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悪心迎撃戦 堕ちた星は刃を振るう


 まず感じたのは熱だった。心臓はどくどくと脈打ち、身体中の細胞が騒ぎ出す。


 邪因子が活性化する感覚。それだけなら以前にも味わった。だけどそこに、今度は聖石から身を引き締めるような冷たさが追随する。


 狂騒と沈静。相反する二つが合わさり、拒絶反応として身体に激痛が走る。


「アアアアアっ!?」


 自分の口から知らず知らずの内に絶叫が出る。


 今にも心臓が止まりそうな……いや、の痛み。


 でも止まる度に、邪因子の側がもっと動けと無理やりに心臓を叩き起こす。


 そして、どれだけの時間が経っただろうか?


 体感では一時間は経ったような気がしたし、実際は十秒も経っていなかったかもしれない。


 唐突に、



「…………フッ」



 小さく吐息を漏らしながら、トンっと地面を軽く駆けてピーターさんに襲い掛かっていた小型悪心数体とすれ違う。それだけで、


「……まいったな。まさかここまで適性が高かったとは。それとも元魔法少女だからか?」


 悪心達は、全て奇麗に両断されていた。


「分かりません。だけど、何となく出来る気がしたんです」


(ああ。……本当に、変わっちゃったんだな。ワタシ。分かってはいたけど……ちょっとショック)


 近くの瓦礫の中。そこに散らばっていたガラスの破片に映る自分の姿は、魔法少女として戦っていた時とはかけ離れていた。


 空色を基調としていた軽鎧は漆黒に染まり、腕甲や脚甲の所々から血のように紅い刃が生えている。


 頭部には目元を隠す形の薄紫色のバイザー。そして愛用していた長剣は、柄の部分が刺々しく変貌して鞘に納められていた。


 灰色の長髪は変身時に一つにまとめて束ねられ、鎧の隙間からはやや病的なほど青白い肌がのぞく。


 身体から力が溢れてくるのとは裏腹に、見るからに堕ちた騎士という格好にワタシはつい自嘲の笑みを浮かべる。


「その姿。どちらかと言えば、本体より魔法少女のアバターが強い影響を受けたみたいだね。属性は“刃”か“剣”と言った所かな」

「それはまた……我ながら酷い物ね」


 以前職員の人から、邪因子の変身は本人の素養や願望にもそれなりに関係があると聞かされた。


 つまり元となる魔法少女の姿がこうなったのは、ワタシの中にそういう素養があったから。


 敵を倒す事でしか、あの子を守る事が出来ないと心の底で考えていたから。


 でも……


「行かなくちゃ。すみませんピーターさん」

「3分だ」


 そうして離れた場所で今も戦っている大切な人の元へと飛ぼうとし、その背にピーターさんから声を掛けられる。


「今の君の身体能力を考えると、支部までの移動時間を考えて猶予は3分。その間に君のすべき事を済ませると良い。助けるのも……もね」

「……行ってきます」


(ああ。やはり、ピーターさんは良い人だ。行くなでもなく、何も語るなでもなく、すべき事をする猶予をくれるなんて)


 ワタシは少しでも猶予を伸ばすべく、そのまま勢いよく空へと飛び出した。





(見えたっ!)


 空高く飛び上がったワタシは、すぐにコムギが悪心達と戦っている場所を捕捉。だけどコムギは明らかに傷つき、そこに悪心が殺到しようという所だった。


(させないっ!)


 ワタシは一気に加速してコムギの元に到達。風で吹き飛ばさないようギリギリで減速して前に立ち、迫りくる悪心達を見据える。


「ダメっ!? 一人じゃこの数はキツイよっ!? 目が視えないあたしじゃ足手まといになっちゃうから早く逃げてっ!?」


 コムギはそう悲壮な叫びをあげる。


 大丈夫。もうアナタの所には届かせない。ここがこの悪心達の終わりの場所よ。


『シャアアっ!』


 ザンっ!


 最初に飛び掛かってきたウサギ型悪心を、鞘から抜き放った剣で両断する。


(うん。身体が軽い。以前のように……むしろ以前よりも身体が自在に動くっ!)


 次々に襲ってくるウサギ型悪心を切り払い、なで斬りにしていくと、続いて向かってきたのは牛型悪心と鹿型悪心。


 牛型悪心の突進は真っ向から受けるには危険であるけれど、同時に向かってくる鹿型の角は鋭利な刃かつ幾重にも枝分かれしていて、下手な回避や迎撃では武器を絡め捕られた上でそのまま牛型に潰される。なら、


(習ったわけじゃない。なのに、って分かる。不思議ね)


「……邪因子……


 ギュオオン……ズバンッ!


 邪因子が身体から剣に伝わっていき、大きく振るって鋭利な角ごと鹿型悪心の首を落とす。そしてその勢いのままに身体を回転させ、牛型の突進を躱しながらすれ違いざまに前脚を切断。転倒した所を脳天に剣を突き立てる。


 残るは熊型悪心のみ。向こうも敵意をむき出しにし、二足で立ち上がって腕を広げ威嚇する。


「…………アズキ……ちゃん?」


 ワタシの後ろから聞こえるその声は、どこか困惑が感じられた。


 無理もないよね。姿も大分変わってしまったし、そもそもワタシが死んだと思っていた可能性も少しある。……少しだけど。


 でも、その声を聞くだけで、アナタが一緒に居るだけで、ワタシはまだ戦える。


『グオオオっ!』


 熊型悪心はその剛腕を横薙ぎに振るおうとする。それはまともに喰らえば人間の身体なんかぼろ雑巾のようになってしまう一撃。


 だけど、当たらなければどうってことはない。


「はあああっ!」


 ズンッと剣を地面に突き立てる。すると地面を伝って邪因子が熊型悪心まで伸びていき、そのまま地面から放出。形ある刃となって身体を縫い留める。


『ギャオオンっ!?』


 邪因子の刃は一時的な物。叫びながら暴れる熊型悪心のパワーなら数秒あれば抜け出せる。


 だけど、その数秒があれば充分。


「これで……トドメっ!」


 ワタシはを拾い上げ、そのまま邪因子を纏わせて熊型悪心に突撃。


 もがく熊型悪心を一息に切り捨てた。





「…………ふぅ」


 周囲にもう悪心の気配がない事を確認し、大きく息を吐いて残心を解く。


 そしてふと咄嗟に手に取った剣を見て、それが誰の物かと思い当たり、



「……アズキちゃん? アズキちゃんだよね?」



 その声にゆっくりと振り向けば、そこにはワタシの大切な親友が立っていた。


「まだ目がぼんやりとしか視えないけど、でも動きで分かるよ! アズキちゃんなんでしょっ! ……生きて……帰ってきてくれたんだねっ!」


 その声は本当に嬉しそうで、コムギは目が視えないなりにこちらへ歩いてこようとしている。


 だからこそ、今のワタシは、





 こうして、拒絶する事しか出来なかった。


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