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リーチャー本部のとある一室にて。
「……これは本当なのか!?」
あまり人の来ない物置となりつつある場所で、二人の男が密談をしていた。
「はい。残念ながら、確かな情報です」
片方は昼間幹部昇進試験に参加していた幹部候補生の一人。もう一人は黒いフードを被っていて、体格や声色などから男としか分からない。
幹部候補生は手渡された書類を見てわなわなと肩を震わせ、フードの男は事も無げに語り掛ける。
「筆記テスト及び体力テストの結果から考えるに、このままでは貴方様が昇進する可能性は相当低いかと。それこそ明日の総合テストで余程の好成績を残す必要があります」
「こ、これは何かの間違い……そうだ! たまたま! たまたま体の調子が悪かっただけだっ! でなきゃこんな結果が出るわけがないっ! 明日こそは必ず」
「ほぉ。たまたまですか」
その言葉に、フードの男の放つ雰囲気が僅かに鋭利さを帯びたのだが幹部候補生は気づかない。だが、すぐにその雰囲気は霧散する。
「ご心配なく!
フードの男は懐から小箱を取り出し、中身を蓋を開けて見せた。幹部候補生はそれをしげしげと不思議そうに見つめる。そこに入っていたのは、
「……何だこりゃ? こんな物が本当に役に立つのか?」
「はい。それはもう間違いなく。……効果にご不安があるのでしたらここでお目にかけましょう」
そう言ってフードの男は箱の中からそれを一つ摘まみ、そのまま口に含んで飲み下す。すると、
ドクンっ!
「お、おおおっ!?」
その幹部候補生は決して邪因子の察知能力に優れている訳ではない。だがそれでも分かるほどに、その瞬間フードの男から放たれる邪因子は一回りも二回りも大きくなった。
「こりゃあすげぇっ! これを使えば確かに明日は何も恐れるもんはねぇ!」
「そうでしょうとも。こちらを是非明日お役立てくださいませ。ただし一つだけ注意点が。この効果はあまり長続きいたしませんので、いざという時にのみお使いください」
「ああ分かった。しかしこんな
幹部候補生はそれを手に、上機嫌で部屋を出て行った。フードの男の冷ややかな視線に気づくこともなく。
「……ふぅ。まったく。あのようなただ与えられた力に疑いもせずに飛びつく者が幹部候補生とは、確かにご主人様のおっしゃる通り最近は質が落ちているようですね。まだ使えそうであれば
そこでフードの男は口元に蔑んだような笑みを浮かべる。
「自分の実力不足を棚に上げ、まだチャンスが貰えるなどと思っているバカが使えるとも思えませんし、あの
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「ああもうっ!? ネルの奴なんでこんな事を頼むかなっ!?」
俺は蜂蜜たっぷり特製ホットミルクで寝かしつけたネルを起こさぬよう、小声で悪態をつきながらフライパンを振るっていた。
騙されたとはいえお願いを聞くと言ってしまった俺に対してネルが要求したのは、ズバリ明日の弁当にデザートをつけること。それもネルが満足するだけの物を。
市販の物で誤魔化そうかと思っていたのに、手作りという縛りまでつけられてしまってはどうしようもない。
悩んだ末思いついたのは、以前こいつを堕としたホットケーキ。それを作って
一緒に大量の各種調味料を付ければどうにかデザートとしても出せるだろう。ただ問題は、
「これで……3枚目っと。一緒に弁当もあるから流石に10枚はいかないだろうが、5枚くらいは用意しておかないとな」
とにかく大量に作る必要があるってことだ。足りないとか言って文句言われる危険性もあるからな。テーブルの上のホットプレートから出来上がった分を取り、次の分を作り始めながら溶き卵をフライパンに広げて焼く。
おまけに弁当も多めに作っておかないと納得しないし、そっちの方も同時進行で作っている。せめてもの意趣返しとしてメインにタケノコたっぷり炊き込みご飯。コーンのかき揚げやアスパラのベーコン巻き諸々をおかずに野菜多めヘルシーな内容にしてやる。
しかし、
「変身できない……か」
料理を作る手を止めず、俺はさっきのネルの様子を思い出す。
