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ネル 分からせるべく邪因子を解き放つ

 注意! 今回一部曇らせ要素があります。


 ネル視点です。



 ◇◆◇◆◇◆


 ゴゴゴと音を立てて隔壁が上がり、その部屋の中央にある椅子に腰掛ける人形を近くで見ると、モニター越しとは少し印象が違って見えた。


 全身白くて光沢のある金属製。細身でどこか女性的だけど、関節部分を黒いゴツゴツした金属で補強しているからか見かけより大きく見える。


「ホントにやるのか? 実験上同じ室内でしか起動と操作は出来ない。もし何かあったら」

「何々? オジサ~ン。あたしの事心配してくれてるの? オジサンのくせに生意気~。……まあ見ててよ。華麗にこれを操って、オジサンに分からせてあげるんだからっ!」


 機材の準備をする職員達の中、ギリギリまであたしを止めようとするオジサンに胸を張って応える。


 出来ればこれまで通り、オジサンを欲情させた所を返り討ちにして実力を分からせる作戦で行きたかったけど、純粋にここであたしの邪因子の高さを見せつけて平伏させるのも悪くない。


 あの女ミツバは職員にさっきから口を出している。目の前であたしがこの人形を見事操って、実力を知らしめてあげなくちゃ。


 ……そうすれば、もうオジサンにすり寄ってくるような事はしないよね!





「器具の具合は如何ですか? ど、どこかキツかったりなどは?」


 腕に測定機材を巻きつける中、職員がおどおどとした態度で尋ねてくる。本部の一般戦闘員や研究員があたしに向けるのと同じ、自分より明らかに上の相手に対する萎縮の眼差し。


「大丈夫よ」


 ……そう。これが普通。ちょっとベルトが緩いけど、それはキツく締めすぎてあたしの機嫌を損ねないようにだろう。だから後で巻き直せば良いかといつものように軽くあしらい、


「こんなに隙間があって大丈夫な訳あるか! ほらっ! もっとしっかり巻け。お前もだ! いくらガキだからって気を遣うトコを間違えんな!」


 オジサンに普通に見咎められて、キツイかキツくないかギリギリの所まで巻き直された。あと確認した職員に怒ってた。


「イッタ~イ! オジサ~ン。そ~んなキッツキツにしちゃって、あたし泣いちゃうよ? や~い! 女の子を泣かすなんてサイテ~!」

「おうおう泣くなら泣けクソガキ。良いか? こういうのは何かあってからじゃ遅いんだ。大人ってのはな、のが仕事なんだ。本当ならガキにさせないのが一番だが、やるって決まった以上失敗なんか許さねえからな!」


 それを聞いて、隣で反対側の腕に機材を巻き付けていた職員の動きが少し変わった。それまでこちらの顔色を窺っていたのが、どこかハッとした表情でしっかりと腕に機材を巻き付けていた。


 何よ。オジサンのくせに。雑用係のくせに。あたしに説教するなんて全く気に入らない。だけど、あたしの実力を分からせた後でもうこの説教が聞けなくなるかと思うと……少し寂しいかな。





『準備は良いですか?』

「いつでも良いよ~!」


 部屋に備え付けられたスピーカーからさっきの主任の声が聞こえる。


 あたしは人形から少し離れた場所の椅子に腰掛け、部屋の壁際には万が一の為に鎮圧用の電磁ネットランチャーを携えた職員達。ミツバは人形の最終点検を見ながら何かメモしている。だけど、


「ねえオジサン。何でモップなんか持ってるの?」


 オジサンはここに来る時に持ってきていた掃除用具の一つ、モップを肩に担いでいた。いつもの青い作業服だし他の人に比べてなんか浮いている。


「仕方ないだろう。ネットランチャーは全部他の奴が使ってるし、下手に銃なんか持ってうっかりお前さんに当てたら大事だ。あとは警棒くらいだが……それなら使い慣れたこっちの方がまだ良い」

「おっかしいの! だけど安心してよオジサン! それを使うのは全部終わって、オジサンがへへ~って平伏する時にその床を綺麗にしておくぐらいだから!」


 あたしはそう言ってリラックスしながら目を閉じる。さあ。いよいよだ。


『では、実験開始』

「……すぅ~」


 合図と共に、ゆっくり息を吸いながら全身の邪因子を活性化させていく。身体が内側から少しずつ熱を帯び、それが中心から末端まで行き渡る感覚。


 そう。いつもと同じ。本部の研究室でやる実験に比べれば、痛くも気持ち悪くもないから楽なくらい。そして、



「……繋がった」



 何となく感覚で分かる。今あたしの付けた機材と人形の間に見えない管みたいな物が繋がった。その管を伝って、あたしの邪因子が人形に伝わっていく。


「邪因子活性化を確認! ……凄い! 活性率が数秒で一般戦闘員の平均値を超え、なおも上昇中!」

「まだです。タイムはともかくここまでは先ほどの方も出来ました。もっと出力を上げないと起動すら届きません」


 職員の一人が驚きの声を上げる中、ミツバは冷静にそんな事を言っている。多分さっきのイカ怪人も繋がるまでは行ったのだろう。だけど力が足りないと邪因子が管を通り切らずにそのまま逆流してくる。


 ミツバもそれを気に掛けているのだろうけど……見てなさい。こんなの序の口なんだから!


