注意! この回から基本的に誰かの視点で語られます。今回は途中からアズキ視点です。
◇◆◇◆◇◆
ポツポツ。ポツポツ。
雨が、降り始めた。
「……嫌。そんな……嘘だよね?」
魔法少女コムギがそこに辿り着いたのは、親友との通話が切れてから二十分後の事だった。その目の前で、
ガラガラガラっ! ズシャーンっ!
避難は大体完了したのだろう。周囲に一般人の姿はなく、消防隊や一部の魔法少女が消火活動に励んでいた。
だが、親友の反応を最後に確認した場所が無残な事になっている事実に、コムギの胸は張り裂けんばかり。
「もしかしてまだあの中に……アズキちゃんっ!?」
コムギは他の制止を振り切って粉塵漂う現場に乗り込み、鬼気迫る様子で瓦礫を押しのけ始めた。
魔法少女は常人と比較にならない身体能力を誇る。だが、それでも一つ数十キロを超える大量の瓦礫。それも炎で熱せられた物となると簡単にはいかない。
瞬く間に手は軽い火傷だらけ。魔法少女姿も煤塗れとなるが、コムギはただただ親友の無事を祈って瓦礫を撤去し続けた。そして、
「……あっ!? これ……アズキちゃんの」
瓦礫の下に、一振りの長剣を見つけた。
親友の愛用している武器を見つけ、この近くに居ると希望を持って手を伸ばした瞬間、
サアァァっ。
「……えっ……あっ」
魔法少女の固有装備は、持ち主が消そうと思うか
コムギはその時点で理解した。理解させられた。
アズキは、自身の親友は……もう。
「…………う、うああああっ!」
降りしきる雨の中、崩れ落ちる魔法少女の慟哭が響き渡った。
その後懸命な捜索が行われたが、アズキの姿は発見されなかった。
ただ、最後の通信ログからアズキが相当の重傷を負っていた事。
コムギの目の前でアズキの武装が消滅した事。
悪心の中には人を欠片も残さず捕食する類も居る事。
仮に何らかの理由で生きたまま武装が消滅した場合、超高温となっていたあの火災現場で生身で生き残れるはずがない事等が踏まえられ、
魔法少女アズキはMIA。死亡に限りなく近い戦闘中の行方不明者と公表された。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………んっ!?」
目を開けると、そこには電灯の柔らかな明かりが見えた。
(ここは……天国? 天国にしては現代風ね)
どうやらワタシはどこかのベッドに寝かされているらしい。視線だけ動かすと、口元には酸素吸入用のマスク。そして何かの機械から伸びる管がワタシの腕に繋がっている。
どうしてかは知らないけれど、あの状況からワタシは助かり病院に担ぎ込まれたのだろう。
……生きてるんだ! ワタシ。
「……ァ……アァ」
声を上げようとしたけど、喉が痛くてまともに声が出ない。あの時火災現場で煙を吸ってしまったからかしら?
まともに起き上がれないほど弱っているようだし、それなりに長い間眠っていたのね。
でも、まだ生きてる。また……あの子と一緒に居られる。それで充分。そう、思っていたのだけど、
ドクンっ!?
「……っ!?」
そう例えても良い勢いで鼓動し、激痛が身体を駆け巡る。同時に機械からアラームが鳴り響いた。
手で胸を押さえようにも動かせない。身じろぐ事と声にならない叫びをあげるくらいしか出来ず、ワタシはこの痛みが止むのをじっと待つ。そこへ、
ガチャっ!
「は~い。おはようさ~ん。今日の調子はどう……って!? やばっ!?
やけに軽い感じの、白衣を着た若い金髪の女性が入ってきた。彼女が慌てた様子で機械を何か操作すると、少しずつではあるが痛みが治まってくる。
それから一分ほどかけて完全に痛みが消えるのを確認すると、彼女は明らかに安堵した様子でこちらを見る。
「いや~危ない危ない。丁度引き継ぎで席を外した時に来るとはビビった~。……あっ!? や~っと目を覚ましたみたいね。やりぃ! 賭けはあたしの勝ち!」
……何か会話の端々からろくでもない香りが漂っているのだけど。あとこの人明らかに日本人じゃないのに日本語ペラペラ。
話しかけようとするのだけど、相変わらず喉が掠れて声は出ない。
「……んっ!? ああ! 目を覚まして急に知らない場所に居たんじゃ混乱するよね。声は……まだ出せないっぽい? 筆談もまだ無理として……ひとまず返事はしなくて良いからね。勝手に話すから」
女性はうんうんと一人頷く。ワタシが目を白黒させていると、
「じゃあまずは自己紹介から。あたしはゼシカ。ジェシーって呼んで! 一応アナタの担当医よ。よろしくっ!」
ゼシカ……ジェシーさんはそう言って軽く手を上げる。大分陽気な人みたいね。失礼だとは思うけど、ワタシは軽く頷いて返した。
「OK。意識はしっかりしてると。じゃあ次にアナタの現状を簡単に説明しようと思うんだけど」
コンコンコン。
そこで、急に扉がノックされた。
「は~い。どちら様?」
「ボクだ。彼女の意識が戻ったと聞いたんだけど。今会えるかい?」
扉の外から、どこか聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あら隊長。耳が速いね。だけど一応医者としてはまだ面会は許可できないなぁ」
「少しで良いんだ。最低限の確認だけしたい」
「……じゃあ五分だけ。それを過ぎたら強制退去だかんね!」
ジェシーさんは少しだけ悩んだ様子を見せた後、扉を開けて外に立っていた人を招き入れる。
「やあ。元気そう……とは言えないね。うん。“邪因子”がイマイチ馴染んでない。これじゃあ拒絶反応がきつかったろうに」
その人はどこか中性的な感じのする男の人だった。見た所二十歳行くか行かないくらいかな? 体つきも少し細身で、髪を伸ばして後ろから見たら女性と見間違えるかもしれない。
(というかこの人どこかで……あっ!? そうだ! あの時悪心に襲われていた人っ!?)
「その顔はどうやら思い出してくれたみたいだね。あの時はどうもありがとう。……さて。五分しかないので色々と手短に進めよう。まずボクは……こういう者だ」
そう言ってその男の人は、懐から名刺のような物を取り出しワタシの前に近づける。そこには、
(『
名刺を見せられてもさっぱり分からない。というか悪の組織って何?
「そのままの意味だよ。悪い事をする組織。主な業務内容は国の侵略とかまあ色々。ボクはそこの幹部ってわけ! ……なったばかりで今回が初任務だけど」
どこか自嘲気味に言いながら、ピーターさんは部屋の隅からパイプ椅子を持ってきて座り込む。
「じゃあ、本題に入ろうか。君にとってはあまり良い報告じゃないけど、そこは許してほしい」
そして、ピーターさんは信じられないような言葉を放った。
「