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アズキ 治療方針を選び取る

 外への通信を試みてから今日で三日。


 また通信機の使用を企てられたらたまらないと思ったのか、外の様子を知れるようあの日の内に部屋にテレビが設置された。


 一日二時間までしか見れないけれど、ニュース番組を見るだけなら充分。それで早速ワタシは幾つかの局をザッピングし、ここ数日の魔法少女関連の情報を集めていた。そして今日の朝、


『たあああっ! せいっ!』


(……ダメだわ。やっぱり精彩に欠けている)


 テレビ画面で悪心と戦う親友コムギを見て、ワタシは知らず知らずの内に拳を握り締める。


 あの事件から再び立ち上がったのは良いけれど、動きにこれまでのようなキレが感じられない。


 そしてコムギの戦闘スタイルが以前と少し変わっていた。これまでは基本的にステッキのビームによる遠距離攻撃を主体とし、時折緊急時に接近戦も一応やるという類のもの。


 今のコムギは片手にステッキ。そしてもう片方にの二刀流。だけど、


(遠近両方こなすには明らかに練習不足。それも剣の方に注意が行きすぎて、肝心の|ステッキの方《強味》が生かしきれなくなっている)


 本来こういう点をカバーするのがコンビの役目なのに、今はまだ誰もコンビが居ないのかコムギは単身悪心と立ちまわっている。


 結果悪心は倒せたものの、とても快勝とは言えない有り様だった。


(ワタシがあそこに居れば……いえ。魔法少女としては戦えなくとも、せめて剣士としてのアドバイスが出来れば)


 今のワタシに出来る事は、苛立ち混じりにテレビを乱暴に消すくらいしかなかった。





「は~い注目っ! そろそろ明確にこれからの治療の方針について考えて行くよ~っ!」


 昼の検査を終えると、部屋でジェシーさんが急にそんな事を言い出した。


「治療の方針……ですか?」

「そうよ。今日の検査で最低限だけどアズちゃんの身体は峠を越えたみたいだし、いよいよ本格的なリハビリに入っていくからその点を話し合いたくてね!」


(リハビリ……やっとね!)


 今日までずっと部屋に軟禁生活。外に出るのもトイレの時くらいで、脱走した時しか外の様子を知ることは出来なかった。


 だけどリハビリなら多少は移動範囲も増えるだろうし、体力が戻れば何か手を探す事もできる。


「乗り気みたいね。患者さんにやる気があるのは大いに結構よ! じゃあ簡単に幾つかの方針を図で説明するね」


 ジェシーさんはどこからかホワイトボートを持ってきて何か絵を描き始める……のだけど、


「……すみません。ちょっと絵がその……抽象的過ぎて分かりません」

「え~そうかなぁ? 割かし上手く描けてると思うんだけど。……まあいっか! なら口も交えて説明するね」


 そう言ってジェシーさんは備え付けられた棒で、ホワイトボードの全体的に歪んでぐにゃっとした絵を指し示す。


「まず方針一つ目。このまま軽いリハビリを交えつつ自然治癒に任せる。あたしの見立てだと……そうね。あと三か月もすれば身体は完治するんじゃないかな。それから体内の邪因子を除去する作業に入る」

「三か月……ですか」


 あの怪我を考えれば早いのは分かる。しかし、それでも長く感じてしまうのはこんな状況だからだろうか?


「方針二つ目。方法。上手く行けば一月もかからず身体を完治まで持って行ける」

「一月……ならそっちで」

「スト~ップ! 話は最後まで聞いて」


 それだと食いつこうとしたら、ジェシーさんが真面目な顔で制止する。


「確かにこっちは早いけど、少しでも活性化しすぎると聖石と反応して拒絶反応が起こる。と~っても苦しいよぉ」


 ゾクっ!


 ここで目覚めてすぐのあの激痛を思い出して、背筋に冷たい物が走る。


「細かな調整が必須になるし、まだ聖石についても分かっていない事が多いの。手は尽くすけど絶対安全とまでは言えないんだよねぇ。ちょっち悔しいけど。……以上方針二つ目」


 つまり安全に少しずつ治していくか、多少危険でもペースを上げるかって事ね。


「そして三つ目。これは正直一番おススメ出来ないんだけど」



「だったら言わなくても良いだろ?」



 扉の方から聞こえてきたその言葉に振り返ると、そこにはピーターさんが立っていた。いつの間にそこに。


「ちょっと隊長。女の子の部屋にノックもなしに入ってこないでよ」

「ノックはしたさ。話し込んでいて聞こえなかったみたいだね。……それよりジェシー。勧められないなら言わなくても良いんじゃないか?」

「それでも医者には説明の義務があんの。まあ選ぶ筈ないけど念の為ってやつ」


 そう言うジェシーさんに軽くため息をつくピーターさん。何かとても心配になってくるわね。


「あ~。三つ目。……。つまり二つ目の発展版ね。体内の聖石を無理やり大量の邪因子で侵食、馴染ませることで治癒力を一気に高めるの。邪因子の量やアズちゃんの適性にも依るけどこれなら数日……場合によってはその日中に完治する」


 数日っ!? この大怪我がっ!? ……でも、


「でもそうしたら拒絶反応が」

「問題はそこだね」


 そこにピーターさんが入って説明を引き継ぐ。


「拒絶反応の度合いも初日の比じゃない。下手するとショックで心臓が止まるかもしれない。そしてこれが一番の大問題だけど、。そうなったら本末転倒だろ?」

「……そうですね」


 身体を治す為に邪因子を使ったけど、その邪因子がある限りこの人達はワタシを外へ出す気がない。


 命の危険もある事を考えると、確かにこの選択肢は選べない。


「もう隊長ったら! 横から割って入んないでよ。……っていう訳で、今選べる方針は三つ。と言っても三つ目はほぼ論外みたいなものだから実質二つね。アズちゃんはどっちが良い?」


 片や身体には負担を掛けず時間を掛け、安全に身体を治す方法。


 片や拒絶反応の危険があるけど、一つ目の半分以下の時間で身体が治る方法。


(……考えるまでもないわね)


 ワタシが選んだのは、



で、お願いします」



「本当に良いのかい? 身体への負担はあるし、こちらに居る際の費用なら君が心配する事じゃないよ」


 ピーターさんの問いにワタシはこくりと頷く。


 危険は承知。あの激痛を再び味わう事になるかもしれない。でも、


 ワタシは朝のニュース番組の映像。親友が必死に戦う様を思い出す。


 あの子があんな苦しそうに戦う様を見続けるくらいなら、まだ拒絶反応の痛みを受けた方が何倍も……何十倍もマシ。


(……もう少しだけ待っててねコムギ。急いで戻るから)


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