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悪心迎撃戦 動き出す者達

 注意! 今回視点変更があります。




 ◇◆◇◆◇◆


 一体何が? そう考えたのは一瞬の事。


 ビーっ! ビーっ!


 支部内にけたたましい警報音が鳴り響き、にわかに部屋の外が慌ただしくなる。


「何だっ!? 何があったっ!?」

『悪心ですっ!? この支部の。偽装用工場の敷地内に出現っ!? その数三……六……尚も増加中』

『同じく町中のあちこちに悪心が発生中。……こりゃこの前の大量発生より酷いぜ』


 ピーターさんの通信機からどんどん入ってくるのは、どう考えても絶望的な情報ばかり。


(悪心がそんなにっ!? コムギは無事よね!? 前回の件で対応策を本部が練っていてくれれば良いんだけど)


「分かった。ボクは作戦室に向かう。戦闘班は所定の位置に付き命令があるまで待機だ」

『了解』


 ピーターさんは一度通信を切ると、こちらへ向けてすまなそうな顔をする。


「すまないね。緊急事態に付き、君の邪因子除去手術は少し遅れそうだ。もしかしたら今日は難しいかもしれない。だけど、なるべく早く進められるよう尽力するから待っていてほしい。……ジェシー。怪我人が出る可能性がある。何が起きても良いよう準備を」

「分かった。医務室でいざって時の輸血と追加邪因子の準備しとく。じゃあアズキちゃん! ちょ~っとおとなしくしててね!」


 そう言って、二人は慌てて外に出て行った。今の私に出来る事は、どうやらここで皆の無事を祈ることぐらい。




(冗談じゃないわね)



 ◇◆◇◆◇◆


「状況はっ!?」

「現在支部上部、擬装用工場の敷地内に居る悪心は十体。幸い支部に入ろうとする個体はありませんが、所構わず破壊活動を開始。ダミーとはいえそれなりの被害が出ています」


 ボクが着いた作戦室のモニターには、工場内のあちこちで暴れる悪心達の姿が映っていた。


(確かに何かを狙っているというよりは、ただ目についている物を壊しているという感じか。資料によると悪心は人を優先して狙うらしいが、工場はただの擬装用。特に人も居ないから目的もなく暴れている?)


「町の方は?」

「同時多発的に悪心が出現していますが、意外に民間人の被害が少ない様子。どうやら向こうも何かしらの情報を掴み、事前に対策をしていたようです」

「……そうか。それは結構。この非常時に民間人にまで気を回す余裕はないからね」


 そう。ただでさえもう一人拾っているのに、これ以上助けている暇はない。そもそもそのために魔法少女が居るんだから。そして、


「肝心の魔法少女の動きはどうなっている?」

「各自数人でチームを組み悪心に応戦中。基本的には優位に戦闘を行っています。しかし数が数なので、被害を完全に抑えられているという訳でもなさそうです」


 その言葉通り、時折ハッキングした町の監視カメラの映像がモニターに映るが、戦闘の余波であちこちの建物に被害が出ている。


(人的被害はともかく物的被害は相当だな。補償にどれだけ掛かるか……まあこっちも同じだけど)


 ダミーとはいえ工場の機材自体は本物だ。それを壊されると旧式とはいえ修理費も馬鹿にならない。


 ならば上で暴れてる悪心を撃退するのが一番なのだが、それには少し問題がある。あまり時間を掛けると、こっちに手の空いた魔法少女が雪崩れ込んでくる可能性がある事だ。


(仮に魔法少女が来ても、ここに隠れていればそう簡単にバレるとは思えない。しかし迎撃に出れば、どさくさでうっかり見つかるという可能性が出てくる)


『戦闘班は全班準備完了しています。命令があればすぐにでも』

『対悪心用の戦闘訓練は一日たりとも欠かしてねぇ。いつも外回りの奴らにばかり仕事させちゃ悪いからな。腕が鳴るぜ』

『……ご命令を』


 通信機越しに聞こえるそれぞれの班長はやる気充分。訓練は積んでいるから、余程のイレギュラーか悪心の群れでも相手にしない限り勝てる。しかし暴れている数を考えるとどれだけ時間が掛かるか。


