あ~。やはりこうなったか。俺はチームが組めずにまごまごしているネルを見てため息を吐いた。
ここは昨日と同じ試験会場の一画。今日も朝からたらふく食って弁当まで持って行ったネルを送り出した後、俺は部屋の仕事をさっさと終わらせてこうして観戦に来たという訳だ。
『さあ。あと2分さね』
画面の中のマーサが急かす中、もう全体で見ればざっと8、9割はチームを組んでいるな。
これは、以前挑んでチーム戦だと知っている奴らが事前に誰と組むかを考えているのが大きい。毎回試験の一月前くらいから幹部候補生同士で話し合い、自然と根回しやら何やらが済んでいるのだ。
残るは今回初参加の奴ばかりだが、そこでネルのコミュニケーション不足が祟ってくる。いっつも一人で過ごしていたから、どうしてもこういう時にハブられるのだ。
「さあどうするクソガキ? ……おっ!?」
『ちょっとピーターっ! あたしと組みなさいよ』
『えっ!? いやだけどネルさんとだとどう考えても振り回されるイメージしか』
『良・い・わ・ねっ!?』
『あっ。はい』
哀れピーター。ネルの圧に負けて渋々了承した。ピーター君だけなら他の奴と組む手もあっただろうに……不憫な。
だが幸いピーター君なら多少だが気心も知れている。ネルが組む相手としては悪くない。だが、
『あと1分。組んでない奴は急ぎな』
おっと。もう時間がないぞ。
『ネルさ~ん。全然組んでくれる人居ないじゃないですかっ!?』
『分かってるわよっ!? ……おっかしいなぁ。このあたしが組んであげるって言ったらもうホイホイ誰か来ると思ったんだけど』
ネルは不思議そうに言っているが、なんてことはない。誰が好き好んでこの暴走機関車みたいな奴と組みたがるかという話だ。
才能は間違いなくピカイチだが、どう考えてもチームプレイは下手くそ。課題次第では足を引っ張る可能性の方が高いからな。
『あれ~? ま~だチームを組めてないんですかぁ? フヒヒ。ほ~ら急いで急いで』
『ああもうっ! うっさいうっさい! 邪魔すんじゃないわよ!?』
ミツバの軽い煽りにもめげず、ネル達はまだ余っている候補生を探す。しかしもう余っている面子なんて、
『オ~ッホッホッホっ! だ~れもチームを組んでくれませんわぁ!? 私ただいま絶賛チームメイト募集中でしてよ~!』
……居たよ。今日も元気に高笑いを響かせながら、ガーベラ嬢が一人ぽつんとチームの輪に入れず浮いていた。
おかしいな。ガーベラ嬢のコミュ力なら一人や二人チームを組めても良い筈なんだが。
ちなみにこれは後で知ったが、ガーベラ嬢は試験初日に他の幹部候補生全体にケンカを売るような発言をしていた。なので普段ならまだしも、試験中ではヘイトを買ってやっぱりハブられていたらしい。
しかしこれはチャンスだぞ。ガーベラ嬢ならいざという時のストッパーとして……いや、一緒に暴れて2倍被害が出る可能性もあるか。しかしピーター君も居るし、まあ即席チームとしては悪くない。
ネルもガーベラ嬢も互いに今の状況に気が付いたか、仕方ないといった感じでいったん手を組もうと歩み寄る。これには巻き添えを食ったピーターもにっこりだ。だが、
『当然チームリーダーはあたしだよね!』
『何を言ってますの我がライバル。当然私に決まっておりますわっ!』
『あたしっ!』
『私ですわっ!』
まずい。リーダー決めで揉めだした。まあどっちも我が強いし予想は出来ていたが。それにリーダーかそうでないかで評価の内容も多少変わってくるんだよな。
『あと30秒。チームで互いのタメールを翳し合って……ふぅ~。その状態で登録ボタンを押した奴がリーダーだからね。間違えないように』
『……っ!? 急がなきゃ。さあ早く皆翳して早くっ!』
『分かりましたわ!』
『こうですかね!』
こうしてあたふたしながらもどうにかチーム登録は完了。そして、
『じゃあリーダーはあたし!』
『私ですわっ!』
『あたしだってば!』
『二人ともいったん落ち着い』
『『ピーター(さん)は黙っててっ!!』』
『はうっ!?』
ドンっ! ……ポチっ!
