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閑話 とある新米幹部候補生の受難

 たまにはケンやネル以外の視点でもと書いてみたら、少し長めになりました。





 ◇◆◇◆◇◆


『拝啓 お父さんお母さん。お元気ですか?


 この前送ってくれた実家で獲れた野菜。とても美味しかったです。でもだからと言って毎月段ボール箱いっぱいに送ってくるのはちょっと多いと思います。


 それと聞いてください。ボクは先日なんと、ぬわんと幹部候補生に就任しました! えへへ! 褒めてくれても良いんですよ!


 なんでも、本来幹部候補生に就く筈だった人が試作兵器の暴走の責任を取って降格させられたらしく、丁度枠が一つ空いていた所に偶然が重なってボクが上司から推薦されました。いやあやっぱりコツコツ頑張っている人を見てくれている人は居るんですね!


 でもボク荒事系全然だけど大丈夫かな? 戦闘訓練とかいっつも赤点ギリギリだし、怪人化だってこの前やっと出来るようになったけどまだ数分しか保てないし。自慢できる所もちょっとした特技くらいしか……おっと。泣き言ばかりじゃダメですよね。


 まあ何はともあれ幹部候補生になり、お給金も大分上がりました。これからは家への仕送りも増やせそうです。


 次の長期休みには里帰りも予定しています。お二人共お体を大切に。 敬具。



 追伸。


 ほんとにもう野菜は良いですからね? フリじゃないですから!』





 あっ。死んだかもしれない。


 やあ皆様。ボクピーター。ただいま絶賛命の危機に直面しています。何故なら、


「ふ~ん。あんたがあたしの対戦相手?」


 小さな暴君。変わらずの姫。災害級のクソガキ。幾つもの異名をほしいままにしている第一級の危険人物、ネル・プロティが今日の訓練の対戦相手なのだから。


 先日出した両親への手紙が遺書にならない事を祈るばかりです。


「……なんだか弱そうだね? ホントにあんた幹部候補生?」

「は、はい。そうです。……つい二日前からだけど」


 一応同じ幹部候補生という事で立場的には対等なのだけど、つい腰が低くなってしまう。


 このネルさんと言う人は、幹部候補生の中でも悪い噂が多い。曰く訓練相手を半殺しにしたとか、逆にわざと煽って相手をいたぶって楽しむとかだ。


 おまけにちょっとけど、この人とんでもなく内包している邪因子がヤバい。量が多いとか質が高いとかそんなんじゃない。例えるならとことん


 オ~ノゥっ! なんで初めての訓練でこの人に当たっちゃうかなっ!? 周りの人達もどこかご愁傷さまと言わんばかりの顔でこちらを見ているし。そんなのとぶつかるなんてボクも相当運が悪い。


「……っと。ちょっと聞いてるの? どう? オッケー?」

「……っ!? オッケーっ! オッケーですっ!」


 やばっ!? 一瞬意識が現実逃避してたっ!? 慌てて返事をしたけど……何がオッケー?


「じゃあ決まりね! そういう訳で」

「両者位置について……始めっ!」


 教官の試合開始の合図と共に、目の前のネルさんの姿が一瞬ブレたかと思うと、



「じゃあこの試合はさっさと終わらせるね」



 首筋に衝撃が走り、ボクの意識は闇に閉ざされた。





「う、う~ん」

「あっ! 目が覚めた?」


 次に目が覚めた時、そこには目の前にネルさんの顔面があった。……何これ?


「あの……ここ何処ですか?」

「何処って決まってるでしょう? シミュレーション用の訓練室よ」


 ネルさんはニヒヒとイタズラ気味に笑って腕で周りを指し示す。確かにシミュレーション用の部屋だ。だけどボクは何でこんな所に?


「え~っ? 覚えてないの? おっかしいな。うっかり強く叩きすぎちゃったかな? あんたに訓練の前、試合が終わったらあたしの自主練に付き合ってって頼んだじゃない。中々目が覚めないから引きずってきちゃった!」


 そう言えば現実逃避していた時に何か言われたような気がする。……え~っ!? ボクそんな事オッケーしちゃったのっ!? あとせめて起きるまで待って!?


「大変申し訳ないんですけど、そのぉ……ボク気が飛んでいたというか聞いていなかったと」

「じゃあ一からもう一回説明するね! なんかオジサンが言うにはさ、あたしには邪因子はともかく対人戦の技術が足りてないんだって。だからシミュレーションの敵じゃなくて、誰でも良いからきちんと頼んで訓練に付き合ってもらいなさいだってさ。それで今日偶々訓練で当たったあんたに頼んだって訳。思い出してきた?」


 いや聞いてよっ! と言うかオジサンって誰? という疑問は置いておいて、


「え~っと、何となく思い出してきたようなそうでもないような。だけどボク程度の者にネルさんの相手が務まるなんて思えないのでここは辞退させていただきたく」

「気にしないでよ! どうせあたしの相手になる人なんてそう居ないし、相手って言っても本気で戦えって言ってるんじゃないもの」


 ネルはそのまま僕に向けて軽く構える。


「昨日聞いたんだけど、シミュレーションの設定で邪因子量の変更ができるらしいのよね。だからシミュレーションの設定を変更して、。そうすれば少しは勝負になるでしょ? ねぇお願~い。付き合ってよぉ」


