色々あって体力テストも終わり、いったんあたし達幹部候補生は昼休憩となった。しかも2時間近い長さだ。あと残るのは個人面談だけだからやってしまっても良いと思うのだけど、
「仕方ないですよネルさん。何せ体力テストで邪因子を使い過ぎて、早急に何か食べるなり休むなりしないと動けない人が多いんだもの。ボクももうへとへとでしばらく動きたくないし」
とピーターは言う。皆して貧弱だなあ。あたしまだまだ余裕なのに。……まあお腹は空いたから食堂で昼ご飯を食べるのは賛成だけどさ。
「所で、なんでボクも普通に相席させられているんでしょうか?」
「う~ん……何となく?」
自分でもこれといった明確な理由はない。
前は錠剤だけで良かったから場所なんて必要なかったし、最近は朝晩とオジサンの作った料理を部屋で食べていたけど、昼食はいつも食堂で一人で食べてた。
どうせ誰も近づいてこないし、一人の方が気が楽だった。だけど……何と言うんだろうか? この所オジサンと一緒に食べていたからか、なんとなく
「何となくって……まあ良いですけど。にしてもそれ全部食べるんですか?」
「食べるけど? お腹空いちゃって」
あたしがちょっぴりウキウキしながらカバンから取り出したのは、オジサン特製重箱三段重ね弁当。一段丸ごと白米の他に、おかずとしてから揚げ、ウインナー、コロッケ、プチトマト、そして定番の卵焼きを含めた諸々を詰め込んだ豪華なお弁当だ。
普段より邪因子の消費が激しいだろうからって特盛サイズだけど、これくらいならぺろりと平らげちゃえるね!
「ボクも普段よりお腹空いてますけど流石にそこまではちょっと。ネルさんエネルギー消費激しすぎません?」
「その分たっぷり食べるから良いのっ! 頂きますっ!」
そしてあたしは食前の一礼をすると、猛然と弁当に襲い掛かる。……やっぱり卵焼きサイコ~っ! このから揚げもジューシーだし、ご飯がいくらでも行けちゃう!
ピーターもさっき受付で頼んだきつねうどん(大盛り)をすすり、周囲のガヤガヤとした喧噪の中で食を進める。そんな中、
「オ~ッホッホッホっ! 中々良き物を食べているようですわね! 相席してもよろしくて?」
「良くないっ! 場所が狭くなるからさっさとあっち行って」
自称ライバルの悪役令嬢が、取り巻きを引き連れて高笑いをあげながらやって来た。
「あら。つれない事を言わないでくださいな我がライバル。席はまだ空いているではありませんの。少々失礼いたしますわよピーターさん」
そう言ってガーベラは、あたしの反対側でピーターの隣の椅子に優雅に座る。座る瞬間取り巻きがさりげなく椅子を引いて座りやすくしたのは中々に手際が良い。
「……ピーター。次回からはピーターもやってね」
「えっ!? 何を?」
気づいていなかったピーター。下僕二号としてはこれくらい出来るようになってもらわないと。その内余裕が出来たらその辺りも付き合ってもらおうかな。
「それで何の用なの? 今度は大食い勝負でもしようって訳? 負けないよあたし」
「いえいえそんな事。ただ純粋に食事をご一緒したいと思い寄ったまでの事ですわ」
ガーベラはそう言って指をパチリと鳴らす。すると、
ササッ! スチャッ!
取巻きの二人が素早くガーベラに前掛けを着け、目の前にナイフやフォークを並べ、どこからか銀色の丸い蓋を掛けた皿を運んでくる。……って!?
「今更だけど
「ああいえ。この二人は我が家に仕える者達ですわ。身の回りのことは私も出来ますが、それでも使用人に仕事を任せるのもまた貴族の責務。なのでこうしてついてくる事を許しましたの」
「はい。お嬢様お一人では心配で心配で。こうして僭越ながら身の回りの御世話をさせていただいております。あっ!? 自己紹介がまだでしたね。私メイドのアイビーと申します。こちらの無口な方はビオラ。以後お見知りおきを。お嬢様のご友人方」
そう朗らかに語るのは明るいメイドと、何も言わずに一礼する物静かなメイド。ガーベラにアイビーにビオラって……花の名前繋がりだね。あと友人じゃないっての。
「心配でとは何ですのっ!? まるで私が手のかかる子供かの様に」
「お嬢様。お嬢様はまるでではなくまさしく手のかかる御方でございます。あまりにも前科があり過ぎて語るのも億劫になる程。例えば
「あれは言いっこなしですわよアイビーっ!? ……コホン。失礼。まあ話は食べながらといたしましょう。ビオラ」
その言葉にビオラはスッと皿に掛けてあった銀色の蓋を取る。そこにあったのは、ジュ~ジュ~と音を立てる熱々の鉄皿に乗った肉汁たっぷりのおっきなステーキ。
「オ~ッホッホッホ! やはりこういう時は胃にガツンとくるお肉に限りますわっ!」
ガーベラはそそくさと食前の一礼をすると、姿勢を正して猛然とステーキを口に頬張る。凄いスピードなのに動き自体はとても洗練されているのがまた。だけど、
「へへ~ん。確かにステーキは驚いたけど、オジサンの作ってくれた特製弁当だって負けてないもんね~!」
こちらもどうだとばかりに、見せびらかしながらおかずを口に放り込む。このコロッケもサクサクで絶品だね!
