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アズキ 怪人を目の当たりにする

 注意! 今回、微妙に勘違いと曇らせタグが仕事します。




 ◇◆◇◆◇◆


 ピーターさんから施設内の外出許可を貰った。


 一言で表すならそれだけ。監視の目もある。だけど、ワタシにとってはかなり大きな前進で。


(確認すべきはピーターさんの部屋近くではない通信機の場所。そして施設の外への出入り口や、いざという時に速やかに移動できる経路ね)


 他にも調べるべきものは多い上、ここは自称とはいえ悪の組織の支部。どんなとんでもない光景が出てきてもおかしくはない。気を引き締めなくてはと軽く頬をはたく。


「アハハ! そんなに気負う事ないって! あたしがバッチシガイドするからね! ってな訳でアズちゃん。アーユーレディ?」

「はい。行きましょう」


 そうしてワタシはジェシーさんに連れられて、施設内を見て回る事になった。……のだけれど、





「ふぅ~。結構色々周ったわねぇ。どうだった?」

「何と言うか……ですね」


 ざっと見て回った限りでは、普通にどこかの研究施設みたいな印象を受けた。


 それもセキュリティがしっかりしていないという訳でもないけどどこかフランクな感じの。


 会話こそなかったけど、きちんとジェシーさん以外の職員らしき人も多く働いていたし、肝心な場所は見せていないのだろうけど表面的には普通だ。


「悪の組織らしくもっと改造手術や兵器製作とかしてると思った? 残念ながら、そういうのは専門の支部とかでやるもんなのよね」


(別に残念がってはいないんだけど)


 ただ、少し拍子抜けはした。


「疲れたでしょ? あたしちょっと売店で飲み物買ってくるから、そこの休憩室で待っててね!」


(売店もあるんだ!? ますます普通の場所ね)


 そう言い残してどこかへ走っていくジェシーさんを見送りながら、ワタシは軽く思案する。


 今なら一人で出歩ける。見回っている間に通信機も新しく発見したため、急いで向かえば三分もすれば着く。残る問題は、


(このタメール。仕込まれているのが発信機ならまだしも、盗聴器があったらすぐにバレてしまう。その辺りの対策をしてからじゃないとまだ無理ね)


 ワタシはため息をつき、休憩室と書かれた扉を何の気もなく開けて、



「ぐぬぬぬぬっ!? やるなっ!」

「ふおおおおっ! 唸れ俺の上腕二頭筋っ!」



 、そっと扉を閉じた。


(……ワタシ疲れてるのかな)


 この所邪因子活性化で無理してたし、さっきまで施設を見て回っていたから疲れたのかも。


 ワタシはぎゅっぎゅと目元を揉み解し、顔を軽く振ってもう一度扉を開ける。


「うるあああっ!」


 ダンっ! バキッ!


「っしゃあ! 俺の勝ちだ! 後で晩飯奢れよな!」

「チックショウ負けたっ! ……一品だけだからな」

「お前らうるさいぞっ!? あとテーブル割れてんだけどちゃんと直しとけよ」


(間違いじゃなかった。何アレ!?)


 おまけに普通に言葉をしゃべっているし、他の人達もそんな非常事態に平然としている。


(もしや悪心の一種!? でもそれにしては人型で知性のある悪心なんて聞いた事が……)


「……おっ!? もしや隊長が連れ込んだって噂になってる子かっ?」

「馬鹿野郎。お前らその格好じゃ怖がらせるだろうが。さっさと元に戻れ。……悪いな。休むんならほれ。その辺りが空いてるからゆっくりしな」

「は……はい。失礼します」


 中に居た人達に見つかって促され、ワタシは呆然としながら空いているテーブルを探す。すると、


「悪いね。今戻るから……よっと!」


 


 毛と筋肉で覆われた身体はどちらも普通の肌に変わり、そのまま離れた所に座ってまた話し始める。どうやら元々人間だったのが虎やゴリラになっていたらしい。



「驚くことはないさ。これが邪因子による“変身”だ」



「ピーターさんっ!?」


 近くから声がしたので振り返ると、そこにはピーターさんがテーブルに着いて羊羹ようかんを食べていた。


「……食べるかい?」

「頂きます」


 ワタシはスッと対面になるよう座る。


 やはり知っている人が居る所の方が落ち着くから。……決して和菓子につられた訳じゃない。そう言えばここに来てから一度も和菓子を食べてないなぁとも思っていない。


「外出許可を出しておいてアレだけど、まさかさっきの今で即日外出とは思わなかった。……おまけにジェシーめ。付き添いが勝手に居なくなってどうするんだよまったく」

「あの、それはワタシからすぐ見て回りたいってお願いしたんです。それにジェシーさんも疲れたでしょうって飲み物を買いに」


 ここでジェシーさんが責められて担当が変わりでもしたら、それはそれでやりにくい。なので羊羹の舌触りを楽しみながら、やんわりとフォローを入れておく。……個人的に嫌いではないというのもあるけど。


「あの、邪因子による変身ってどういうことですか?」

「ふむ。ジェシーは説明していなかったんだね。それも当然か。君達が聖石によって魔法少女に変身するように、ボク達は邪因子によってに変身する。メカニズムは大分違うけどね」


(怪人? 今の人達の事?)


