注意! 途中から視点変更があります。
アズキが起きるまでの話と、プロローグに至るまでのお話です。
◇◆◇◆◇◆
『やあっ! たあっ!』
テレビ画面の中で、一人の少女が黒い怪物相手に戦っている。
桃色と薄紅色を基調とするひらひらとした服。ハートのような装飾の付いたステッキ。クルリと少し巻き毛の金髪。
そんな絵に描いたような
ここだけ見ればどこのアニメか何かだと多くの人は思うだろう。
だが、この世界ではこれは現実で今起きている事だった。
「
ピーターはテレビ画面の前でそう呟きながら、持っていた資料に目を通す。そこに載っているのはまた別の少女のプロフィール。
「『
ペラペラと資料をめくり、ざっくり読んでデスクに放りだすと、ピーターは内線で誰かに連絡する。
「もしもし。ジェシー? ピーターだけど、彼女はまだ目を覚まさないかい?」
『隊長ぉ~。こっちも忙しいんですから三時間おきに電話しないでよ。そんな心配しなくても、なんかあったら機械から連絡が行くって。それとも……ああいう子がタイプだったり? いや~ん! 隊長ったらロリコ~ンっ!』
「そんな訳ないだろうっ!? 単にこのまま死なれたらここまで苦労した元が取れないってだけだよ。それに、攫ったからには最後まで何とかする責任があるってだけさ。傷の治療も……邪因子についてもね」
◇◆◇◆◇◆
やあ皆様。ボクピーター。先日昇進したばかりの新米幹部です。
へっ!? なんかイメージが違うって? それはあれですよ。人前での言動と内心は違うって奴。
幹部は部下の前では威厳を保たなきゃいけないのです。……あんまり効いてない部下ばかりだけど。
まあそれはさておいて、
この前目の前で助けを求めながら死にかけていた女の子を拾ったんですけど、ボクはどうしたら良いんでしょうか?
そう……全ての始まりは、ボクが幹部としての初任務を仰せつかった時に遡ります。
悪の組織リーチャー。本部にて。
「調査任務?」
「ああ。君にはこの国の調査をしてもらう」
本部付きの幹部から渡されたファイルには、一つの国の位置情報がまとめられていた。
「調べる内容は多岐に渡る。環境、人口、治安、風土、科学力、そして……
そう。ここは悪の組織。偉大な首領様の下で、日々様々な国の侵略に勤しむのが主な業務。ただ侵略とは地道な調査活動の後やるかやらないか決定される。下見は大事だ。
その他も説明を受けたが、要するに二、三か月かけて国を見て回ったり部下の集めた情報をまとめて報告しろって事だ。人員や予算も用意してくれるらしい。
話だけ聞くと割と楽な任務。幹部の初任務としてはやや楽すぎる気もするけど、初めて部下を指揮して動く任務という事で少々心も躍るね!
と、思っていた時もありました。
確かに調査に来たこの
科学力はそこそこ。環境は四季があって過ごしやすく、島国でやや閉鎖的な気質はあるけど周囲との国交もそれなりにあり、食事の質は割と高い。
凶悪犯罪もこれまで見てきた国の中では少なめ。ここだけなら旅行先としても悪くない。ただ、
『グオオオオっ!』
(こんな怪物が居るだなんて聞いてないよっ!?)
通称
約二十年前から突如出現し始めた人を襲う怪物。
全身光沢のない真っ黒な体色が特徴だが、姿は個体に応じて様々。動物のような形態をとるモノが多く、姿に応じて能力も異なる。
通常兵器の効きは薄く、小さな個体でもピストルの弾をはじき返すほど。中個体以上になると戦車でもないと倒せないという生きた災害。
そんなのが突然町中に出現したら、人々はパニックになるだろう。……あとそれに巻き込まれたボクも。
(市街地に出る事は稀じゃなかったっけ? こんな事ならデパートに買い物なんか来るんじゃなかったっ!?)
