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雑用係 微笑ましい者達を見守る


「レイっ! 俺に認識阻害を掛けろっ!」

「えっ!? ……分かった。よっと!」


 レイが軽く念じると、なんとなく俺の身体がぼんやりとするのを感じる。


 こいつの強い点は、こうして認識阻害を掛けられることだ。レイ自身に比べれば効きは悪いが、それでもこの人が多い食堂でなら意識しない限り気が付かない。


 元々レイは自分に認識阻害を掛けているし、俺達は黙ってネル達の動向を見守る。


「わざわざ隠れなくても、普通に会えば良いじゃないか?」

「今下手に会ってアイツの集中を切らさせる訳にはいかんだろ……どうやら普通に昼食休憩に来たみたいだな。しかし何でこんな時間に」


 俺の作った弁当を広げ、ネルは食前の一礼をするなり猛然とがっついていた。ネルの食欲とテストでの消費を考えて多めにしたが、どうやら正しかったようでみるみるうちに減っていく。


 ピーター君も付き合わされてか、一緒の机でつるつるとうどんを啜っている。


 しかし予定では昼食休憩はまだ先。その前にここを出ようと思っていたのに鉢合わせるとは。


「……どうやら予定が少し早まったみたいだね。まあ無理もない。体力テストであれだけ派手にやったんだ。全体的に早めに休憩が必要だと判断されたんだろう」


 レイは飄々とそんな事を言っているが、こっちとしてはやや困る。幸い食事は大体食べ終えたし、ここの払いは済ませてあるから後はこっそりここを出れば良い。この認識阻害状態ならそれぐらい、



「オ~ッホッホッホっ! 中々良き物を食べているようですわね! 相席してもよろしくて?」

「おおっ! 愛しのマイハニーっ!」

「あっ!? 行くなバカ!?」



 こっそり食堂を出ようとした所で、今度はガーベラ嬢とお付きのメイド達が入って来てレイが一気に興奮。今にも突撃しそうなのを必死に食い止める。それにしても、



「……ねぇネルさん。物は相談ですが、一口だけその卵焼きを譲ってくれませんこと? 代わりにこのステーキも一切れ差し上げますから」

「ダメっ! これは一個だってあげないんだからっ! ……こっちのから揚げとなら交換しても良いよ」

「あのぉ……ボクにも一口貰えたりするかなぁって思っちゃったり。なんかお二人を見ているとこっちも食欲が湧いたというか」



「なんか……微笑ましいねぇ」

「……そうだな」


 悪の組織なのに一画だけ青春しているという矛盾に目を瞑れば、まあこれはこれで良いもんだ。願わくばこういうのが長く続けば良いとも思う。だが、


「という訳で私も混ざってくるよ! 待っててねマイハニーっ!」

「おいバカ止めろっ!?」


 そんな中に乱入していくバカが一人。慌てて止めようとしたが時既に遅し。


「おお! これは絶品だ! 少し作ってから時間が経っているようなのに、衣のサクサク感がしっかり残っている。中のジャガイモも実に舌触りが滑らか。余程手間暇かけて下拵えをしたのだろう。良かったですねお嬢さん。これを作った人は間違いなく君の事を想っているよ」


 ……野郎。邪魔するだけじゃなくガキの弁当をつまみ食いするとは良い度胸だ。


 と言ってもすぐにネルとガーベラ嬢に張り倒されたし、つまみ食いされた本人達がそれで許すのなら良いだろう。……まあゲンコツ一発で許してやるか。


 さりげなくこちらを見ながら笑って手を振るレイに対し、俺もにこやかに手の骨をボキボキと鳴らす。慌ててネル達に代わりに奢ろうとしているが……甘いな。ネルは甘味なら底なしに食うし遠慮もしない。


 上級幹部はとんでもない高給取り。仮に食堂のメニューを全て頼んだ所で資産的には痛くも痒くもないが、それはそれとしてネルの食いっぷりに目を白黒させている。


 あとさっきからピーター君の様子がおかしい。レイを見るなり冷や汗をダラダラ流してまともに食事も喉を通っていない。これは……もしかしてレイの事に気づいたか?


