「婚約者ぁ~!? このつまみ食い男が?」
「……実に情けない話ですがその通りですわ。ほらレイっ! シャキッとなさいませっ!」
「アイタタタ……ありがとうハニー。いやあ君の折檻は喰らい慣れているけど、他の子と一緒にというのはなんか新鮮だねぇ」
「だからハニーは止めなさいって言ってるでしょうに」
歩み寄るガーベラに手を取られて立ち上がるレイと言われた男。顔面にビンタを叩き込んだのだけど、それでもまだ何となくしか実体が掴めない。……というか今のは割と強めに行ったから、並の人なら意識が飛ぶ筈なんだけどおかしいなぁ。
余波で倒れた椅子を直しながら、ガーベラはレイをこっちに引っ張ってくる。
「紹介しますわ。彼はレイ。リーチャー所属の一般職員であり
「一応とは酷いなガーベラ。私はこんなにも君にベタ惚れなのに。さて。どうも皆さん。レイと申します。ハニーはこのようにとてもシャイな性格なので大っぴらにはしていないのですが、彼女の婚約者です。以後よろしく!」
そうして手を伸ばしてきたので、あたしも一応の礼儀として握手する。
するとレイの姿が少しだけはっきりと見えるようになった。どうやら擬態か偽装か知らないけどそれを弱めたらしい。自己紹介でもそれじゃ失礼だもんね。
見て取れたのは漆黒の長髪を紐で軽くまとめたポニーテールに、同色の瞳のどこか柔和な顔立ち。品の良い薄茶色のコートを羽織り、袖から見える腕は細身ではあるけどとても引き締まっている。
「……ガーベラ。家の事情か弱みを握られたか知らないけど、こんなのが婚約者だなんてあんたも苦労してたんだね。……食べる?」
「こんなのでもシャキッとしている時はそれなりに格好良いんですわよホント。普段が相当アレなので落差が激しいだけで。……あと食べかけのコロッケを渡されても微妙に喜びづらいですわね。何ですの? 間接キスさせようってつもりですの?」
「何とっ!? 間接キッスとは実に甘美な響きっ! さあマイハニーずずいと! 何なら間接と言わず私に直接でもぶべらっ!?」
う~む。食べかけとは言えオジサンの作ったコロッケだから喜ぶと思ったんだけど、ガーベラは微妙な反応。むしろレイの方がドンびく程ハッスルしてたのでまたガーベラにしばかれ、メイドさん達にも笑顔で冷たい視線を向けられていた。
どことなく
「ハハッ! 愛さえあれば何のこれしき! それはそうとネル嬢。先ほどはコロッケを一つ摘まんでしまって申し訳ない。あまりにも美味しそうで、ついたまらず手が伸びてしまったのです。お詫びと言っては何ですが、今日の食事代は全て私が持ちましょう。そちらのピーターさんもどうです?」
そう笑顔で提案してきたレイだけどどうしようか? オジサンの料理は金で替えは利かないけど、コロッケ一個だけならギリギリ許せる範囲内だ。
代わりに食堂で売ってる甘い物でもデザートとしてくれるというのなら、まあそれはそれで悪くはないかもしれない。弁当のデザートは果物ゼリーだけでちょっと寂しかったし。
「……じゃああたしはそこで売ってるプリンアラモードとエクレア。あとドリンクでホットココアに持ち帰り用にジャンボシュークリームを3つ。それから」
「ま、まだ食べるのですかネル嬢!?」
「甘味ならまだまだ入るし、あんまり時間を掛け過ぎても面談に差し障るからこれでも控えめだよ」
オジサンが言うには、あたしの満足するだけの甘味を作ってたらそれだけで弁当を作る時間が無くなるとか。だからと言ってデザートだけ市販の物にするなんてひどいと思うな。
「ピーターはどうする? さっききつねうどんだけじゃ物足りなさそうだったからこれを機に何か追加して……ピーター?」
「ひゃ! ひゃい!? ……い、いえ。あの……ボクこのくらいで結構ですハイ!」
注文に目を白黒させて財布を確認するレイを横目に、何故かさっきから黙りこくっているピーターに声をかけると、ピーターは何故か冷や汗を流してアワアワしながらレイをガン見していた。
レイはその視線に気が付くと、どこか得心がいったようにちょっと失礼と席を外し、ピーターを連れて少し離れてぼそぼそ話し始める。
何話してんだろ? ちょっと盗み聞きしちゃえ! あたしは残った弁当を食べながら聴覚をそちらに集中させる。
『レイさん。いえ……
『し~。静かに。……君はとても
『あの、この事はガーベラさんは』
『もちろん知っているさ。婚約者だからね。だけど仕事の時はともかく普段は
『は、はいっ! 仰せのままにっ!』
って会話が聞こえてきた。う~んよく分かんないなぁ。ピーターはああ見えて目ざとい所があるのは知ってるから、何かしら勘付きはしたんだろうけど。
……まあ良いや! 只者じゃない変態はミツバで前例があるし、レイもどこかの特殊部隊員とか幹部だったって話でしょ多分。いずれ追い抜く対象が増えたってだけだもんね。
そしてピーターとレイが話している間ガーベラはどうしたかって言うと、
「……えいっ!」
パクッ! もしゃもしゃ……ゴックン!
