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悪心迎撃戦 依頼と打算

 リーチャーと悪心。激突の寸前でいきなり割って入ってきた乱入者。それを見て、


「誰だ? 逃げ遅れた一般人か?」

「おいバカっ!? あの方は」


 新米隊員の誰かが不思議そうな声を漏らし、古参の隊員が慌てて制する。


「ふ~ん。あたしの事を知らないんだぁ? ……まあ良いけどさ。最近本部にも行ってなかったし。それはそれとして」


 ガシッ!


 僅かにふくれっ面をしたネルの姿が霞んだかと思うと、次の瞬間走り出そうとしていたピーターの服をぎゅっと握りしめる。


「ちょっと逃げないでよピーターっ♪ ここ数か月逢ってなかったじゃない? 元気してた? ん?」

「あはは……どうもお久しぶりです。じゃ、じゃあボクはちょっと用事がありますのでこれで」

「だ~から待ちなさいっての」


 冷や汗だらだら。顔色真っ青で無理やり笑顔を浮かべるピーターに対し、ネルはニチャァという擬音が似合うほどの嗜虐的な笑みを向ける。


「少し小耳に挟んだんだけど、何かあたしが送り届ける筈の人が居なくなったんだって? 良いのかなぁ? そんな特大のポカやらかして。上に知られたら怒られちゃうんじゃない?」


(ば、バレてるっ!? ……しかし考えようによっては、ここにネルさんが来たのは好都合だ)


「そ、そうなんです。でも今は悪心の大量発生でごたついていて……そうだっ! ネルさんっ! ここは一つこちらを手伝ってイテテテっ!?」

「あたしを都合良く使おうなんて生意気なのよピーターっ!」


 どうにか交渉しようとしたピーターだったが、即座に足を払われ転ばされた所に腕の関節を極められる。腕ひしぎ十字固めの体勢だった。


「アイタタボク幹部っ!? 幹部なんですけどっ!?」

「いずれ首領になるレディが、幹部でマウント取れる訳ないでしょっ! マウント取るならせめて上級幹部になってから言いなさいってのっ!? ……だ・け・ど」


 そこでネルの声がどこか蠱惑的な物へと変わる。或いは、まるで捕らえた獲物を前に舌なめずりする獣のように。


。だから……分かってるよね?」


 この言葉にピーターはゆっくりと頷く。


「分かってます。これはです。出現した悪心の始末をお願いします。出来れば周囲への被害は少なめで」

「報酬は?」

「本来の仕事代に加えその倍額。働きによっては追加報酬もあり。支払いはケンさん経由で」

「……最近あたし甘い物にはまっててさ。なのにオジサンからの小遣いだけじゃすぐになくなっちゃうんだよねぇ。その辺りどう思う?」

「うぐっ!? ……和菓子で良ければ近くに良い店があるので奢りますっ!」

「交渉成立っ!」


 ネルは嬉しそうに顔をほころばせると、さっと技を解いてピーターを起き上がらせる。


「そうと決まれば善は急げ。さっさと行ってその人を連れて戻ってきなさいよ!」

「ふぅ……イッタ~。相変わらず滅茶苦茶なんだからまったく。……じゃあ後は頼みますっ! 皆っ! ネルさんと協力して悪心を撃退してくれ。任せたぞっ!」


 そう言って、今度こそ急いでピーターは走り出した。後ろ髪を引かれる様子もなく、これなら大丈夫だと安心した心持ちで。


「……なあ。俺達一体何を見せられたんだろうな?」

「さあ? 友達同士のじゃれ合いじゃね? 隊長もビビっていたのは事実だけど、本気で嫌ならガチで逃げるタイプだし」


 なお、その間隊員達は放置だったりする。折角腹を括って少女の為に戦おうとしていたのに。


「それより……見ろよあれ」


 そして悪心達はと言うと、


 ガキーンっ! ガキーンっ!


