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雑用係はクソガキの地雷を踏む

 さて。唐突だがここで問題だ。


 勿論由緒正しい悪の組織であれば、首領に圧倒的なカリスマ、何かしらの大義があってそれに賛同する者が大半だろう。


 或いは洗脳や精神操作、改造によって無理やり言うことを聞かせるという場合もある。実際邪因子には大なり小なり首領への好感度を上げる効果があり、対象への好感度を強制的に上げるのもある意味洗脳の一種だ。


 しかし全部が全部そういうメンバーばかりではない。邪因子適性が低く首領への忠誠心に乏しい者も居るし、それについては別段咎めるものでもない。


 そこで最初の疑問に戻る。何故悪の組織の一員は首領に、組織に従うのか?


 それに関しては至極単純な事。。職業として悪の組織があり、そこに勤めているからだ。


 そして仕事には給料が発生する。ここまで長々と話してきたが、結局の所次の一言が言いたいだけなのだ。つまり、





「野郎共。待たせたな! 今日は待ちに待っただっ!」

「「「うおおおおっ!!!」」」


 第9支部に職員達の歓喜の雄叫びが響き渡った。





 ここは第9支部経理課。組織全体の銀行も兼ねている場所だが、普段はあまり人が来ない。しかし今日は月に一度の給料日という事で大混雑だ。


「はいよアラン。ほれ。持ってけボブ。……こらトムっ! 割り込むんじゃねえっ! ちゃんと順番を守って並べっ!」


 今日の俺の仕事は、滞りなく給与の受け渡しを行うべく経理課の手伝い。行列整理だ。


 給料の受け取りは手渡しか振込メンバーは悪の組織に入った時に専用の口座を開設されるだが、ここの支部の大半の奴は手渡し派だ。そっちの方が金の実感があるらしい。ちなみに俺も手渡し派。


 だがあまりにやってくる人が多く、その上大半が荒くれ者。毎回混雑し問題が発生する。経理課の戦場は机の上であり、肉体言語はやや不得手だ。なので毎月給料日には、こうして雑用係に声がかかる訳だ。


「お疲れさんジム。ゼシカは初給与おめでとう! 大切に使いな。おいそこのたむろしてる奴ら! 貰うもん貰ったらさっさと列を外れて部屋を出ろっ! 嬉しいからってそんなとこで給料を比べ合ってんじゃねえよまったく」


 そんなこんなで経理課が開く朝9時から、ホクホク顔で列に並ぶ馬鹿野郎達を整理し続け数時間。昼前にはやっとこさ列の終わりが見えてきた。


 始まる当初は最前線に赴く戦闘員みたいな覚悟ガンギマリの顔をしていた経理課の奴らも、終わりが見えた事で僅かに表情が和らぐ。


「ありがとうございましたケンさん。毎回昼までに半数以上が給料を取りに来るので、この調子ならもう午後からはこちらの職員だけでも何とかなりそうです」

「役に立てれば幸いだ。……しかし毎回仕事そっちのけで来てねえかこいつら」


 今尚列に並んでいる奴らが、それを聞いてバツが悪そうに頭を掻く。バツが悪いって分かってんなら仕事終わらせてから来いよ。そう思っていると、


「あっ!? ケンさん。次の方が来ましたよ」

「おっといけない。さあ。最後尾はこち……ら?」


 そこにやってきたのは、


「やっほ~オジサン! 今日も相変わらずせこせこ働いてる~?」

「そういうお前も相変わらずだなクソガキ」


 いつものように出合い頭に失礼な事を言うネルだった。こいつは毎回そんな事を言わんと死ぬ病にでもかかってんのか?





「で? 何の用だクソガキ。俺は今見ての通り仕事中だ」


 相手が相手だが気を取り直して対応する。しかしホントにどうして来たんだ?


 給料は手渡しなら自身の所属している場所。ネルであれば本部でしか受け取れない。勿論振込なら口座から引き出す事は他の場所でも出来るが、それならわざわざここまでくる必要もない。


 そんな疑問がつい口から出たのだが、


「別に~。オジサンがここに居るって聞いたから様子見に来ただけ。……皆なんで並んでるの?」

「なんでって……今日は給料日だからな。給料を受け取りに来たんだ」

「給料?」


 ネルは何故かそこで不思議そうな顔をする。


「ああ。子供には分からんかもしれんが、大人はこうして金を稼いでいるんだ。というかお前だって幹部候補生ならその分の給料位出てるだろうに」


 正確な額までは知らんが、少なくとも一般戦闘員より相当稼いでいる筈だ。実際ミツバは確か趣味で毎月気に入った香水一つ数万もする高級な奴を何個も買っている。それぐらいには高給取りだ。


 こんなガキに小さなうちから大金を持たせるのはちと問題だが、この実力主義のリーチャーではそれもまかり通る。しかし、


「知らないなぁ。あたし給料とか気にしたことないし、それに使

「……何だって?」


 ネルの言い分に俺は言葉を失った。だが軽く頭を振って落ち着く。


「金を使った事ないって……お前普段どんな生活してるんだ? 食事はまあいざとなったら無料のあまり美味くないもあるし、必要最低限の設備は本部にあるだろうから良いとして、それにしたって何かに使うだろう? 趣味とか」

「だってお金なんか払わなくても、あたしが欲しいと言ったらお父様やお父様の部下がくれるもの。それに欲しい物もそんなにないし……あっ!? あたしオジサンが欲しいなぁ。お金沢山あげたら下僕になってくれない? ……痛っ!?」


 頭の痛い事を言うクソガキにとりあえずデコピンをかましておく。


 しかしこいつの言った事が本当だとするとそれはそれで問題だ。こいつの親は一体どういう教育をしてんだ? 金銭感覚が良い悪いの話ですらないぞ。


「って事は、お前自分で買い物とかも行った事は無いのか? いや別に一人でじゃなくても良い。誰か大人……そうだ! 

「行った事ない」


 その瞬間、ネルの機嫌が目に見えて悪くなった。ばっさりと俺の言葉をぶった切ると共に、無表情にホルダーからキャンディーを取り出して咥える。……マズイ。家族の話は地雷だったか。


 明らかに空気が重くなる中、


「いやあ助かりましたケンさん。こちら、依頼の達成証明書とケンさんの給与となります! どうぞ」

「んっ!? あ、ああ。ありがとう」


 見ると列もすっかりなくなり、経理課の職員が俺の分の給料袋と書類を差し出していた。俺は静かにそれを受け取るが、正直今はそれどころじゃ……待てよ!?


「OK。また何かあったら連絡してくれ。……おい。クソガキ」

「……な~に?」

! 丁度次の仕事までの間に幾つか日用品を買う予定があったんだ」

「えっ!? ちょ!? ちょっとオジサン!?」


 俺は給料袋を懐に入れ、ネルの手を取って歩き出す。奴め。珍しく目を白黒させてやがるな。


 そりゃあガキの内から大金を持っていても碌な事にはならないが、だからといって買い物の一つもさせないっていうのはいかんだろう。だからとんちんかんな事を言い出すんだ。なので、


「金を使った事がない? ハッ! なら体験させてやろうじゃないか。大人の社会勉強をなっ!」


 ふっ! ガキに社会の厳しさを分からせる時が来たようだ。


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