(魔法少女としては死んだ? ワタシが?)
この人は何を言っているんだろうか?
「ショックを受けているのは分かる。だけど、まずは自分に何が起きているのか知ってほしい」
「ちょっと隊長っ!? いくら何でも意識を取り戻したばかりにそれは」
「“邪因子”が馴染んでいない以上、これからも拒絶反応で苦しむんだよ? 訳も分からず苦しむより、命の対価に何を支払ったのかは知るべきだ」
食って掛かるジェシーさんを、ピーターさんは静かに宥める。
でも命の対価? 何の事?
「じゃあ一から順を追って説明しよう。まずあの火災現場で君は……と言うより君の
その質問にワタシはゆっくり頷く。
魔法少女は全員、身体に聖石と呼ばれる物を埋め込まれている。これは適性のある者を魔法少女に覚醒させる物だ。
ただこれが激しく傷つくと、魔法少女の力は著しく低下する。そして完全に破壊された時点で魔法少女の力は失われる。
(……ああ。そっか。あの時の戦いでワタシの聖石、壊れちゃったのね)
「君が意識を失った瞬間、身に着けていた鎧が消滅し始めたのを見て焦ったよ。ただでさえ死にかけているのに、あの状況で変身が解けてしまえば本当に助からない」
それは理解できる。だからあの状況から助かったのは奇跡みたいなものだと思ったのだけど。
「君は一刻を争う重症だった。だけど助けを待つ時間も治療器具もない。なので、仕方なくこれを投与した」
そしてピーターさんは、また懐から何かを取り出してワタシの目の前に置く。
(これは……何かのアンプル? 中身はなんというか……とっても毒々しい色してるけど。黒というか紫というか)
「これは通称“邪因子”。組織のメンバーが皆体内に投与されている、いわばメンバーの証みたいなものだ。邪因子は宿主の肉体を活性化させ、傷を癒したり身体能力を高めたりする。……デメリットもあるけどそれはいったん置いておこう」
ちょっとそのデメリットが気になるのだけど、その辺りは言葉を濁される。
「こうして応急処置をすませた君を連れてその場を脱出したのだけれど、悪の組織のメンバーが普通に病院に駆け込むわけにもいかない。なので仕方なく組織の支部に連れ込んだという訳さ」
「補足しておくと、そこらの病院には負けないくらいウチも機材は揃ってるよ。特に荒事関係ならお任せ!」
ワタシを安心させるように、ジェシーさんがにっこりとそう説明してくれる。
実際魔法少女は戦闘行為が主な仕事なので怪我が絶えない。そういう点では荒事関係の医療部門は大いに馴染みがある。
「そしてここで治療を始めて一安心……と思ったのだけど、少々厄介な事が分かった。ジェシー。映像を出してくれ」
「は~い。そこの壁に映すね」
そこでジェシーさんは機械をまた操作すると、何かの映像を壁に映しだす。これは……ワタシ?
「すまないけど、意識がない間にレントゲンを撮らせてもらった。問題は……ここだよ」
ピーターさんが指し示した場所。そこは心臓の近くの私の聖石が埋め込まれている場所。だけど、
(聖石にヒビが……それを埋めるように黒い影が纏わりついている?)
「調べてみた所、実は
つまりこの邪因子のおかげで怪我を治したのは良いけど、邪因子のせいで聖石の力……魔法少女としての力を使えない。そういう事らしい。
「起きてすぐ拒絶反応があったね? あれはいわば体内からの警告だ。無理にどちらかを活性化したらこうなるぞってね。……分かっただろう? 魔法少女としては死んだと言った意味が」
ピーターさんは冷たく、それでいてどこか優し気に言い放つ。
「命が助かっただけでも儲け物。そう思って諦めて、まずはゆっくりと身体を休めるんだね」
ピーターさんがそう言い残して去って行った後、
「もう隊長ったら、本当に五分で言うだけ言って帰っちゃうんだから。一秒でも遅れたらこれをお見舞いしてやろうって思ったんだけどなぁ」
ジェシーさんはどこから出したのかハリセンを持って悔しそうに呟くと、こちらに向き直って明るく笑う。
「一応フォローしとくけどさ、隊長ああ見えてアナタの事をとっても心配してたんだよ。仕事が忙しいのに一日一回は目を覚ましたかどうか直接確認してさ」
ただ、聞こえてはいるけどさっきからずっと耳を素通りしている気がする。
(もうワタシ、魔法少女になれないのね)
なんだろう。今までずっとあった物が急になくなると、こんな感じになるのだろうか?
正確には破損したとはいえ、まだ聖石は体内にある。だからもう一回くらいは変身できるかもしれない。でも、拒絶反応を思い出すとまともに動けるとも思えない。
「……あっ!? ごめんね~。あんま興味なかったっぽい? じゃああの隊長の事はほっときましょ。それより今は早く身体を治さなきゃ!」
(……そうね。まず身体を治さなきゃどうにもならないか)
ああ。こんな時こそコムギに逢いたい。
あの子は今のワタシを見てどんな顔をするだろう?
そして、ワタシはあの子に……どんな顔をすれば良いだろうか?
「あ~……あ~……けほけほっ」
「まだ無理しちゃだめだってアズちゃん。ほら。お水」
「あ……ありがとう、ございます」
あれから三日、ワタシは少しずつ回復しつつあった。
どうにかベッドから起きて歩けるようになったし、喉も少し話せる程度に治ってきた。
これは受けたダメージから考えると、魔法少女時代と比較しても早い回復だ。どうやら邪因子が回復効果を高めるのは間違いないらしい。それ以外は信用できないけど。名前もあれだし。
それと邪因子を信用出来ない理由がもう一つ。どういう影響か知らないけれど、元々
初日以来拒絶反応はまだ出ていない。これは多分意図的に魔法少女の力を使わないよう抑えているからだと思う。
「もう。アズちゃん。話せるようになったのは分かるけどさぁ、まだ病み上がりなんだから無理しちゃダメだって」
三日も経つとジェシーさんともそれなりに仲良くなる。というか向こうの方からやたらグイグイ来る。アズちゃんなんてあだ名までつけられたし。
「すみません。でも、こうしてはいられなくて」
ワタシは焦っていた。それは最初に目が覚めた時、
つまり今日でもう十日。それだけ経っているとあれば焦りもする、それに、
「あの……今日もまだ、連絡の許可は下りませんか?」
「ゴメンねぇ。申請してるんだけど、機密保持とか色々言われちゃってさぁ。まあ身体も治りきってないし、もうちょっと気長に待ってよ」
「……分かりました。ですが、なるべく早くお願いします」
このように、ここから外部への連絡は禁じられている。
スマホは圏外。魔法少女用に特注された通信機まで繋がらないとなると、妨害電波でも出ていると考えた方が良い。
テレビもないので外の情勢もまるで分からない。つまり悪い言い方をすれば、ワタシはここに軟禁状態になっている訳だ。なので、
よし。脱出しよう。