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アズキ 尋問(お茶会)に行く

(邪因子による怪人化。そして一度怪人化したら邪因子を除去するのは難しい……か)


 外出許可が下りてから数日。ワタシはあの時言われた事を頭の中で反芻していた。


(分かってる。分かってはいるの。《《怪人化と悪心はまったく別物》》だっていう事は)


 最初に怪人化を見た時は冷静な判断が出来なかったけど、何日も経って落ち着いたらはっきり分かる。


 悪心は生物をモチーフとするけど生物じゃない。台風や大雨と同じ現象のようなものだ。人間への害意があるかないかってだけで。


 対して怪人は生きている。話も出来るし、少なくとも普段は人の見た目だ。全然違う。


 なのに、頭では分かっていても抜けない。だという意識が。


 そして、こうして邪因子を活性化させて身体の調子が良くなっていく度に、その人外に自分がなるかもしれないという不安が。


「っていう訳なんだけど……大丈夫? 最近のアズちゃんの状態を考えると、別に断ってくれてもそれはそれで」

「えっ!? は、はい。大丈夫です」


 ワタシはハッとして咄嗟に返す。……ところで何が大丈夫? 考え事をしていて聞いてなかった。


「ホント~? じゃあ朝の検査はこれでおしまいっ! 早速そう伝えてくるね。お疲れ様~っ!」

「その、お疲れ様でした」


 手際よく道具を片付けると、ジェシーさんは軽く手を振って部屋を出て行った。


(結局、ワタシは何をOKしてしまったのかしら?)


 この疑問が解消されたのはその日の午後の事。



「ようこそ取調室へ。大分治ってきたようだし、楽しいの時間と行こうじゃないか」



 急に連れてこられた部屋で待っていたのは、悪い笑みを浮かべながら席に着くピーターさんの姿だった。





 ワタシ達以外誰も居ない部屋。家具らしい物は中央に置かれたテーブルと二脚の椅子だけ。


 古い刑事ドラマで見る取調室よりも簡素かもと言えるそんな場所で、


 コポポポポ。


 急須から湯呑にお茶を注ぐ音が響き渡る。


「……どうぞ」


 ピーターさんがスッと差し出してきたのは、ほんのりと湯気の立つお茶と皿に載った最中だった。


(尋……問? お茶会の間違いじゃないかしら?)


 予定通り今から取調べするよと、急にジェシーさんに連れてこられた時はどんな目に遭わされるのかと身構えていたけど、急にもてなされて余計に分からなくなった。


 自白剤でも入っているのかと思ったけど、


「ズズズッ……ふぅ。遠慮する事はないよ。皮切りに最中を出したけど、そこの物はどれを食べてもらっても構わない。余ったらジェシーを始め職員が残さず平らげるから心配しなくても良い」


(そう言いながらピーターさん自身がもぐもぐ食べてるのよね)


 予め耐性があると言われたらそれまでだけど、だとしても美味しそうにきんつばを齧りながらお茶を啜っているのを見ると何か仕込んであるとは思いづらい。


「あの……尋問と聞いてきたんですけど」

「これは単なる下準備さ。そう構えていては舌も回らないだろう。今は気を楽にして食べれば良い。機を見計らってこちらから聞くから」

「はぁ……それじゃあ、頂きます」


 ワタシはゆっくりと出されたお茶を飲む。身体に染み入るような、どこかホッとする味。その余韻が消えない内に、最中を手に取って口に運び、



『あなたも最中が好きなの? あたしもあたしもっ! ふふっ! お揃いだねっ!』



 待たせている親友と、初めて会った時の事を思い出した。


(あの時、ワタシは《《最中なんか好きじゃなかった》》。偶々来客用の茶菓子を買いに出ただけ。でも、あの子に勧められて食べている内に、あの子と一緒に食べている内に、いつの間にか好きになっていた)


