そこはデパートの地下駐車場。ちょっとしゃれた言い方で表すなら、
辺り一面燃え盛る火炎と、所々には残骸と化した車が散らばっている。
常人なら数分とも保たない場所。そんな中で、
(……ああ。まいったな。ワタシ、もうここまでみたい)
一人の少女の命が、尽きようとしていた。
少女は不思議な格好をしていた。空色を基調とした、どこかSFチックな西洋風軽鎧と言えば良いだろうか? 手元にはこれまた騎士が持ちそうな長剣がある事を合わせれば、言わば姫騎士とでも呼ばれそうな格好だ。
そんな華やかな見た目だったのだろうが、今では甲冑はあちこちひび割れ長剣も傷だらけ。そして持ち主は血まみれで荒い息を吐いているという惨状だった。
(
少女の視線の先には、正体不明の巨大な黒い何かがあった。この惨状を生み出した怪物にして、今まで暴れまわっていた人類の天敵。
だが終わる時はあっさりとしたもの。致命傷を負ったため、空に溶けるように粒子となって消滅していく。
「……はぁ……はぁ……あぐぅっ!?」
それを見届けた瞬間、少女は苦悶の声を挙げて倒れ伏した。手放された長剣は、カランカランと音を立てて滑り落ちる。
ピピピっ! ピピピっ!
そのタイミングで腕に着けたリングからアラームが鳴り響き、少女は倒れ伏しながらもどうにかリングに手を伸ばす。
「……はぁ…………はい。こちらアズキ」
『アズキちゃんっ!? 大丈夫っ!?』
通信機からの心配そうな別の少女の声に、アズキと呼ばれた少女は複雑な表情をする。
嬉しさと、悲しさと、寂しさと、どこか心配するような感情が混じり合った具合に。
「……コムギ。そっちは片付いた?」
『うん。悪心の数が多かったけど、なんとか』
「フフッ。上出来ね。こっちは……ごほっ!? ……ちょっと、しくじったかな」
『アズキちゃんっ!?』
ゴホゴホと咳き込み、口元から血を垂らすアズキ。通信機越しでもその異変は伝わったのだろう。コムギは慌てた様子で名を呼ぶ。
「心配……しないで。悪心は仕留めたし、さっき……襲われかけていた男の人だって、逃がして」
『待ってて! 今からそっちに行く』
「ダメ。こっちに来ちゃ。……多分……もう手遅れだから……聞いちゃいないわね」
通信機の先からごうごうと強い風切り音が聞こえてきて、アズキは力なく苦笑する。
倒れたままのアズキの身体の下には、いつの間にか血だまりが出来ていた。血液と共に、それはまるで命そのものが流れ出ているようで。
「聞いて……最後に……ごほっ……話したいことがあるの」
『嫌だっ! 聞きたくないっ!? もう少しだから頑張ってよっ!? ……そうだっ! 近くに居る他の
「無理……ね。今は町中のあちこちで悪心が出て……手一杯。おまけに、ここら辺は元々担当が少ないから……ごほっ……はぁ。とても救援の余裕なんてないでしょうね」
『諦めちゃダメっ!? きっと、きっと何か方法が』
コムギの声は震えていた。それでも諦めようとせずこちらへ向かっているのが音で伝わる。
いよいよ火災も力を増し、ピシピシと周囲の柱にヒビが入り始める。誰が見ても、もう時間がないとはっきり分かる様相だった。
そして、アズキ自身ももうまともに動けない中、力を振り絞って言葉を紡ぐ。
「……ねぇ。コムギ」
『何……何っ! アズキちゃんっ!?』
「ごほごほっ…………ありがとうね」
勢いよく咳き込みながら、アズキは最後に伝えたい事を語る。
「初めて、コンビを組んだ頃は……邪魔だと、思ってた。弱いくせに……無茶するし、人の心に……ずけずけと入ってくるし、ドジしてばっかだし。あと……ワタシが取っておいた最中を盗み食いするし」
一言一言。流れ出る命を言葉に変えるように、でもそうまでしてアズキが絞り出したのは、相棒との本当に他愛ない日々の事だった。
「……でもね。いつの間にか……それは嫌じゃなくなっていた。ただ……悪心を狩るだけの日々だったのが、どこか……色づいたように感じられたの」
『アズキちゃん……』
「だから……ありがとう。アナタが……ごほっ……居たから、ワタシは、ここまで戦ってこられた」
『……っ!? そんな事ない。あたしの方こそアズキちゃんに……助けられてばっかりで。だから、だからっ!』
ザザっ!