「……迎撃に出たとして、他の手の空いた魔法少女がこちらに勘づいて向かってくるまでどのくらいかかると思う?」


 ボクは周囲を観測している分析官にそう尋ねる。すると、


「周囲の電子機器をバレないように妨害できる時間も考えると……長くても30分と言った所ですね」


 30分か。それだけの時間で敷地内の悪心十体を全て撃退し、魔法少女にバレる前に支部内に撤退。


(戦闘班の戦力、及び全体の悪心の位置、作戦室からの適切な情報伝達があったと仮定して……《《微妙》》だな。かなりギリギリになる。……仕方ないか)


「分かった。これより敷地内の悪心を迎撃に移る。戦闘班は一、二班をゲートBへ向かわせてくれ。そこにたむろっている悪心を撃退させる」

「はっ! しかしゲートAの方はどうします? 最も悪心の数が多く、残る三班だけでは大分時間が掛かりますが」

「ああ。そっちは問題ない。……


(ああもぅっ!? 荒事嫌いなのに何で出なきゃなんないんだよっ!? だけどこの状況だとボクは作戦室で指揮を執るより現場に出た方が戦力になるし、どのみち時間がないからこれ以上悩んでる暇もないんだよなぁ。……あ~もっと人手があればなぁっ!)


 ボクははぁっと一度大きくため息をつき、そのままゲートAに向かって走り出した。





 その時、ボクは気づく事が出来なかった。


 作戦室の向かいの部屋。丁度物置になっていたその場所で、ことを。


 もし気づいて部屋に戻るよう促していたら。


 アズキちゃんがその後こっそり作戦室に入り、モニター越しに町の様子を見てしまわなければ。


 


 あのような事にはならなかったのだろうと、ボクは今でもそう思う。




 ◇◆◇◆◇◆


 第九支部。それは悪の組織の中でもはぐれ者の集まる場所である。


 良くも悪くも人格的、能力的に出世が望めない、或いは望まない者達の左遷地。


 周囲には侵略すべき場所もなく、今はただやる事と言えば拠点維持。たまに他の支部からの救援要請に応えるくらいののんびりとした所。そんな中で、


「ん~♪」



 一人のが、鼻歌混じりにモップで床を磨いていた。



 青い上下の作業服を身に纏い、リズム良く水の入ったバケツにモップを漬け、そしてまた磨く。


 まるでそれはダンスをしているようで、知らぬ人が見れば目を奪われるだろう技量があった。やっている事は床掃除だが。


 やがて床がピカピカになったのを確認すると、雑用係は満足げに後片付けを済ませる。すると、


 ピピピっ! ピピピっ!


 腕に着けていたタメールから通信映像が入り、グッドタイミングとばかりに応答する。


「もしもし? 今丁度掃除が終わったよ」

『そうかそれは良か……じゃないっ!? もうすぐゲートの出発時間だぞっ! 現地へ跳ぶ準備は出来てるのか?』

「もぅ。心配性なんだから。とっくに支度は済ませて空いた時間で別の依頼を済ませてるだけじゃん。……あっ!? そ・れ・と・も」


 雑用係は通話先の相手にニシシといたずら気味に笑う。


「オジサンったら、そんなにあたしと離れるのが嫌なんだぁ? なんだ可愛いトコあるじゃんっ!」

『そうじゃねえよこのクソガキっ!? お前が何かやらかさないか心配なんだってのっ!? ……あぁ。いくら俺が別の依頼で忙しいからって、やっぱお前だけに任すのは不安だぞ』

「たかだか記憶処理した子を一人送り届けるだけ。それも数日前から先乗りして現地を見て回ってからって簡単なお仕事でしょ? 任せなさいって! だからオジサンは安心して、あたしへのご褒美にホットケーキでも焼いて待っててよ。じゃあね♪」


 そう言って通話を切ると、雑用係は愛用のバッグを背負ってグッと背伸びする。


「さ~てと! 下僕二号ピーターは元気にしてるかな? 幹部になったって聞いた時は生意気なって思ったけど、なり立てでわちゃわちゃやっているのを見て笑うのもそれはそれで面白そうだもんね! ふふん。楽しみっ!」


 そうしてはゲートへと走り出す。


 薄い水色のツインテールをたなびかせ、中学生ほどに見えるその体躯で軽やかに。




 第九支部雑用係。自称“いずれ首領になるレディ”。


 ネル・プロティは今日もまた、己の未来に向けて突き進む。


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