自分で折り合いをつけてはいるようだが、俺が聞いた直後のあの狼狽っぷりもまた本物だった。変身できないことがコンプレックスになっているのはたぶん間違いない。程度の大小はともかくとしてだ。
一応一時的にとはいえ面倒を見ている以上、その辺りも出来ることなら何とかしてやりたい。勿論出来る範囲でだが。
そもそもなぜ変身できないのか? 邪因子適性は間違いなく高いから多分そちらは原因ではない。
「当然検査はしたはずだが……それでも見つからないとなると余程身体の深い所に異常があるか、それとも精神面に問題があるかだ」
仮に本部の検査をすり抜ける何かが原因だったとする。そんなのがあったとして、見つけられる奴となると限られる。
おまけに患者があのネルだ。精神面を解きほぐすのは並大抵の苦労ではないし、万が一怪人化したまま暴走でもしたらそれを抑えられるだけの戦力もいる。
要するに必要なのは、他者の肉体を把握する能力か機材に、あの気難しいネルに寄り添えるだけの精神性。そして暴走したとしても制圧できるだけの圧倒的武力。あと場合によっては長期的な話になる可能性もあるので、それなりに時間が取れると尚良い。
そんなのを兼ね備えている奴となると、
「マーサはしばらく試験の方でてんてこまいだから無理。ミツバは能力はともかく、精神的に寄り添うのが壊滅的に下手だから論外。支部長は武力と精神性は問題ないとして、医学的知識はさっぱりな上やはり手が空いていない」
他にも何人か同僚や伝手を思い浮かべるが、どれも帯に短し襷に長し。なかなか頼める奴がいない。
やはり肉体把握能力持ちで、ネルが何をやらかしても寄り添える圧倒的精神性と武力を兼ね備えていて、おまけに今暇な奴なんてそう簡単には……あっ!?
そこまで思い浮かべて、フッと脳裏に一人該当する奴が浮かぶ。というより最初から浮かんではいたのだが、自分でも無意識の内に除外していた奴が。だが、
「……ふっ。俺としたことがバカなことを考えたもんだ。
俺は軽く自嘲的に笑う。そいつこそ俺が知る中で最大のトラブルメーカー。
能力があって頼りになり、確かにアイツに任せれば変身出来ない原因がネル自身にある限りまず間違いなく解決する。そこに関しては信頼がおける。
しかしだ。その代わり
「……はぁ。仕方ない。ネルの件はマーサが落ち着くまで待ってから相談するとしよう。それに……この所ネルにつきっきりでアイツに会いに行ってなかったしな。たまには様子を見に行くとするか。……何かやらかす前に」
俺は人好きのする笑顔を見せるあの
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?????にて。
青い空。白い雲。輝く太陽。
広がるは見渡す限りの水平線。波は穏やかに寄せては引き、その度に美しい砂浜を洗っていく。
砂浜にはぽつぽつとヤシの木らしきものが点在し、ちょこちょこと小型のカニがそこらをぶらつく。
つまるところ、
「暇ねぇ。もうと~っても暇」
女が居た。
澄んだ水色の瞳に明るい茶髪を肩まで垂らし、青色の水着の上下にパレオを巻いた女は、ビーチチェアーに寝そべりカクテルを一口飲んでは悩まし気にため息をつく。
「んくっ……ふぅ。お酒は美味しいし、食事は食べ放題だし、長めのバカンスには丁度良いかと思ってここに留まるっていう制約も受け入れたけど、こ~んなに人が来ないなんて退屈よねぇ」
彼女はカクテルに添えられたチェリーをぺろりと一舐めすると、そのままぱくりと口に放り込む。
その言葉の通り、広いこの空間にはカニや魚等の小動物は居ても、人間らしき姿はどこにも見当たらなかった。
「やはりこういうのは誰かと分かち合わないと楽しさも半減よねん。あ~あ。ケンちゃんも最近来てくれないし、アタシの心と身体を満たしてくれる誰かは来ないものかしらん。
そう愚痴をこぼす彼女の胸には、
「あんまり誰も来ないならもういっそのこと、お姉さんこっちから外に出ちゃおうかしらん。久しぶりに首領ちゃんとお茶会を楽しむのも良いし、ケンちゃんと軽く遊ぶのも悪くないわよね! ……だけど制約しちゃったしなぁ。う~ん。悩ましいわねぇ」
そうコロコロと笑いながら悩む彼女は、またカクテルを一飲みしてゆるりと昼寝を楽しむことにした。どう動けば一番楽しくなるかを大真面目に考えながら。