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雑用係 クソガキから依頼をされる


 さて。悪の組織というのは主に破壊活動をする組織というイメージがあるが、そこには物理的にだけでなく精神的にという意味合いも含まれる。


 俗に薄い本などでよく見られるように、清く正しく才能のある一般人をあの手この手で篭絡……まあ洗脳や改造というやり口もあるが、要するに悪の道に引きずり込むのも仕事だ。


 善性を破壊し、欲望を解放させ、本能のままに行動させる。まあ組織に連なる分最低限のルールくらいは守ってもらうが、それ以外に関しては何を憚る事もない。さらに言えばそれに暗い喜びを見出す様になれば尚良しだ。


 という訳でまとめると、悪の組織のメンバーは相手を堕落させる術も長けている……のだが、



「ねぇ……オジサ~ン。もっと出してぇ」

「無理だ。もう本当に無理」

「そんな事言わないでよぉ。もう少しだけが~んばれ! が~んばれ! ねっ! お願~い!」



 全身に疲労が溜まり精根尽き果てる寸前の俺に、ネルはどこか蠱惑的な表情で語り掛ける。


 その目は欲に塗れてギラギラと輝き、舌なめずりするその様は完全に俺を獲物としか見えていない。だが上目遣いに僅かに潤んだ瞳で懇願するその様子は、どことなく他者の庇護欲及び征服欲を刺激する。


「……これで最後だぞ」

「やった~っ! ……オジサンってばチョロいんだから!」


 最後の方本音漏れてんぞクソガキっ!? 仕方ない。




 俺は最後の一枚と気合を入れて、





 首領の部屋を掃除し、本部の市場を巡りこっちの知り合いと旧交を温めた後、俺はクソガキの顔でも見に行ってやろうかと軽く部屋を訪ねた。だが、


「よお。。遅かったなクソガキ。居残りでもさせられたのか?」


 久しぶりに見たネルの顔は酷いものだった。俺は医者でもなんでもないが、それでも一目見て分かるレベルで。


 明らかに緊急事態の為理由をつけて強引に部屋に入り、あまりに生活感のない部屋に目を見張りながらも錠剤の空き袋の山を確認。


 訓練だなんだと駄々をこね、飢餓状態の方が邪因子の活性化には良いだのと頑なに飯を食おうとしないクソガキを、理論と本能の両面から説得誘惑


 やはりホットケーキ(甘味調味料諸々たっぷり)は飢餓状態で拒むには悪魔的過ぎたようで、すぐに陥落して最初の一口を食わせる事に成功する。


 最初の一歩さえ踏み出してしまえば後は転がり落ちるだけ、一口が二口。二口が三口となるまで時間は掛からなかった。なのだが、


「美味し~っ! もう最高っ!」

「もう食材はないからなっ!? ったくこのクソガキがっ! 

「だって美味しいんだもん!」


 それまでの飢えを満たすかのように、次から次へと大量の甘味でデコレーションしたホットケーキを胃袋に放り込む様は圧巻だ。邪因子持ちは皆健啖家なのはガキでも例外じゃなかった。


 本来なら飢餓状態で大量に食ったら不調の原因になるのだが、高ランクの邪因子持ちにそんな常識は通じない。


 みるみるうちに血色が良くなり、口の周りを食べかすとハチミツやクリームでべとべとにしながら幸せそうに口を動かすネル。……まあこれだけ美味そうに食ってくれれば作った甲斐はあるけどな。


「ふ~ぅ。食べた食べた。オジサンご馳走様!」

「お粗末様。ほらっ。口ぐらい拭け」


 ナフキンを手渡すと、そこで今更恥ずかしくなったのか顔を赤くして口元を拭うネル。本当に今更だけどな。


「じゃあ満腹になった所でだ」

「いや全然。とりあえずお腹が膨れたってだけで、まだもうホットケーキ三、四枚くらいは」

「もうホントに食材が無いってのっ!? あと腕も疲れた。……続けるぞ。お前なぁ。一体どんな訓練してんだ?」


 コイツを甘味で堕としたのはマズかったかもしれんと内心ビビりながら、俺は話題を逸らしつつ本題に入る。


「確かに敢えて自分を飢餓状態まで追い込む事で邪因子を活性化させる訓練法もある。だけどそれは綿密な計画の元、きちんとギリギリの安全性を確保した上でのもんだ。お前さんみたいなガキがやるのは十年早い。どこのどいつだこの訓練法を教えた奴は」

「……え~っと、そのぉ……あたし自身?」

「何だと?」


 そこでよくよく尋ねると、なんとコイツはたった一人でこのやり口を思いつき、実行しているのだという。しかも戦闘シミュレーションで出現数無制限で何時間もぶっ続けという拷問じみたやり方を。


