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アズキ 手術後の事を思い描く

「……はい。もうバッチシ復調っ! ここまで治ればもう邪因子の除去に移っても大丈夫そうね!」


(いよいよ……ね)


 ピーターさんとのお茶会から三日。自室で聞かされたジェシーさんのはっきりとしたその言葉に、ワタシはこれまでの事を思い返す。


 この三日間、今いる場所がどこなのかそれとなくいろんな人に聞き込みをした。世間話から始まり、邪因子の話題や今やっている悪の組織としての活動。身に着けているタメールの機能について等もだ。


 幸いワタシに対しては、それで良いのかと思うくらい皆普通に話をしてくれた。もしかしたらピーターさんから話が行っていたのかもしれない。


 流石に肝心な点は誰も正確には話してくれなかったけれど、それでも濁した部分を重ね合わせる事で見えてくるものもある。例えば、


(ここの職員は、今回の任務の為に大半がどこか別の支部から引き抜かれてきたというのが一つ。特に多いのが《《第九支部》》という場所の出の職員らしいわね)


 第九支部というのはどうやらリーチャーで言う左遷地のような扱いらしく、職員達の気質も悪の組織としては割と穏健派。周辺地域の住民との仲も良好なんだとか。ちなみにジェシーさんも元々その第九支部所属。


 ピーターさん自身も穏健派かつ幹部になる前そこに出入りしていた時期があって、その縁で今回やや多めの人員が引き抜かれたという。多少気心の知れた人の方が部下には良いという事かもしれない。


 結果として調査隊も全体の方針がやや穏健寄りになったのは、ワタシとしては幸運だったのだろう。


(それと、《《ここは地下にある》》と聞いた時は驚いたけど、考えてみれば確かにその方がイメージ的に合うわね)


 支部に異様なほど窓が少ない事。機材搬入用のエレベーターがあった事。他にも幾つかのそれを裏付ける証拠もあるしほぼ間違いない。


 そして地下となると外への経路も自然と限られ、どのルートでも何かの罠や警備がある。その事に気づいた時はどうしたものかと悩んだ。こっそり脱出するのは無理。やはり素直に身体を治して出ていくしかないみたい。


(ただ……少しだけ、ほんの少しだけ、《《それで良かったと思うワタシが居る》》)


 今も一刻も早く外へ出て、コムギに逢いに行きたいという気持ちは変わらない。そのためなら多少の無理も厭わない。でも、この数週間ここの居心地は決して悪くなかった。


 悪の組織という前情報とはかけ離れたアットホームさ。やっている事も、少なくともワタシが見ている前では悪事らしい悪事もしていない。精々が町の各地に調査員を派遣して、合法すれすれのやり方で情報を集めるぐらい。


 “むやみやたらに人を傷つけるのは二流。そんなことしなくても目的を達成できるのが一流だよ”と、以前ピーターさんが珍しく自慢気に話していた。と言ってもこれは上司の受け売りらしいけど。


 勿論これはピーターさん達が調査隊だからで、時々出てくる本部の方針はまた違うのかもしれないけど、今の所はそこまで町への脅威という風にも見えなかった。


 これらが全てワタシを油断させるための演技……と言うには手が込み過ぎているし、第一聖石が壊れてもう魔法少女としてまともに戦えないワタシを懐柔しても利益はない。情報もたいして手に入らない以上、もうここまでくると大半が善意でやっていると判断しても良い。


 そんな人達と、できれば敵対なんてしたくはない。なら、順当に怪我を治して奇麗にお別れというのが一番なのだろう。





「さ~てアズちゃん。今日の予定だけど、アズちゃんに異論がなければ早速邪因子除去手術に取り掛かりたいんだけど……構わない?」

「はい。あの……手術となるとどのくらい時間が掛かるんでしょうか?」

「そうねぇ。潜在邪因子量とか適性とかにも依るけど、少なくとも数時間は掛かると見てもらえれば。それにアズちゃんの身体の聖石との反応も逐一チェックしなくちゃいけないし、下手すると一日がかりの大仕事になるかも」


(確かにワタシの場合、破損した聖石の事も考えないといけない。それだけの大手術になるのも当然か)


 魔法少女が邪因子を受けるなんて初めてだろうし、その意味ではワタシの手術はほぼ手探りという事。時間が掛かるのは仕方ないと納得する。


「その後身体に不備がないか確認して、記憶処理をしてからアズちゃんとこの本部に送り届けるって流れかな。早ければもう二、三日すれば帰れるからね!」

「……その、記憶処理って実際どんな感じなんでしょうか?」


 この言葉は前々から出ていたけど、どうせまだ先だからと保留にしていた。しかしもう終わりが間近とあっては聞かなくちゃいけない。


 まさかとは思うけど、悪の組織らしく洗脳でもされてはたまらない。


「どんなって……う~ん」

「簡単だ。を全て忘れてもらう。代わりに辻褄合わせとして、名も知らぬ親切な誰かにしばらく保護されていたというカバーストーリーを入れさせてもらうけどね」

「ピーターさんっ!」


 どう答えたものかと悩むジェシーさんの後ろから、ふらりと部屋に入ってきたピーターさんがそう説明を引き継ぐ。


「だ~から女の子の部屋にそう気軽に入っちゃだめだっての隊長っ!? ところで今日は新型機材の試運転をやるんじゃなかったっけ?」

「ああ。レーダーなら今さっき起動した所だ。まずは平面、次に立体的にレーダーを確認していき、最終的には周囲一帯を調べれるようになる。無事起動したのであればボクがあれ以上居ても技術者の邪魔になるからね。こっちの様子を見に来た。……大丈夫だ」


 ピーターさんはそう言ってこちらに視線を合わせる。


「邪因子除去手術にはこちらもそれなりのスタッフを付けるし、記憶処理も慣れたものさ。悪の組織に捕まっていたなんて嫌な記憶はすっぱり忘れて、君はこれから穏やか……になるかどうかは分からないが、元の日常に戻れる。共に戦う事は出来なくとも、君の大切な友人の傍に居られるようになる」

「そんな……ワタシは、嫌な記憶だなんて。それに名前も忘れてしまうのは……なんというか」


 これは素直な本心だったのだけど、ピーターさんは笑って気を遣わなくて良いと返す。


「まあなんにせよまずは手術を無事済ませてからだ。準備が整い次第早速」


 ピピピっ! ピピピっ!


 そこに、突然何かの発信音が鳴り響く。どうやらそれはピーターさんの持っている通信機からだった。


「何かあったか? ……はいもしもし。こちらピーター……何だって? 機材に不具合?」


 ピーターさんはこちらに背を向けて何やら話し始める。


「やっぱり向こうに戻った方が良いんじゃないの?」

「場合によってはな。それでどういう不具合が……えっ!? 


 そうピーターさんが不思議そうに呟いた瞬間、



 ドンっ!



 何か大きな地響きと共に、支部内に強烈な衝撃が広がった。


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