『ガアアアっ!?』

『グオオっ!?』


 先ほどから隊員と隔てた高密度の邪因子の壁にぶつかっているのだが、まるで歯が立っていなかった。ちょっとした家ならぶち抜いて倒壊させる突撃にも関わらず。


「触れられる邪因子があるってのは知ってるけど……こんなに強度のあるもんだったっけ?」

「いや。確か普通は煙や霧状。邪因子操作に慣れてくると液体とか固体にも出来るらしいけど、ここまで頑丈となるとどれだけ高密度の……」


 隊員達が唖然とする中、ネルはまるで気負う事もなくゆるりと悪心に向けて歩き出す。


 どこから取り出したのか、小さな棒付きキャンディーを口に咥え、


「さ~てと。下僕のお願いを聞くのも上に立つ者の務め。甘い物食べ放題が待ってる訳だし、ちゃちゃっと済ませちゃおっか! という訳で」

 パシッと拳を打ち合わせながら、ネルは獰猛に、酷薄に、そして今から起こる蹂躙に対して笑う。




「そこのピーターの子分さん達。手持無沙汰もアレだろうし一匹は譲ってあげる。残りはあたしの獲物だから、どっちが速いか競争ね!」




 結論だけ述べるのなら、そこに居た悪心が壊滅するまで2分もかからなかった。そして、


「う~ん。歯応えがないなぁ。こんなんじゃ報酬を出し渋られそう……そうだっ! ピーターもびっくりするよね!」

「「「それは止めてくださいっ!?」」」


 崩れゆく悪心を椅子代わりにしてそう呟くネルを、隊員達が必死に止めるのだった。




 暴君が街に解き放たれるまであと……。




 ◇◆◇◆◇◆


 一方その頃。


「……はぁ……はぁ」


 件の少女アズキは一人街を駆けていた。


 既におおよその避難は済んでいて、出歩く者はほぼ居ない。


 こんな中でも出歩く者は、避難誘導に当たっている警察か自衛隊。或いはその関係者。そして、


「きゃあっ!? どうなってるのこの悪心の数はっ!?」

「愚痴っている暇があったら手を動かしてっ!?」


 今も尚あちこちで悪心と戦っている魔法少女達くらいだった。


 何故アズキがこのような危険な場所に出たのか? それはピーターが作戦室に向かった時に遡る。





(一体どうなってるのか。せめて状況だけでも知らないと)


 そう考えたアズキは、ピーターを追って作戦室に向かった。しかし普通に入っては気づかれる。なので部屋の外からそっと中を窺うだけに留めたのだ。そして、


「分かった。これより敷地内の悪心を迎撃に移る。戦闘班は一、二班をゲートBへ向かわせてくれ」

「はっ! しかしゲートAの方はどうします?」

「ああ。そっちは問題ない。……


 そう言って外へ向かうピーターをやり過ごし、アズキはこっそり作戦室に入った。


 そこにある街のカメラをハッキングして出されたモニターの映像。その内の一つに映るのは見覚えのある場所。そして、



『皆しっかりしてっ!? 大丈夫っ! あたしが今度こそ……絶対守るからっ!』



 彼女の大切な人が、他の魔法少女を庇って傷つきながらも悪心と戦っていたのを見た時、彼女もまた走り出していた。




 アズキは手助けできるとは思っていなかった。


 魔法少女の力を使おうとすれば拒絶反応でまともに動けない。


 そして感覚的に、そろそろ越えてはいけない一線に届くとも分かっていた。


 それでも、じっとしてはいられなかった。


 せめて、コムギの近くに行きたかった。


 さらに強いて挙げるなら、僅かばかりの打算もあった。


 わざとタメールを着けたままにして、自分をリーチャーの誰かに見つけさせる。そして迎えに来た誰かにあわよくば、コムギの事を助けてはもらえないかと。


(ワタシは今、恩を仇で返そうとしている。悪の組織とは思えない人の良さに付け込んで。……だけど、それでも、あの子が傷つくのをこれ以上見たくないの)


 アズキの足は止まらなかった。作戦が上手く行っても行かなくても、自分は連れ戻される。そして一度脱走した者に対し、いくらあの人達でも厳しく接するだろう。


 もうこれまでのような友好的な関係は望めない。嫌われもするだろう。それは覚悟していた。ただ、悲しませる事は……今も少し辛かった。


 そして、アズキはようやくその場所が見える位置まで辿り着く。だが、そこで最初に見たのは、



「……ごふっ!?」



 吐血し、血塗れになりながらも、よろよろとステッキを支えに懸命に立つ親友の姿だった。


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