注意! 途中視点変更があります。
◇◆◇◆◇◆
それは、分かっていた事だった。
「悪心反応っ! 市街地に多数出現っ!?」
「やはり来たわね。周辺の住民の避難誘導を開始! 付近の魔法少女を至急現場に向かわせてっ!」
以前起きた悪心の大量発生。
それに近い反応を感知した魔法少女の本部は、事前に警察や自衛隊と連携を取り事に備えていた。
実際何も知らない状態に比べれば、かなりスムーズに避難や対処は出来ていた。しかし、
普段一体か二体しか現れない悪心。仮に群れるタイプだとしても、それは大半が小型種で一体一体はまだ倒しやすいタイプ。それが、
『ガアアアっ!』
『グオオっ!』
何体も
「チィっ!? 何よ何よこいつらはっ!?」
「倒しても倒しても……キリがないっ!?」
普段の倍以上の数。そして普段を優に超える強さの悪心達。事前に何人かでチームを組んで備えていた魔法少女達でも苦戦は免れなかった。
さて、そんな中ある所に、新米の魔法少女のチームがいた。
チームは最低一年以上魔法少女を続けた者が一人でも居なければ登録されない。しかしそのチームはたまたまその人物が所用で町を離れており、残るのは皆経験の乏しい者ばかり。
そういうチームには避難誘導等に協力するよう指示が出るのだが、このチームは多少ながら自分達の実力を過信していた。一人居なくとも問題はないと、自分達から悪心反応の方に向かっていった。
そんな新米魔法少女達が辿る末路は大体決まっていて、
「イヤ……来ないでよ。何なのこれ!? こんなの訓練になかったっ!? こんなの知らないっ!?」
「数が……多すぎるっ!?」
彼女達は悪心の群れにぶち当たって壊滅寸前に陥った。
通常よりも強力な悪心の割合が多く、必死の思いで倒したとしてもすぐに次の増援が来る。
浮かれ気分はすぐさま後悔に変わり、次第に恐怖や絶望といった感覚に支配されていく。だがもうすっかり悪心に囲まれ、後はじわじわと磨り潰されていくのみ……の筈だった。
「皆しっかりしてっ!? 大丈夫っ! あたしが今度こそ……絶対守るからっ!」
一人の魔法少女が、そこに助けに入りに来なければ。
◇◆◇◆◇◆
「……ごふっ!?」
吐血し、血塗れになりながらも、よろよろとステッキを支えにあたしは立ち上がる。
目の前で咆哮を上げるのは、見える限りでは牛型と鹿型、そして熊型の中型悪心が一体ずつ。そしてウサギ型の小型種の群れ。どうにか何体も倒したのにまだこんなに居る。
(さっきの子達……無事に逃げられたかな?)
あたしがこの場所に来たのは偶然だった。
「ちょっと様子を見に行ってきます」
『危険すぎるわ。アナタは今チームメンバーもなく一人。もしもの事があったら』
「大丈夫です! それに……もし今行かずに間に合わなくなったら、それこそ後悔しちゃいますから」
たまたま受信した救援信号。止める平岡さんを無理に説き伏せて現場に来てみたら、襲われていたのは明らかに実戦慣れしていない魔法少女達。
怯えてまともに戦えそうにないその人達を逃がせたのは良いけど、その代わりあたしは悪心の群れに囲まれた。
(助けを呼ぶって言ってたけど……ちょっと期待薄かな。この辺りはあんまり人が居ないし)
『シャアアっ!』
「この……やああっ!」
大きく飛び上がって突っ込んでくるウサギ型を一体撃ち落とす。こんな風に一体ずつならあたしだって……えっ!?
『グオオオっ!』
「きゃあっ!?」
3mはあるんじゃないかという大きな熊型悪心が、撃ち落とされるウサギ型ごとあたしを潰そうとその腕を振り下ろした。
咄嗟に飛び退いたあたしだけど、さっきまでいた場所で無残に潰されるウサギ型悪心を見て冷や汗をかく。
『ブモオオっ!』
そこに合わせるように、牛型悪心が突進してきた。
(ビームを放って迎撃するにはちょっと距離が足りない。なら……剣でっ!)
アズキちゃんが居ない間、近づかれた時の為に練習していた剣。牛型の突進を躱しざまに反撃しようとそれをステッキとは反対の手で抜き放ち、
ガキーンっ!
「……えっ!?」
(嘘っ!? 悪心が群れるだけでも珍しいのに、連携をとるなんてそんなのアリっ!?)
結果、牛型悪心の突進は無理やり身体ごと跳んで躱す羽目になった。だけど、その代償は高くついた。
突進で巻き上がった砂煙がもろに目に入って、開けられなくなってしまったんだ。
瞼の裏から感じられるのは、近くの相手のぼんやりとした動きが精々。そして、戦いの中でまともに前が見えないのは死活問題。
『シャアアっ!』
「ああっ!? ……かはっ!?」
ウサギ型悪心の突撃が鳩尾に入り、悶絶した所を一体二体とまた突撃してくる。
目も見えないまま音や微かな風を頼りにビームを放って牽制するけど、闇雲に撃っても距離を取らせるのが精々。
そのまま悪心達は、少しずつじわじわとこちらを包囲しながら近づいてくる。
『グオオオっ!』
「……はぁ……まだ……これくらいっ!」
嘘だ。もう正直いつ倒れてもおかしくなかった。身体中あちこち痛いし、足はガクガク震えてる。
でも口で自分を誤魔化しつつ、あたしは震える足を叩いてステッキを握り直す。
(まだ……はぁ……負けられない。アズキちゃんが……帰ってくるまで。一人でも……頑張るんだって、決めたんだから!)
アズキちゃんと交わした約束。
立ち止まらず、全てを投げ出さず、前を向いて歩く。誰かにとっての光である事。
それを破ってしまったら、それこそ本当にアズキちゃんが戻ってこなくなるような気がして。
『グオオオっ!』
『ブモオオっ!』
咆哮と強烈な地響きが一斉に聞こえ出す。ついに向こうもまとめてかかってくる気になったみたい。
いくら迎撃しても、あの数が一度に来たら対処しきれないだろう。眼もまともに視えない以上、躱す事すら難しい。
もしかしたら、ここであたしは…………でも、
(諦めるもんか! ……アズキちゃん。見ててね! あたし……負けないから!)
迫ってくる悪心達を迎え撃つべく、あたしはありったけの力を振り絞る。
そしてステッキに溜まった分の力を一気に解き放とうとした……その時だった。
ヒュンっ! シュタっ!
(……風? いいえ違う。誰か来た)
風切り音と共に、朧げだけど人型の誰かがあたしの目の前に立ったのを感じる。走ってくる音が聞こえなかったから、多分魔法少女が飛んできたんだろう。でも、
「ダメっ!? 一人じゃこの数はキツイよっ!? 目が視えないあたしじゃ足手まといになっちゃうから早く逃げてっ!?」
そう慌てて叫ぶけど、そんなの悪心達にはお構いなし。
今更突撃が止まる事もなく、あたしの前に立つ誰かに殺到する。そして、
ザンっ!!
最初にやってきた悪心のどれかを両断したその斬撃は、どこか既視感のある動きだった。
「…………アズキ……ちゃん?」