【リーダー登録 完了しました】
何故かどさくさで、
「おいおい。何やってんだあいつら」
気づいた時にはもう後の祭り。慌ててネルとガーベラ嬢がマーサに変更を要求しているが、一度決まったリーダーはこの試験中変更できない。
チームリーダーは幾つかの権限と縛りを課せられる。評価が変わってくるのもあるが、一番大きな点は
なのでリーダーにはチームを率いる統率力と、どんな状況でも生き残る危機対応力が要求される。
それを聞かされたピーターはもう顔が真っ青だ。まあそのくらいの重圧は幹部は全員背負う物なので、ここは一つ気合を入れて頑張ってほしい。
『ふぅ~。今回はどうやら誰もチームを組めずに失格にはならなかったみたいだね。少しは人数が減って楽になるかと思ったのに……まあ良いさ。じゃあスタートね』
『頑張ってくださいねぇ~』
いや軽っ!? 本当に無造作でおざなりな開始の合図に戸惑いながらも、幹部候補生達は各々それぞれのチェックポイントに向けて出発していく。
『ったく。何でピーターがリーダーなのよ』
『ボクだって、代われるもんなら代わりたいですよ! うっかりボクが落ちて巻き添えにしたらネルさんからどんな目に遭わされる事か』
『まあまあ。決まってしまった事は仕方ありませんわね。今は気持ちを切り替えて、早速どのチェックポイントに向かうか決めるとしましょうか! さあリーダー様。腕の見せ所でしてよ!』
う~ん。悪の組織の幹部昇進試験という側から見たらアレなものだけど、それはそれとして青春してんなコイツら。受かるにしても落ちるにしても是非頑張ってほしいもんだ。……それにしても、
「こういう場面で真っ先に騒ぎそうな奴が今日は居ないな」
そう。試験を見守る幹部達の中に、何故かレイの姿が見当たらない。アイツのことだから絶対今日もガーベラの様子を見てハッスルするかと思っていたんだが。その時、
「おい見ろっ!?」
「えっ!? 何でこんな場所に?」
急に部屋が騒がしくなり、俺はそちらの方を見る。そして……思わずまぶたを良く揉み解してもう一度確認し、どう見ても本物だと確信して眩暈がする。それは、
「ああ。失礼。全員そのままで。今回は私的に試験を見学に来ただけなんだ。気楽にしていてくれ」
「ははっ。失礼致しました。
普段の認識阻害を解き、邪因子をあまり抑えることなくレイがやってきた。そのまま頭を下げる幹部連中に手をひらひらさせて俺の方に歩いてくる。
「すまないね。隣良いかな?」
「はっ! どうぞ」
プライベートならまだしも今は公の場。きちんと一礼し、席を
「……おいレイ。これはどういう事だ? いくら何でもバレたらシャレにならんぞ」
「分かってるって。だけどこれでも妥協してもらった方なんだ。なにせ最初は普通に阻害無しでいらっしゃるおつもりだったんだよ!?」
周囲に聞こえないよう小声で俺はレイに問いただす。
レイの能力の強みは、他人にも認識阻害をかけられる事だ。人数、距離、その他諸々によって変動するが、大抵の相手なら自分も含めて存在を薄めることが出来る。
だが、今回はレイ自身にまで手が回らずに仕方なく素でやってくるハメになった。何故なら、
「ふふっ。な~に。ワタシの事は路傍の石か何かだと思って気楽にするが良い。流石に直接見に行っては邪魔になりそうなのでな。ここで観戦させてもらうぞ」
「こんな存在感のある石ころが道端にあってたまるかって話ですな。お願いですから本気で邪因子を抑えてくださいよ。
普段の軍服を軽く着崩して、僅かだけオフの雰囲気を漂わせるリーチャー首領が、ゆっくりと俺の隣に腰かけて微笑んだ。