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雑用係 買い物帰りに変態に襲撃される

 さて。よく物語で見る悪の組織が世界征服なりなんなりを行うのは王道だが、その後の事を描写している物はあまり多くない。


 つまりはである。


「待たせたな」


 第9支部の近くの村にて、俺は目の前に立つ奴らに静かに声をかける。


 どいつもこいつもこの地に産まれ、大地と共に生きてきた老若男女達だ。こいつらは自分達の手塩にかけて育てた農作物を、これから悪の組織に持っていかれるという訳だ。


 だが、これも征服された方の弱さ故と考え諦めてもらおう。……ではそういう訳で、いつものように頂いていくぜっ!


「すいません。このジャガイモ一袋……いや二袋ください」

「まいどありっ!」


 俺は農作物を悪の組織として頂いて買い上げていった。





 いくら悪の組織が国を、世界を、星を征服しようが、征服してそれで終わりという訳ではない。当然そこに住む者達にも生活があり、住民とどう向き合っていくかが重要になる。


 征服した場所への対応は支部によって様々だ。ある支部は武力による直接的支配。またある支部はこちらの手の者を国の要職に就けた搦め手による管理。まあ明らかな暴政でなければ本部としても細かくは口を出さないだろうし、悪の組織としてはそれが普通の対応だ。


 そしてうちの支部のやり方は、


「いつもすみませんね。相場より大分安く売ってもらって」

「いえいえ。こちらとしてもリーチャーの皆さんには定期的に大量に買い上げてもらっているので大助かりですよ! またお願いします」


 。地元密着型である。


 なにぶんこの第9支部がある場所はかなりの辺境。首都などの要地から遠く離れ、良く言えば自然豊か、悪く言えばやや文明度の低い地域だ。ぶっちゃけた話支配しても旨味が無い。


 だが当時としては、保険としてこの辺りに拠点が必要という意味でこの支部は建てられた。結果こうして定期的に支部全体の食料調達の為に交流している。


 食料の略奪? 短期的な関係ならともかく、長期的となると関係悪化は避けたい。なら普通に買った方が早い。幸いこの地域は物価が安いしな。


「ふ~む。今年の野菜は豊作だねぇ。一つ一つの大きさが去年よりやや大きい」


 今回は大口の食料調達に便乗して俺も個人的に買い物だ。俺が早々に個人的な分を買い終わる中、一緒に来ていたオバチャンを始めとする食料調達班が食材の目利きをしている。日々の食事に関わる物なのでその目はとても真剣だ。


 そうしてしばし悩み、紙に食材の種類と量と大まかな代金の合計を書いて商人に渡す。次回買い上げる品のリストだ。支部のメンバーを食わせていく分なので量もかなり多い。


「毎度ありがとうございます。これも定期的に皆様が畑を荒らす獣を狩ってくださるおかげです」

「それはあくまで村の皆がやっている事だからねぇ。こっちはその手伝いをしているに過ぎないさ」


 商人の言葉にオバチャンがカラカラと笑って答える。辺境だからこそここらには野生動物なんかも多い。そいつらがあまり増えすぎると問題になるので、戦闘訓練のついでに時折村人と合同で猟師の真似事をしたりもする。まあ頻度は多くないが。


 こうして商談はいつものように進んでいくのだが、


「あっ!? ケンさんだ!」

「ケンおじちゃ~ん! 遊んで~!」


 俺が買い物を終えたのを目ざとく見つけたのか、村のガキ共が次々とやってくる。こいつら毎回俺が買い出しに来る度に何故か寄ってきやがる。俺は保父さんじゃねえんだぞ!


「またかよお前ら。俺はさっさと帰って次の仕事があるんだ。……ちょっとだけだぞ」

「「わ~い!」」

「こら貴方達っ! すいませんケンさん。いつもいつもこの子達ときたら」

「いえ。ま、まあ子供のやる事ですし……よ~しガキ共。遊ぶ奴は一列に並べ。こうなりゃさっさと終わらせてやるっ!」


 ガキ共の親が申し訳なさそうに頭を下げるが、これも周辺の村との関係維持の為。俺は大人として仕方なくガキ共に付き合ってやるとする。……ふっ! あのクソガキの相手に比べれば、この程度造作もない事だ。