少しずつ、通信にノイズが入り始めた。
(崩落直前だからかな? それとも戦いのショックで壊れかけてるか。まったく。最後ぐらいもう少し空気を読んでほしい)
内心そう愚痴りながらも、アズキは最後の最後にどうしても言わなければならない事を口に出す。
「……ねぇ。コムギ。……ごほっ……アナタの事だから、ワタシが居なくなったら、きっと酷く落ち込むと思う。アナタは……優しいから。誰かの事を、思いやる人だから」
『当たり前だよっ!? ……約束したじゃない。あたし達は仲間で、コンビで……ずっと友達だって!』
「……えぇ。だから、もう一つ……約束して」
アズキはそこで一拍置いて、最後の
「
(嘘だ。正直コムギに投げ出してほしいと思っている。ワタシの事が大きな疵になって、一生忘れないでいてほしいとも思っている。だけど、それじゃあコムギが救われない。コムギには、これからの人生笑っていてほしいから)
「生きてよ。コムギ。……ワタシは、アナタに出会えて、本当に幸せだった」
『待って!? アズキちゃんっ!? 待っ』
ブツッ!
通信はそこで途切れる。そして、もう命を振り絞って伝えたいことを伝えたアズキもまた、その意識が途絶えようとしていた。
「いよいよ……ごほっ!? ……終わりね」
火勢はますます強くなり、柱の数本がガラガラと音を立てて崩れる。もう建物の崩落まで数分もないだろう。
(このままだと出血多量で死ぬか、炎に焼かれて死ぬか、建物の崩落で圧死するか。煙を吸って死ぬのも苦しそうね)
どれも嫌な死だとげんなりするものの、最後に伝えたいことは伝えたし、ひとまずここの人的被害は最小限に抑えられたと、アズキは自分を無理やり納得させる。
(ああ……視界がぼやけてきた。それに酷く……眠い)
寝たら死ぬと本能が叫ぶ。
しかしもう抗う力すらなく、ゆっくりとアズキは瞼を閉じ、
コツン。コツン。
もしや逃げ遅れた人が居たのかと、なんとか瞳をこじ開けアズキはその足音の主を確かめようとする。しかしすっかり視界はぼやけ、おまけに火炎によって姿が揺らぎ、分かるのはおそらく男だろうという事だけ。
ただこんな非常事態においても、逃げ出すでもなく自然に歩いてくる様子はまるで、
「……ふふっ。少し早いけど死神のご到着ってわけ? なら、じきに死ぬからもう少し待ってなさい」
そう強がってみせるアズキだが、その声は死への恐怖で少し震えていた。男は何も言わずにじっと見つめている。
そして、再び死への微睡みがアズキに襲い掛かり、その瞳を静かに閉じていく。そんな中、
『ねぇ。アズキちゃんっ! あたし達ってさ、友達だよね! もうズッ友ってやつだよね! ねぇねぇ?』
『はいはい。まあアナタがそう思っているならそうなんでしょうね』
『もぅ。アズキちゃんってば冷たいんだから。でもこれを見れば態度も変わる筈っ! じゃじゃ~んっ! この前行ったスイーツ店の今日限定食べ放題ペアチケットっ! 手に入れるのすんごく苦労して』
『何をしているの。早く行くわよ』
『って早っ!? ちょっと!? あたしの苦労話も聞いてよぉっ!?』
ふとアズキの脳裏に、コムギの笑顔を始めとするこれまでの日々が走馬灯として浮かび上がる。
(死にたくないな)
一度そう思ってしまうと、どうにも止まらなくなった。そして溢れ出した思いはポツリと口から出る。
「死にたく、ないよぉ。まだ、あの子と……コムギと、一緒に居たい。まだ……生きていたい。誰か……
誰に言ったのかも分からない。意識が途絶える直前そう口にして、
「……あ~もうっ!? 本来魔法少女との接触はまだ先の予定だってのにさ。目の前で助けを求めないでほしいなまったく。……仕方ない。さっき逃がしてもらった恩もあるし、命は何とか助けるよ。
そう。どこか困ったような声が、アズキには聞こえた気がした。