俺の所属する悪の組織……通称リーチャーは、首領をトップとした縦割り社会だ。
目的は世界征服……いや、幾つかの星や並行世界までちょっかいを出しているからこの場合何と言うんだろうか? 宇宙征服? 多元世界征服?
しかし全ての部署がドンパチやってる訳でもなく、最前線や首領の居る本部とは違い俺の居るこの第9支部は辺境の地。割とのんびりしたものだ。なのだが、
「醤油ラーメン一つっ! メンママシマシでっ!」
「こっちはチャーハン二つ! あっ! 片方は大盛ね!」
「お~い! 日替わり定食まだ?」
何せ人間生きてりゃ腹が減る。おまけに戦闘員となれば実戦だろうが訓練だろうが肉体労働。身体が栄養を求めて腹を鳴らして抗議をし、それをよしよしと上手く宥めるには食事が要る。
さらに言えば邪因子の量や活性化率を上げる……つまりは怪人化でもしようものなら、より大量のカロリーを消費する。つまりは邪因子持ちは皆平均より健啖家な訳だ。
という訳で、
「はいよっ! 日替わり定食上がったよ! こっちはラーメンに取り掛かる。ケンはご飯を炒めとくれ!」
「任せとけオバチャン!」
俺は雑用係として絶賛鍋振り作業中である。
時刻は丁度昼時。
食堂には腹を減らした
「しっかしすまないねケン。急に手伝いを頼んじまって」
「な~にオバチャン。飯が食えないなんて一大事こそ、雑用係の出番って事さ! 本職には劣るがな」
俺達はそんな事を言い合いながらも互いに身体は料理を作り続けている。お喋りで腕が疎かになっちゃあマズいだろ?
今回の仕事は怪我をした料理人の代理。彼はタコ型怪人態の強みを生かし、八本の腕を器用に使って一度に数人分の仕事ができる腕利きだったが、厄介な事に
何があったか詳しく説明するのは省くが、ヒントを挙げるなら兵器課、新作、暴走、強制鎮圧といった所だろうか。
まあ何はともあれ料理人が一人減っては他の奴の負担が溜まる。という訳で俺に白羽の矢が立ったという話だ。
「あいよっ! チャーハン上がり! 持ってってくれ!」
また一人客が出来た品を持って席に向かう。よ~し次は、
「ようやく見つけたよオジサン!」
「んっ!?」
なんか聞き覚えのある声だと、鍋を振りながら振り向くと、
「……なんだこの前のクソガキか」
「覚えていたんだね。そう。オジサンに部屋に連れ込まれて散々
受付に居たのは、この前掃除中にいたずらをしやがったクソガキことネルだ。相変わらず小憎たらしい態度で棒付きキャンディーを咥えながらニヤニヤしている。
「まだ幹部候補生なんてこと言ってんのか。人騒がせな奴だ。あと人聞きが悪いな。あれは部屋に連れ込んで説教しただけだ」
「そう。大人として説教してやる~って部屋に連れ込まれて、こんな小さな子を分からせようとあ~んな事やこ~んな事を」
「だから誤解を招くような言い方を止めろってのっ!」
おのれこのクソガキめ。この前説教したのを根に持ってやがるな。
ざわざわ。ざわざわ。
「ケンさん。まさか少女にそんな事を」
「リアル分からせ……だと!?」
「……へぇ~。やるじゃん」
げっ!? なんか周囲の俺を見る目が微妙に変わったような……ってオバチャン!? さりげなく調理しながら予備のおたまを手元に持ってきて何する気だ? ぶっ叩く気か?
「え~いもぅ! とにかく早く注文を言え! そして番号札を持ってさっさと席に着けっ! 後ろの列が混んでんだろうがっ!?」
「ん~といっても、注文特にないんだけど」
なら何しに来たんだこのクソガキは? こちとら客を捌くので大忙しだってのに。
「じゃあさっさと列をズレな。次の奴が待ってんだから」
「良いよ。まだゲートの開く時間までは大分あるし、しばらく待っててあげる」
そう言うとネルは素直に一歩横にズレ、次の並んでいる客が前に出て注文していく。よ~し。それで良いんだ。
そのまま少しずつ客を捌いていく中、ネルは何をするでもなくじっと客達を……正確に言うと、客が持っていく料理を眺めていた。そして、
ぷっ!
「……!? こら! そこのクソガキ! 床にごみを捨てんじゃないっ!」
あまりに自然に咥えていたキャンディーの棒を吐き出して床にポイ捨てしやがったので、一瞬間が空いた後俺は僅かに手を止めて叱りつけた。ちゃんと隅にごみ箱があるだろうがまったく。
この調子で待ってる間退屈だからって散らかされたら掃除が面倒だ。仕方ない。
「ああもうっ! ちょっと待ってろ…………ほらっ!」
「何これ?」
俺がネルに手渡したのは、小さな皿に乗ったホカホカの湯気を立てる卵焼き。お子様用に砂糖もたっぷりでおやつにもなる特製の品だ!
「さっき客に出した分の余りで作った奴だ。そんなキャンディーばっかじゃ腹が減るぞ。俺に用があるならそんなとこに居るんじゃなくて、席でそれでも食って待ってろ」
「あたしは別に……あっ!? ……やっぱり貰うわ! ありがとうオジサ~ン!」
ネルは一瞬迷うと、何か思案した後ニヤッと笑って卵焼きを受け取り、そのまま席に歩いていった。
怪しい。どう考えても裏があるっぽいな。だがまあ食っている間くらいはおとなしくしてるだろう。その間に早いとここの飢えた腹の虫軍団を宥めすかしてやらないとな。
「……ふぅ。やっと大体終わったか」
何度フライパンや鍋、包丁やおたまを振るったか分からなくなる頃、ようやく受付に並んでいた列が途切れて手を休める余裕が出来た。
「お疲れさんケン! 今日は本当に助かったよ! この際雑用係でじゃなくて専属の料理人として来てくれないかい? アンタの料理はちゃんとメニューとして出せるからね」
「ハハッ! お世辞だろうが嬉しいね。だがまあやっぱりやめとくよ。俺の料理はどちらかと言えば趣味の範疇だしな」
オバチャンはこう誘ってくれるが、俺が自信を持って人前に出せるのは精々片手の指で数えられる程度。さっきの卵焼きもそのレパートリーの一つだと言えばどれだけしょぼいか分かるだろう。あとマシなのはチャーハンくらいだ。
それに俺が汗だくで疲れ切っているのに対し、オバチャンは軽く汗をかいたくらいでほとんど疲れていない。やはり俺には趣味で細々作るくらいが丁度良いのだろう。
そこでふとさっきのネルの事を思い出す。俺に何か用があったみたいだし、話くらいは聞いてやるとするか。
「お~い。クソガキ。待たせたな……って、何だ居ないのか。食ったらちゃんと片付けろよな」
さっきまでネルが座っていた席にはもう誰も居なかった。そこに置かれていたのは綺麗に卵焼きのなくなった皿。そして、
『また食べに来るね』
と書かれた備え付けのナフキンの上に、包み紙が巻かれた新品のキャンディーが残されていた。お礼のつもりかね?
「……ったく。俺が今回仕事したのは偶々だってのにな」
だが、またネルがやって来て、その時丁度厨房の手伝いでもしていたら……まあ自分の賄いのついでに卵焼きくらい作ってやっても良いかもな。
おやっ!? ナフキンの
『勿論これからも代金はオジサン持ちね! 寧ろ美少女のキャンディーと交換なんだもん。一生タダでも安いくらいだよね!』
前言撤回。もう作ってやんねえからなあのクソガキっ!