「あいててて」

「大丈夫かいケン?」

「何とかな。何であのガキ共邪因子もないのにあんな元気なんだよ」


 支部への帰り道。大量に食材を積んだ車の中で、腰を擦っているとオバチャンに心配された。


 毎度ながらあの年頃のガキ共の体力は無尽蔵だ。いやホントどこにそんなスタミナがあるのっていうくらい動き回る。


 おまけにガキ同士で連携が取れているから缶蹴りなんかやった日には俺ず~っと鬼である。……チクショウ。こんなことなら以前缶蹴りを教えるんじゃなかった。


 あとドサクサでタックルを喰らって腰が痛いし、木に登っていた所うっかり足を滑らせたガキをキャッチしたから腕も怠い。こんな状態でも仕事しなきゃならんのが大人の辛い所だ。あとで医務室行って湿布貰ってこないとな。


「しかし、あれだけ豊作となるとその内また売り出しに行くんだろうね」

「ああ。その時はおそらくこっちに声がかかると思う。準備はしておいた方が良いかもな」


 あの村も当然俺達とだけ交易をしている訳ではない。ときたま農作物なんかを近隣の村、または遠出して町等に売りに出す。


 だが遠出となると道中の護衛や商品の運び役が要る。かと言って村人があんまり多く村を離れるとそれはそれでマズイ。なのでよくリーチャーに護衛の声がかかるのだ。悪の組織に護衛を頼むというのもどうかと思うが。


 そんな事を話しながら無事俺達は支部へと帰還し、物資を納品して任務完了だ。オバチャンと別れ、医務室に行ってマーサに湿布を貼ってもらう。


「はい。背中見せて」

「マーサ。何かあったか?」


 声に僅かな違和感を感じたので背中越しにそう尋ねると、マーサは一瞬動きを止めたあとすぐにいつもの調子に戻る。


「何かって……何が?」

「いや。何となくそう思っただけだ」


 それなりに長い付き合いだから……とは敢えて口に出さなかった。向こうもそれくらい分かっているだろうしな。


「……ちょっと調べ物してたら見たくないもの見ちゃってねぇ。あと場合によっては……ふぅ~。ちょっと面倒な事になるかもって話。今はこれ以上首を突っ込むかどうか考え中」


 マーサは話しながら煙草に火を着ける。いや湿布張りながらやるなよっ!? それと、


「手伝いは?」

「今は良い。それに下手にちょっかい出すと却って悪化するかもしれない。まあ話さなきゃマズいと判断したら話すわ……これでお終いっと」

「痛っ!?」


 もうちょっと優しく張ってくれよ湿布。ただマーサが言うべきじゃないと判断したんなら、俺からはそれ以上聞く事もない。


 湿布ありがとよと声をかけ、俺は医務室を後にした。





「……はぁ」


 最近ため息が多くなった気がする。だけど俺の気持ちも分かってほしい。何故なら、であのクソガキが待ち構えてやがるからだよっ!?


 俺は通路の角からそっと様子を窺う。あいつさっきからキャンディーを咥えたまま動こうとしない。そして時折横にドンっと置かれたデカいカバンから本らしき物を取り出して、ペラペラと捲ってはまた仕舞っている。


 何アレ? まさかまた泊まっていく気じゃねえだろうな? この前のヤツで味を占めたか。しかし困った。このまま行ったらどう考えてもあのクソガキに見つかってしまう。


「…………~ん」


 こうなったら一旦他の所で時間を潰すか。支部長の所は下手すると手が回ってるかもしれんから却下だな。食堂は……さっき帰ったばかりだから忙しいか。


「…………さ~ん!」


 トムの奴に本返しに行こうにも本は部屋の中だし……兵器課は今日また新作のテストをするって言ってたから近づきたくねぇしな。


「…………ンさ~ん!!」


 よし! ひとまずここから離れよう。後の事は移動しながら考えればいい。俺はそうして通路を回れ右し、


「ケンさ~んっ!!!」

「グエッ!?」


 そのまま真正面から飛びついてきた何かに腹に体当たりを決められ、ゴロゴロと通路を転がる。ぬお~考え事をしてたら油断した……はっ!? これはまさかっ!?


 クンカクンカクンカ。


「……フヒっ! フヒヒっ! フオオっ! 8日と3時間と52分ぶりのケンさんの香りっ! ああ堪りません甘美です至福です興奮ですクンクンクン」


 


 ぎょえ~ミツバっ!? 何でこんな所にっ!? こいつ本部勤務の筈じゃっ!? 


「止めんか変態っ!?」

「あうっ!? もう少し! もう少しだけケンさん成分を堪能させてくださいよ!」


 とりあえずイッちゃった顔で覆い被さってくる変態の頭に拳骨を入れるのだが、変態は頭を押さえて涙目になりながらも必死にこっちに抱きついてそんな事を言ってる。反省の色まるで無しだ。……って、何か忘れてるような。





「……オジサン。何してるの?」


 いかん。ネルの事すっかり忘れてたぁっ!?


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