 サクッ。サクッと一口ずつ食べ、時折温かい茶を飲んで口をさっぱりさせてまた最中を味わう。


 その度にあの子との思い出が、ワタシの戻るべき理由が蘇っていく。


「……良かった。少しは、元気になったようだね」

「えっ!?」

「ここ数日。明らかに君は落ち込んでいた。原因は分かってる。あの時怪人化の事を聞いたからだ。……ごめん」


 そう言うとピーターさんは、席を立ってそのまま静かに頭を下げた。


「ピ、ピーターさんっ!? そんな……ピーターさんが謝る必要なんて」

「いいや。いくら魔法少女とはいえ、自分が下手するとあんな毛むくじゃらの姿になると聞かされれば不安にもなる。それに君達は散々悪心と戦ってきた。人間以外のモノを受け入れづらいという点でこっちの配慮が足りなかった。重ねてごめん」


 ピーターさんは頭を下げたまま謝り続ける。


「いえ……こちらこそすみません。気を遣わせてしまって。ワタシも、頭では分かってるんです。怪人と悪心は全然違うし、邪因子があるからこそワタシもここまで持ち直したんだってことも。でも……なんとなく、その……不安なんです」


 この雰囲気のせいか、それとも本当に自白剤が入っていたのか。ワタシはこれまで溜め込んでいた心情を吐露した。


 普段ならもう少し理路整然と話せたと思うけど、何故か今はこういう漠然とした気持ちをそのまま言葉にした方が良いと感じたのだ。


 それを聞いたピーターさんは、右腕を一瞬見たかと思うと何か意を決したような顔をする。


「……アズキちゃん。。出来れば、怖がらないでほしい」

「えっ!? ピーターさん今ワタシをアズキちゃんって……きゃっ!?」


 これまで君とか彼女としか呼ばなかったピーターさんが初めて名前で呼んだ。その事に気を取られて、ピーターさんの変化に気づくのが一瞬遅れる。それは、


……変わった?」


 袖をまくったピーターさんの右腕は、それまでの細身のものから表面を多数の鱗が覆うゴツゴツとしたものに変わっていた。


「ボクの怪人体のモチーフはでね、邪因子に慣れてくるとこうして一部だけの変身も可能になる。……さて、一つ尋ねるけど、この状態のボクは人間だと思うかい?」

「それは……人間です」

「そうだね。そして仮に全身変身していたとしても、やっぱり自分の事を人間だとボクは思う。他のリーチャーのメンバーもね」


 そう言ってピーターさんは、どこか優しい眼でこちらを見つめる。


「気休めにしかならないかもだけど、これだけは言わせてほしい。邪因子による変身は、決して人間を……というのがボク達リーチャーの基本認識だ」

「あくまでも人間が変身できるようになっただけという事ですか?」

「うん。だからもしアズキちゃんが邪因子によって変身してしまったとしても、姿形が変わってしまったとしても、自分で居続ける限り君は人間だよ。ボクが保証する」


 勿論一番良いのは、君が変身する前に身体を治して邪因子を除去。そして速やかに元の日常へと戻る事だけどね……と微笑んで締めくくるピーターさん。


 大量の茶菓子を用意したり急に変身したりとやり方がアレだけど、これがピーターさんなりの慰めなのだろう。その点は素直に嬉しい。なので、


「ありがとうございます。心配してくれて」

「ここまでくると君の為というより、あの時助けた自分への意地みたいなものだけどね。という訳で」


 そこで、ピーターさんの眼が真剣みを帯びる。


「ここからが尋問の本番。助けて良かったと思わせるくらいには良い情報をくれると助かるね」

「はい。話せる事があれば良いんですけど」





 結果だけを言うなら、尋問は終始和やかに終わった。


「大体こんな所かな。お疲れ様」

「お疲れ様でした」


 大した事を聞かれたようには感じなかったし、こちらも機密事項以外はなるべく正直に答えた。


 尋問中も時折用意された茶や和菓子を摘まみ、やはりお茶会と言った方が正しいんじゃないかという流れだったと思う。


「なんなら幾つか土産に持って行くと良い。まだそれなりに残っているから、職員への分は十分だろう。ただし……食べ過ぎは自己責任でね」

「そ、そんなに食べませんよっ!」


 と言いつつも、最中をこっそり一つ貰っていく。一つだけだから良いのっ!


 そうして取調室を後にしようとした時、





「ああ。一つ言い忘れていた。今の調子なら。邪因子の除去もその日に合わせる予定だ。心の準備をしておいてほしい」


 唐突に、終わりの時間が告げられた。

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