そうして互いにもしゃもしゃ食べていると、
「しかし、確かに一目見て分かる程の出来でなおかつ特盛ですわね。それを作ったのはかなりの腕の料理人と見えます。……ねぇネルさん。物は相談ですが、一口だけその卵焼きを譲ってくれませんこと? その美しい色合いはぜひ食してみたいものです。代わりにこのステーキも一切れ差し上げますから」
「ダメっ! これは一個だってあげないんだからっ! ……こっちのから揚げとなら交換しても良いよ」
「から揚げですか。まあそれはそれで良いでしょう! ではこちらをどうぞ」
流石オジサンの特製弁当。ガーベラも欲しがるレベルだ。あっちのステーキも少し興味があるし、次期幹部候補筆頭としては余裕のある所を見せておくのも悪くはないよね。……うん。このステーキも美味しい。
「あのぉ……ボクにも一口貰えたりするかなぁって思っちゃったり。なんかお二人を見ているとこっちも食欲が湧いたというか」
「でもピーターはきつねうどんじゃん。麺以外であたしの欲しいのはそのでっかいお揚げしかないけどそれでも良い?」
「げぇっ!? そんな殺生なっ! きつねうどんからお揚げを取ったらただの素うどんじゃないですかっ!?」
「仕方ありませんわね。相席のよしみでこのステーキ……の付け合わせのブロッコリーを譲ってあげますわ。ソースもたっぷりですわよ」
「お嬢様。どさくさでご自身の嫌いな物を押し付けませんように」
こうしてがやがやと食べている内に、ふとオジサンの言っていた言葉を思い出す。それは、
「『食事は誰かと一緒に食べた方が美味しい』……か。そうかもしれないね」
栄養補給の効率だけ考えるなら無駄な事なんだろう。だけど、一緒に食事を摂る事でこの胸にある温かい何かがあるのだとすれば、それも悪くない。
あたしが幹部になったら、お父様とこうして食卓を囲むことが出来るのだろうか? だとしたら、それはとても良い事だ。嬉しい事だ。
さあ。これを食べて少し休んだら今度は面談だ。気合入れて頑張らないと……って、アレっ!?
「……ない。ないっ!? あたしのコロッケが一つ足りないっ!? ガーベラまさかあんたこっそり食べたんじゃ!?」
「確かに美味しそうでしたけれども、私そういうのはちゃんと食べる前に断りを入れる性質ですの。先ほどの交換でから揚げを貰った以上、それ以外を勝手に奪ったりなど致しませんわ。自分で食べて数え間違えているのではなくて?」
「それは無いもんっ! 一口一口しっかり味わって食べてるから数え間違えたりなんてしないっ!」
ガーベラじゃない……となるとまさかピーターっ!? だけどピーターの方を見るとブンブンと首を横に振っている。ガーベラの取り巻き達も同じくだ。じゃあ一体誰が?
サクッ!
「おお! これは絶品だ! 少し作ってから時間が経っているようなのに、衣のサクサク感がしっかり残っている。中のジャガイモも実に舌触りが滑らか。余程手間暇かけて下拵えをしたのだろう。良かったですねお嬢さん。これを作った人は間違いなく君の事を想っているよ」
「……っ!?」
いつの間にか、あたしの隣に誰かが腰掛けてコロッケを箸で摘まんでいた。
そこに居たのはどこかぼんやりとした感じの男。
なんというか……陽炎みたいなイメージ。そこに確かに居る筈なのに、正確な姿を視る事が出来ないみたいな。実際今の今までそこに居るって気が付かなかったし、邪因子も感じ取れない。明らかに只者じゃない。
だけどそれは今は問題じゃない。問題なのは、
「あたしのコロッケ返せぇっ!」
「人の食事を盗るなんてお仕置きですわ
「ぐふぁっ!?」
パシイィンっ!
つまみ食い犯にあたしのビンタと、どこから取り出したのかガーベラが手に持つハリセンが直撃した。
そのままダイナミックに他の椅子をなぎ倒してぶっ飛ばされたが、このくらいの騒ぎはリーチャーではいつもの事。周囲で食事中の人達もすぐに落ち着きを取り戻す。
一口齧られたコロッケは宙を舞い、さりげなくピーターが予備の皿でキャッチしていた。ナイスっ!
「ふぅ。ガーベラ。アイツあんたの知り合い? 今レイって呼んでたけど」
「……えぇ。何と言うかその……
その爆弾発言に、ピーターが危うくコロッケを落っことしそうになってた。落としたらデコピンだからねピーターっ!