 ネルさんは上目遣いにそう言ってこちらを見つめる。邪因子が均等? つまりあとは純粋に互いの体格や技量などの勝負って事か。それならボクにも勝ち目があるかも。


 いや、だけどなぁ。今ここで均等だったとしてもシミュレーションが終わったらすぐ元に戻る訳で、もしそこでネルさんの気が立っていたらボクなんか瞬殺だよ? 一捻りだよ! やはりここは何とかお断りを、


「……何? イヤなの? ?」


 あっ!? これはマズい。


 ネルさんの機嫌が見るからに悪くなり、放たれるプレッシャーが強烈に肌を刺す。ここでノーなんて言ったらそれこそボクの命に関わる。


「よ、喜んで訓練に付き合わさせていただきますですハイっ!」

「ホントっ!? 良かった~! じゃあ設定を弄ってくるね!」


 機嫌がコロッと直ったネルさんは、笑いながら訓練室の隅のコントロールパネルに向かって行った。……どうしよう。今さら断れる雰囲気じゃない。すると、


「……んっ!?」


 なんか身体の邪因子が抑えつけられる感じがした。どうやらネルさんが設定を弄ったらしい。


「設定弄って来たよ~! それにしても、邪因子に制限がかかるとこんな感じなんだねぇ。なんかいつもより体が重いや」


 ネルさんが腕を軽く回して身体の調子を確かめている。もうこうなったら訓練に付き合うしかない。だけどその前に、


「あの……ネルさん? 訓練に付き合うのは良いんですが、その……どのくらい手加減すれば? うっかりケガさせたりしたら大変ですし」

「手加減なんて要らないよ? そんなんじゃ訓練にならないじゃない。ケガだってしょっちゅうだし」

「そんな。いくらネルさんが凄いと言ってもそれは邪因子有りでの話。邪因子が同じならいくらボクでも普通に勝てますって」


 確かにボクも初見だと時々女性に間違われるくらい線が細い方だけど、それでも邪因子の対等な状態でこんな小さな子に負けるとは思わない。なのに、


「……ぷぷっ! あっれ~おっかしいんだぁ! あたしに勝てると、ましてやケガさせると本気で思ってるの? ……あっ!? 分かった。どうせ負けるなら手加減したから負けたって言い訳を作りたいんだね? 大丈夫」


 そこでネルさんはニヤリと嗤い、


「あんたのそこそこ綺麗な顔には当てないようにこっちが手加減してあげるからさ。早くやろうよ! 


 ムカッ!


「……良いでしょう。ルールは普段の模擬戦と同じで良いですよね? もうこうなったら手加減なんてしませんから」


 流石に今のはムカついた。


 どうせ向こうから吹っ掛けられた喧嘩だ。この生意気なクソガキに、こう見えてボクが男なんだって事をしっかり分からせてやる! 行っくぞ~!




 一時間後。




「あ~楽しかった! たまには邪因子なしで思いっきり戦うのも良い物だね!」

「た、楽しめたのなら幸いです」


 


 疲労の色を見せながらもどこか充実した顔を見せるネルさんに対し、ボクはすっかりへたばって床に大の字になっていた。


 何この子っ!? 邪因子が均等でも相当強いんですけどっ!?


 最初の内こそ普段と勝手が違ってか動きが固く、戦い方もどこか力任せでボクもそれなりに優位に立ってドヤァと出来ていた。


 一度なんか完全に関節を極めて、ネルさんが悔しそうに涙目を見せるのを見てなんだかイケない気持ちがちょろっとだけ湧いてきたくらいだ。


 しかしだんだん邪因子に制限がかかった状態に慣れてくると、ネルさんの動きが少しずつ変わっていった。ボクの攻撃に的確に反応し、しまいにはボクがやった関節技を完全に真似て掛け返してきたくらいだ。あの時のドヤ顔返しはとても悔しかった。


「ボクも疲れたし、もうそろそろ終わりにしましょうか」

「そうだね! え~っと……あんた名前なんだっけ?」

「いや今更っ!? ピーターですピーターっ!」


 名前も覚えてもらっていなかったと少ししょんぼり。まあ良いさ。どうせ今回だけの関係だもの。ネルさんもボクの名前なんかすぐにまた忘れるだろう。


「それじゃあねピーター。よろしくね!」

「はいまた明日!」


 ネルさんは輝くばかりの笑顔でそう言うと、タッタッと訓練室を後にした。どうせ明日も講義で会うからって、別れの挨拶はきちっとしているのは良い事だ。


 ……さてと。じゃあボクも自室に戻るとしますか!





 次の日。


「こんにちはピーター。また今日も付き合ってね!」

「もう勘弁してください」


 それ以来毎日のように自主練に付き合わされるようになった。


 いやなんでっ!?


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