 レイもそれを察してか、ピーター君と何かぼそぼそと話している。しかしあの認識阻害を見抜くとは、ピーター君はその方面の才能があるのかもしれない。





 そうして昼食会はどこかお茶会のような具合に移行し、ガーベラ嬢のどこか演劇じみた(劇として見れば上物の)語り口を、知っている癖にレイはニコニコしながら聴いているのだ。


 相変わらずネルは大量の甘味の空き皿を大量に積み上げていくが、その耳は微かにガーベラ嬢の語りに傾けていたのだから不快ではないのだろう。


 結局ピーター君も一杯うどんをお代わりし、ついついそんな場面を眺めている内に、いつの間にか個人面談まであと30分に迫っていた。


 帰り支度を始めるネル達。レイはそこで何故か俺の方をチラリと見て、



「面談は色々と聞かれるだろうけれど、ただに答えた方が良い。下手に相手に気に入られようとすると却って逆効果だ。良いね?」



 餞別代りなのか、そうアドバイスをしてお茶会はお開きとなった。ネル達の去った後、俺はそっとレイに近づいていく。


「珍しいな。お前がああいうアドバイスをするなんて」

「ふふっ! これはだよケン君。まったくもう。そんなに気になるんなら素直に自分でアドバイスすれば良いのに」

「ほっとけ。大人ってのはそういうトコが色々面倒なんだよ。……だが、ありがとうな」


 俺がそう言うと、レイはどうってことないっていう風に軽く手を振る。ガーベラ嬢絡みだとホントアレな性格だが、いつもこうなら良いんだけどな。


 なので、俺は比較的優しくレイの肩を掴む。


「じゃあ礼の意味を込めて、ゲンコツは手加減してやる」

「げっ!? 良い流れでこのまま無しになったりしないのかいっ!?」

「バカ野郎。それとこれとは話が別だ。良い大人がガキの……それも俺の作った弁当を盗み食いするとは許せん!」

「お、お助けぇっ!?」





 こうして、軽く手加減したゲンコツを落として涙目になったレイと別れた俺は、ネルが戻ってくる前に支度を終えて部屋に戻った。


 今日のメニューはビーフシチュー。グツグツと煮える大鍋に浮かぶのは、ゴロゴロとした大きな角切りの牛肉。そして先日ピーター君から分けてもらった芋等を筆頭とした野菜が、自分達も忘れるなとばかりに鍋を泳ぐ。


 テーブルには深皿やスプーンも準備され、後はネルが帰り次第この熱々の品をよそうだけ。



「オジサ~ンっ!」



 おっ! 帰ってきたな!


「おう! まずは手洗いうがいをしてから夕食を……むっ!?」


 扉を開けて入ってきたのは予想通りネル。そして、


「ネルさ~ん。やっぱり試験中までそれはマズいですって!? お邪魔しますケンさん」

「オ~ッホッホッホ! ここが我がライバルのハウスですのね! どれどれ。ウチのアイビーとビオラにも負けない非常に優秀な従僕さんがいらっしゃると聞きましたが一体どんな方が……って、え~っ!? ケン様っ!? ケン様じゃありませんことっ!?」


 何故かピーター君とガーベラ嬢まで一緒にやって来た。お付きのメイドさん方も一緒だ。


「ごめ~んオジサン。面談終わりに話してたら、ガーベラがウチのメイドは一流ですわ~って自慢するからさ、ウチのオジサンの方が凄いもんってついムキになっちゃって。という訳で、夕食の余りでも良いから食べさせて分からせてやってよ! ピーターもついでに」


 そんな事言ってテヘペロするネルに、


「お客さんを呼ぶならもっと早く連絡しろって言ったろクソガキっ!?」

「いたぁっ!?」


 とりあえずデコピンをかました俺は悪くないと思う。どうすんだよこれ。幸い多めに作ったから夕飯は足りるが食器がないぞっ!? ……っと。その前に、





「それと……お帰り。まだ初日だがテストよく頑張ったな」

「イテテ……うん! ただいま!」


 額を押さえながら、ネルは得意げな笑みで頷いた。


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