『隊長っ! 町のあちこちに悪心が大量出現しています。至急撤退をっ!』
「ハハ……そうしたいんだけど、ちょっと難しいかな」
服に仕込んだ通信機から焦ったような声が聞こえるが、ボクは乾いた笑いでそう返す。
なぜならその悪心の一体が、ボクの正面に居るからさ。
自動車並にデカい牛型の悪心。あれが突進してきたら壁の一つや二つ貫通するんじゃないか?
(さて、どうしよう)
逃げる? 周囲は逃げ惑う買い物客だらけ。人波をかき分けている間に牛に潰される。
戦う? 勝てなくはないけど、調査任務中に派手な事は避けたい。
『ガアアアっ!』
考えている暇はなさそうだ。仕方なく体内の邪因子を瞬間的に活性化させようとして、
「退いててください」
超高速で降ってきた空色の騎士は、ヒュンっと風切り音を響かせながら長剣を振るい、そのまま悪心に背を向けて剣を鞘に納める。
たったそれだけ。たったそれだけの動作で、次の瞬間悪心は縦に真っ二つになっていた。
「怪我はありませんか?」
「えっ!? え~っと……はい。ありがとう」
急に話しかけられぼ~っとしながらも、ボクは頭では目の前の少女がどういう存在なのか思い出す。
魔法少女。特殊な手術を受ける事で、悪心に対抗できる力を身に着けた戦士。悪心と並んで要調査対象である国のヒーロー。
それは国中に認知されているようで、
「魔法少女だっ! 魔法少女が来てくれたぞっ!」
「これで助かるっ!」
その場の人達は口々に安堵の声を漏らす。悪心は居なくなった。もう大丈夫だと。だけど、
「……っ!? 皆さん逃げてっ!?」
そう叫ぶ魔法少女が身を挺して人々を守るのと、
「これは……酷いな」
デパートの地下駐車場。そこは辺り一面燃え盛り、所々には残骸と化した車が散らばっていた。
ボクは幹部なので、邪因子を操作すれば割と耐えられる。でも常人なら数分も保たないだろう極限状況。そんな中、
「……ふふっ。少し早いけど死神のご到着ってわけ? なら、じきに死ぬからもう少し待ってなさい」
ついさっき、誰も死者を出さずに悪心を地下駐車場に叩き落とした魔法少女が、全身血まみれで今にも死にそうな所に出くわした。
戦いのどさくさでどちらかのサンプルをゲット出来ればとやってきたけど、ここまでの状況は想定していなかったな。
そのまま少し黙っていると、魔法少女は限界なのかゆっくり瞳を閉じていく。
『隊長。撤退中の電子機器の妨害はあと十分が限界です。悠長にしている時間はないですよ』
「分かってるって」
……ここまで来たけど空振りか。
調査対象との接触は避けるべし。幸いボクの顔はよく見えていないようだし、どうせすぐに仲間が救援に来るでしょ。なので助ける必要はない。
さらに言えば治療道具もない。あるのは緊急用として持っている幹部用邪因子アンプルだけ。
だけど適性がなければ身体が耐えられないし、なにより協力者でもないのに邪因子投与は規約違反。緊急処置とはいえお叱りは免れない。
という訳で悪いね。ボクはそのまま背を向けて立ち去ろうとし、
「死にたく、ないよぉ」
その言葉につい足が止まる。魔法少女を再び見ると、マズイ事に装備が端から消滅を始めていた。これでは救援が来るまでとても保たない。
「まだ、あの子と……コムギと、一緒に居たい」
それは魔法少女ではなく、ただの少女が誰でもない誰かへ向けた最期の言葉。
「まだ……生きていたい」
本来魔法少女は言われる側。だけど魔法少女でなくなった今、少女は言う側になった。
「誰か……
なら、
「……あ~もうっ!? 本来魔法少女との接触はまだ先の予定だってのにさ。目の前で助けを求めないでほしいなまったく。……仕方ない。さっき逃がしてもらった恩もあるし、命は何とか助けるよ。命以外は保証しないけどね」
こうなったら叱られる代わりにせめて情報の一つでも喋ってもらうよ! ……身体が治ってから。