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悪心迎撃戦 到着する暴君

 ◇◆◇◆◇◆


 さて。至極今更な疑問だが、


 ここで悪心について少しおさらいしよう。


 悪心は生きた災害である。通常兵器の効きは薄く、小さな個体でもピストルの弾をはじき返し、中個体以上になると戦車でもないと倒せない。


 しかし逆に言えば、


 それをしないのは単に割に合わないからである。


 悪心を倒すために市街地……は少ないにしても、毎回その近くを戦車や戦闘機が向かうと被害が大きすぎる。寧ろ悪心より酷い被害になる事すらあり得る。


 ピンポイントに悪心だけを狙える兵器があるならそれに越したものはない訳で、魔法少女はそれにうってつけだった。理由としてはまあそんな所だろう。


 つまり、結局何が言いたいかと言うと、



『グオオオオっ!』

「目標脚部に力の流れ有り。すぐに突進が来るぞっ!」

「了解。ゴリラ怪人前へ。スピードが乗る前に受け止めろっ! 援護射撃も忘れるな。僅かでも良い。相手の体勢を崩せ」

「おっしゃあぁっ! 今こそこの筋肉の見せ所だぜえぇっ!」



 


 戦闘班第三班及びピーターの総勢11名が向かったゲートA方面。ゲートBより多い6体もの悪心が点在して暴れるそこでは、今も本部兵器課特製電磁ネットで動きを止めた牛型悪心をゴリラ怪人が角を掴んで抑え込んでいる。


 体格だけで言えば悪心の方が上だが、体勢的にはゴリラ怪人の方が有利。瓦礫だらけの周囲をものともしない力比べの末、


「ふぬぬぬ……どっせ~いっ!」


 一瞬の隙を突き、一気に地面に引き倒してそのまま角を叩き折るゴリラ怪人。牛型悪心はダメージから身体を保てなくなり、そのまま瘴気と化して大気に溶けていく。


「ふんっ! どうだっ! 悪心恐れるに足らず」

「油断するな。次がまだ近くに居る。各自息を整えたらすぐに向かうぞ」


 こんな調子で倒した悪心はこれで4体目。半分以上行ったがまだ時間は十分程しか経っていない。ペースとしては予想以上と言えた。


「にしてもやっぱり隊長の眼は凄い。まさか邪因子だけでなく、悪心の力の流れまで見抜いて動きを先読み出来るなんて。これで安全に戦える」

「これはどちらかと言うと才能と言うより経験かな。相手が生物型である以上、動きには必ず予兆がある。後はそこからどう動くか予測すれば良い」


 まだ比較的新人の隊員が尊敬の眼差しを向けるが、ピーターは何でもない事とばかりに謙遜する。


(先読みできても対応できるかどうかは別問題なんだよなぁ。ボクは正面切っての戦いは苦手だし。その点この班は変身出来ない人もサポートが出来ているし、きちっと対応して撃退してくれて助かるよ。……さて。残りは)


 と内心ピーターが戦闘班の仕上がりを評価していると、


 ピピピっ!


 急に通信が入り、ピーターは何かあったかと急いでとる。そこから聞こえてきたのは、


『大変だよ隊長っ!? アズちゃんがこの騒動のどさくさで外に出ちゃったみたい!? 外からの襲撃に目を光らせていたから内側の見張りが疎かになったみたいで』

「何だって!?」


 非常事態の中で、さらにまた頭の痛くなる案件だった。





(ミスったっ!? タメールがあるからと監視を付けなかったのが仇になった)


 ピーターは素早く頭を回転させて次の手を練る。


「まだタメールの反応はあるかい?」

「反応は現在支部から離れるように移動中。そこから南に少し行った所。……でも変ね? ここから離れようとしてるってより、どこか目的地があってそこに向かってるって感じ。魔法少女の本部は反対側だし」


(確かに妙だ。ここから逃げ出すのに今が好機なのは分かる。しかしそれなら何故タメールを外さない? 発信機の類があるくらいアズキちゃんも勘づいていただろうに)


