだから。
ワタシは静かに決意を秘めて、ピーターさんの手を取った。