 一応トレーナーというか体調を管理する奴は居るらしいが、そいつを無理やり黙らせて勝手にやっているとか。


「……はぁ。お前は馬鹿か? そういうのはちゃんとトレーナーの意見を聞くもんだ」

「だってぇ。あの人お父様の部下で基本的にあたしの言う事に逆らわないだもの」

「だから自分で考えた結果がこれってか? ……ふざけんなっ!」


 流石にこれは黙っちゃいられない。俺が一喝すると、ネルは驚いたように目をパチクリさせる。


「強くなりたい? 大いに結構っ! お父様に認められたい? おうとも存分にやれば良いさっ! だけどな……その為に自分を磨り減らすのだけは止めろっ!」


 俺はネルの肩に手を置き、膝を突いて真っすぐにその目を見つめる。


「俺は何人もそんな奴を見てきた。どこぞの正義の味方も、“元”神様に仕える超越者も、最強の悪の首領様まで、力を得る為に無理をして、得た力で何かを成して、そして何かまた自分の成すべき事を成す為に力を求める。その度に自分の身体がボロボロになっているっていうのによ。……違うだろ。

「オジサン?」

「……すまん。脇道に逸れた。まあつまりはだ。もっとって事だ」


 どこか心配そうにこっちを見るネルに、ガキに心配させるなんてミスったなとガシガシ頭を掻きながら笑いかける。


「腹いっぱい飯を食って、毎日ちゃんと講義に出て、きちんとした計画の下トレーナーと一緒に訓練する。そんでもってしっかり休む。それを毎日続けてりゃ自然と強くなっていくもんさ。……大丈夫。焦って自分を追い込まなくても。クソガキ、お前さんは充分強い」

「本当?」

「本当さ」

「じゃあ次の幹部昇進試験を絶対クリア出来る?」


 げっ!? 言いづらい事を尋ねてきやがった。


「……ああ。勿論だ! ……初日はまずクリアできる」

「ああっ!? 今オジサン変に濁したっ!? あたしじゃその次は無理だって思ってるんだ!」


 くっ!? 普通にバレたか。正直言って、一日目は楽勝で行けるが二日目で多分コイツは落ちると踏んでいる。


 あれは単純な実力より、内容を知った上できちんと対策をしないと相当厳しい。と言っても対策しても難しいのだが。おまけに初参加の奴には口外しないというのが例年の決まりだ。


 俺が言うに言えずにまごまごしていると、


「……分かった。じゃあ……

「手伝うって何を?」

「決まってるでしょ! 今日から試験が終わるまで、あたしが幹部昇進試験に合格出来るように手伝ってって言ってるのっ! 具体的に言うと朝昼晩のご飯を作って、あたしが出かける時には行ってらっしゃい。帰ったら部屋でお帰りって言って! ……あと訓練は手伝わなくて良いけどあたしの凄い所を褒めて」


 なんか無茶苦茶言って来たぞこのクソガキ。ひとまず飢餓状態は脱したみたいだし、あれだけ言っておけばまたやらかす可能性は低いだろう。ならさっさとお暇するか。


「はっ! 俺は家政婦じゃねえんだ。んな事付き合っていられるか。……顔色も良くなったみたいだし、俺はもう行くからな! 帰って明日の仕事に備えなきゃ」

「じゃあ……

「……はぁっ!?」

「さっき言った通りの事を第9支部宛てに依頼する! オジサンいつも言ってるよね? 仕事を頼まれたら基本的に何でもやるのが雑用係だって」


 コイツめそういう細かい所ばっかり覚えてっ!? だが、


「残念だったな。あくまで俺は第9支部所属の雑用係。以前からの予約ならまだしも、急な依頼なら今ある別の奴が優先」

「……うん。じゃっ! そういう事でよろしく! ……オジサ~ン! 第9支部の支部長さんがOK出してくれたよ!」


 ジン支部長ぉっ!? いや何勝手に仕事受けてんのあの人っ!? ホントこのクソガキに甘過ぎるっ!?


 通信機片手ににや~っと悪い笑みを向けてくるクソガキに対し、もう俺の出来る事と言ったら、



「……まずいったん第9支部に戻って依頼の正式な受諾。それと諸々他の仕事との兼ね合いや準備もあるから手伝いは明日からな」



 せめてもの時間稼ぎで、明日からと提示するくらいしか出来なかった。





「あっ!? オジサンもこの部屋にお泊まりだからねっ! 他の人に見られたら変な噂が立つかもよ~! クスクス。頑張ってねっ!」


 おのれクソガキっ! 明日から覚えてろよっ!? 飯に野菜たっぷり入れてやるからな!


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