 あたしはより深く、より強く身体に邪因子を漲らせていく。それこそ訓練でも必要が無いから滅多に見せないぐらいに。


「……ちょっ!? 噓でしょっ!? この数値っ!? 準幹部級……いえっ! ですっ! 幹部級の最低ラインに到達しました!」

「でしょうね。


 いつの間にか、あたしの身体から薄い黒と紫の混じったような靄が出始めていた。これは身体の邪因子の活性率が一定ラインを超えると起きる現象だと以前お父様は言っていたっけ。


 周囲の職員のざわめきが大きくなる中……やった! オジサンも驚いた顔をしている。


 今の気分は絶好調! なんなら新記録だって叩き出せそう! 。あたしは管を通して一気に邪因子を送り込む。


「起きなさい」


 目を開けたあたしの言葉と共に、人形の腕がピクリと動いた。そのままゆっくりと椅子に手をかけ、あたしの想像した通りに立ち上がる。


「おおっ! 動いたぞ!」

「出力安定! 動力部及び各パーツ正常に稼働しています!」


 周りの職員達は僅かに興奮したような声を上げる。まだまだ。驚くのはこれからだよ!


「バク転っ! 駆け足っ! か~ら~の、三角跳びで前方三回転捻り!」


 人形は滑らかな動きでバク転し、そのまま壁に向かって駆けだして三角跳びを決め、空中で姿勢を整えつつくるくると回転して着地してみせた。


 その動きに職員達は大喜び。口々に凄い凄いとあたしとこの人形を褒め称える。


「ふふ~ん! どうオジサン! これでもまだあたしが幹部候補生じゃないって?」

「ああ。邪因子だけなら大したクソガキだよ! まあ少し前から分かってたけどな」

「うっそだ~。……


 さっきの職員が普通なんだ。これまでオジサンがあんな態度を取っていられたのは、あたしが幹部候補生だと信じていなかったから。知ったらもうあんな態度でいられる筈がない。


 だから、これは嘘なんだ。オジサンの苦し紛れの嘘。どうせすぐに他の奴みたいになるに決まってる。


「……おや? 今一瞬邪因子の流れに変なが?」


 ミツバが何か言ってる。まあどうせもうすぐあたしに追い抜かれる事への焦りとかそんなんでしょ。


「お~い! 起動時の出力はともかく、人形が純粋に邪因子のみを動力として行動できると証明された訳だ! もう実験はこれくらいで良いだろう? さっさと終わりにしよう。クソガキもそれで良いよな?」


 そんな事を考えていると、オジサンがモニター越しで見ている主任とあたしに声をかけた。確かにオジサンからすれば早く仕事に戻りたいんだろう。だけど、


『そうですね。他にも試したい事はありますが、今日はひとまずこの辺で』

「まだまだ行くよ!」

「おいクソガキ!?」


 オジサンが止めてくるが、今のあたしは絶好調だ。もう少し良い所を見せてミツバを悔しがらせてやりたい。そうしてもう一度人形に命令をしようとした時、


「ちょ、ちょっと待ってくださいネルさん。さっきから邪因子に変な淀みがあってですね。やるにしても一度休憩を挟んでから……きゃっ!?」


 


 慌てた様子でこちらに駆けてきたミツバがうっかり足元の機材に足を引っかけ、そのままバランスを崩してオジサンに向かって倒れ込んだ。


 オジサンもまた普段ならともかく、丁度モニター越しに主任と話していて気付くのが遅れた。つまり、二人はそのまま倒れ込んでゴロゴロと転がり、止まったんだ。



 



 また、胸がチクッとした。


 止めてよ。オジサンはあたしが分からせるんだ。あたしオジサンなんだっ! あたしから取らないでよっ!


 そして、何か一気に身体から抜け出る感覚があったかと思うと、あたしはそこで意識を失った。





 次に目を覚ました時、目の前にあったのは、





「ぐうぅっ!?」

「……オジ……サン!?」


 人形の手刀でモップが断ち切られる中、あたしを庇って肩を切り裂かれるオジサンの姿だった。


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