「良いのですかお嬢様。レイ様の前で食べて差し上げればさぞお喜びになったでしょうに」
「そうしたらまた調子に乗りますわよ。それに……
「ちなみに、間接キッスのお味は?」
「ソース味でしたわね」
そうメイド達と掛け合っているガーベラの顔は、あたしに突っかかってくる時とはまた別の朗らかさがあった。
なんだ。口では色々言ってても相思相愛じゃんこの二人。……なんか悔しいな。オジサンもこれくらい分かりやすいと楽なのにな。
そうしてつまみ食い男ことレイにデザート(美味しいけどやっぱりオジサンの作った奴の方が好みだ)を奢ってもらい、テーブルの上が小さなティーパーティー状態になった所で、ガーベラがそう言えばと話を切り出す。
「レイ。アナタ何故こんな所に? 確か遠征でしばらく本部を離れていて、戻るのはまだ数日かかるという話だったのではなくて?」
「それは勿論麗しのハニーの晴れ舞台を見に。少し早いけれど有休を久しぶりに使って急ぎ戻ってきたという訳さ。勿論明日の分も取ってある」
そう臆面もなく言い放つレイに、ガーベラはあちゃ~と額を押さえる。だけど、
「またアナタって人は。……まあ良いでしょう。折角です。面談はまだ先ですが、私の初日の大活躍をとくと語って差し上げましょう! 我がライバルとの華麗なる戦いの様子もね」
「えっ!? あたしも巻き込まれるの?」
「当然ですわ! まず最初の受付直後。私との邂逅で戦意を奮い立たせるシーンから」
そこからガーベラが話して聞かせるのは、もはや演劇かなって思うくらい脚色込々の物語。
なんかあたしがノリノリで戦いに応じたみたいになってるし、その上ガーベラをライバルとして認めながらギリギリの勝負をしていたみたいなことになっていた。
あたしもっとクールかつ強者の余裕みたいな感じでやってた筈だよっ!? な~にが「我が生涯の宿敵ガーベラ。今こそお前と雌雄を決する時。いざ尋常に勝負っ!」的なセリフを言ってたよっ!? そんなの一言も言ってないからねっ!?
ただ悔しい事にガーベラはこういう語り手の才能が有ったみたいで、違うとは分かっているんだけどちょっと聞き入ってしまったというか……お茶会のBGMには良かったみたいな。
結局とっても和やかにお話は進み、いつの間にか面談前の集合時間まであと30分に迫っていた。
「ご馳走様。デザートはそこそこ美味しかったし、ガーベラの話もまああたしの部分が脚色されてたのを除けば結構面白かったよ。じゃああたしそろそろ行くね」
「……あら!? もうこんな時間ですの? すっかり長話をしてしまいましたわ。それではレイ。面談もバシッと終わらせてきますので、お土産話を楽しみにお待ちなさいな。オ~ッホッホッホ!」
「レイさん。ボクにまでご馳走してもらってありがとうございました」
「はい。会計はこちらで済ませておきますよ。……っと、最後に一つだけ」
あたし達が身支度を整えていると、レイは去り際にこんな言葉を残した。
「面談は色々と聞かれるだろうけれど、ただ
「ちょっと!? ネタバレは厳禁ですわよレイ。……ですが、好意だけは受け取っておきますわ」
こうしてあたし達は、今日最後の試験である個人面談に向かった。
「…………えっ!?」
「おや。聞こえなかったかい? じゃあもう一度だけ繰り返すとしようかね」
それはあたしの番の事。
監督官であるマーサと個室での一対一の面談で、彼女曰くどこまでも簡単な質問。だけどそれを聞いて一瞬思考が止まった。その質問の内容は、
「質問さね。