 何か有るなと考えるピーターだったが、今はそれどころじゃないとかぶりを振る。


(アズキちゃんは身体が治ったばかり。おまけに魔法少女としての力をまともに使えない状態で、こんな悪心だらけの場所をうろつくなんて危険すぎる)


 本来真っ先に情報漏洩の恐れが頭に浮かぶのが幹部なのだが、命の危険が先に出るのはピーターの生来の気質ゆえか。


「アズちゃんの場所に一番近いのは隊長の部隊みたい。どうする? こっちから誰か送っても良いけど」


 通信機越しに送られた位置情報から見るに、ピーターなら数分で追いつける距離だ。


 幸い悪心を倒すペースは予想以上に良い。これなら自分がいったん抜けて、アズキちゃんを迎えに行っても大丈夫だろう。とピーターが思ったその時、


『緊急っ! 緊急っ! ゲートAに新たな悪心反応を感知。その数……3体っ!?』


 その叫ぶような声に応じるように、周囲の空間から滲み出すように新たな悪心が顔を出す。そして、近くに居た残りの悪心達も寄ってきて総勢5体に。


「おいマジかよっ!? こんなにいっぺんに来んなっ!?」

「各員陣形を組めっ! 孤立したら圧し潰されるぞっ!?」


 楽観ムードはすぐさま消え去り、怪人化出来る者は総員速やかに変身して迎撃態勢に移る。


(マズイ。これはマズいぞっ!?)


 ピーターの頬を冷や汗が流れる。


 ピーターがここに居れば問題ない。しかし悪心達に構っていれば、確実にアズキを連れ戻す前にタイムアップになる。


 対してピーター無しだと正直微妙。勝てなくはないが、それなりの被害を覚悟する必要がある上時間もかかる。撤退だけなら普通に行けるだろうが。


(どうする……どうするっ!? 本部から人を送る? いや、それにしてもこれ以上戦力を割くのは)


 捕虜の少女と仲間の安全。普段なら考えるまでもない二択だ。ピーター自身も理性では既に分かっていた。しかし、最後の一歩が踏み出せなかった。そして、



「隊長。……行ってください」



 


「……っ!? 何を」

「あの子が心配なんですよね? この中でなら隊長が一番早く追いつける。こちらは一、二班が受け持ちを倒して合流するまで防戦に徹すれば何とかなるかと」

「あの嬢ちゃんにはこの前ビビらせちまった引け目もあるしな。ちょいとここらで良い所を見せるのも悪くねぇ。……お前ら悪心の5体や10体でガタガタ言ってんなよっ!?」

「「「お~っ!」」」


 班の士気は極めて高く、誰もピーターがアズキを迎えに行く事に不満を出さなかった。


 それは、たった数日ではあったがアズキが支部の中で聞き込みをし、交流を深めた結果でもあった。


『グオオオオっ!』

『ガアアアっ!』


 だがそんな事情などお構いなしに、悪心達は獲物を見つけたとばかりに咆哮する。


「来るぞ。総員構えろっ! 増援が来るまで持ちこたえるんだ!」

「行けぇっ隊長っ!」

「皆……急いで見つけて戻るからなっ!」


 悪心達が殺到し、戦闘班が迎撃し、ピーターが走り出そうとした……その時、



「邪魔。退いて」



 が、襲い掛かろうとする悪心達の突撃を壁となって遮った。


「な、何だこれっ!?」

「この滅茶苦茶な邪因子……まさか!?」


 ピーターがハッとして邪因子が飛んできた方を見る。そこには、


「……あっ!? や~っと見つけたよ下僕二号ピーター! あたしがわざわざ来たのに出迎えもないなんてどういう事?」

「ぎゃあああっ!? ネルさんっ!? 何でこんな所にっ!?」


 雑用係見習い。“小さな暴君”。ネル・プロティが、クスクスといたずら気味に笑っていた。


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