「もう良いだろう? 君はこれ以上深く聞かなくても良い事だ。これでこの話は終わ」

「おっまたせ~っ! アズちゃんがどれ飲むか分かんないから適当に色々買ってきたよ! ……あ~! また隊長こんな所に! 何の話をしてたの?」


 そこにジェシーさんが飲み物の入った袋を持って戻ってきた。はいっと手渡された中から、お礼を言いつつ緑茶を取る。


「……ちょっとした世間話を」

「邪因子による変身について聞かせてもらってたんです」


 ワタシはやや強引に話を進める。……前々から思っていたけど、ピーターさんは必要じゃない限りは詳しく説明してくれない感じがする。


「あら隊長。の事話して良いの?」

「あまり良くない。だから打ち切ろうとしたら強引に割り込まれたんだ。それとジェシー。彼女をこんな所に一人にするんじゃない。たまたまボクが休んでいなかったらちょっかいを出されてたぞ」

「ひっでえな隊長! 俺達がそんな事すると思うか?」

「一部しそうな奴が居るだろ」

「ハハハ! 違いない!」


 周囲の人達が笑いながらそう返すのを聞きつつ、ピーターさんはやれやれと肩を竦める。


(何と言うか、仲が良いのね)


 上司と部下っていうにはやや砕けているけど、舐められているというほどでもなく最低限の敬意は感じられる。


 ジェシーさんだけ特別なのかと思っていたけど、それ以外の人に対してもピーターさんはそんな感じだった。アットホームとでも言うのだろうか。それはそうと、


「お願いします。さっきも虎とゴリラが腕相撲してたと思ったら急に人になって、これが邪因子によるものだとしたらと思うとワタシ……心配で」

「なるほどそういう事。まあ心配になってもおかしくはないよね。見た目アレだし。……ねぇ隊長。こういうのはきちんと説明した方が不安をなくせるんじゃない?」

「……仕方ないか。では少しだけ、話すとしよう。


 ふぅとため息をつき、ピーターさんはさりげなく袋から缶コーヒーを一本取ってグイッと一口呷った。





「じゃあ簡単に擦り合わせておこうか。ざっくりと例えるなら、聖石の変身は肉体の上から聖石が造ったアバターを着込むようなもの。対して邪因子の変身は、肉体そのものを一時的に変異させるものだ。これを怪人化という」


(肉体そのもの……それって)


「怪人化も魔法少女の変身と同じく、個々人によってなる姿は違う。ただ傾向を述べるなら、何かしらの生物をモチーフにしたものが多い。虎型怪人とかゴリラ型怪人とか」

「あと時々それ以外の無生物や現象……例えば“雷”や“岩石”って人も居るけどそれは少数かな。例えばあたしが前居た所の上司が“煙”だったけど、少なくともその人以外で煙モチーフは知らないし」


(基本的に生物モチーフ……か。悪心も生物っぽい姿だけど、やっぱりそれと何か関係が?)


「そして肝心の怪人化のトリガーは、体内の邪因子量や活性化率が一定ラインを超える事。これは宿主の適性によって変動するので明確な基準はない。邪因子を投与しても怪人化しない人も居るし、活性化を止めればすぐ元の姿に戻る」

「じゃあワタシも……その、怪人化する可能性があるんでしょうか?」


 一瞬、人間じゃなくなるんですかという言葉が出かけたのをこらえてワタシはそう尋ねる。


 言ってしまったら、なんだかここに居る人達をそういう風に見てしまう気がして。


「……そうだね。そして、。ただ怪人化の予兆は自分で感覚的に分かるので、もしそう感じたら速やかにジェシーに言うんだ。その時点で活性化を止めればなんとか間に合う」

「任せて! それによっぽど邪因子と相性が良くない限り、こんな投与して一月もしないのに怪人化なんてナイナイっ! 隊長だって一年はかかったし……あっ!?」


 マズい事を言ったとジェシーさんは慌てて口を抑える。それはつまり、


「……ピーターさんも、怪人なんですか?」

「これでも幹部だからね」


 どこか困ったように、苦笑いしながら、ピーターさんは静かにそう言った。


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