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「ぐああああっ!?」
「そこまでっ! 勝者。ネル・プロティ」
「……はぁ。ヨッワ。自分の半分も生きてない子供にあっさりやられちゃって恥ずかしくないの?」
審判の終了の合図と共に、あたしは無様に吹き飛ばされて地を這う対戦相手に棒付きのキャンディーを手で弄びながらそう嗤いかける。
「この……クソガキ……がはっ!?」
「クソガキねぇ。まあ良いけど。だけどオジサン。そのクソガキに負けたのが自分だって分かってる? こんな弱くて幹部候補生なんてよく名乗ってられるよね?」
相手の……名前なんだっけ? 忘れちゃったけど別にいいや。ひげもじゃのオジサンはこちらを恨めしそうに見て、そのまま白目を剥いて気絶した。
「おい。見ろよ。またネルだぜ」
「ああ。アイツか。毎回訓練相手を半殺しにしてるっていうあの」
「なんであんなガキが幹部候補生なんだよ……急に現れた素性も碌に分からないガキだってのに」
「しょうがねえだろ。邪因子の適性は間違いなくスゲエし、うちは完全な実力主義だ。……でも、やっぱりあんなのに上に居られちゃ納得いかねえよな」
またか。周囲からぼそぼそと陰口が聞こえてくる。あたしがその方をチラリと見ると、それだけで陰口が止みこちらを窺うように見てくる奴らだ。それと、
「いやあ流石流石! ネル様にかかればこのくらいチョチョイのチョイですよね! まったく羨ましい」
「こちらタオルですネル様。どうぞ! いやホントにお強い。これなら幹部もすぐですよすぐ!」
「うん。ありがと」
媚びへつらう様にあたしにタオルを渡してくる奴ら。勝手にあたしの部下を名乗り、あちこちで格下相手に威張り散らしているらしい。……どうでも良いけど。形だけは礼を言っておく。
あたしの周りはこんな奴ばかり。上は越えるべき壁だし、同格は虎視眈々と相手が不利になる粗を探している。下も媚び諂って良い思いをしようとする奴か、他の奴についてこちらを邪魔してくる奴らだ。
「……つまんないな」
「はい? 何か言いましたか?」
「なんでもな~い」
私はキャンディーを咥えなおし、なんとなくそう呟いた。
「ネル様。本日もご足労頂き感謝いたします」
「……別に。ほらっ! さっさとしよ」
あたしは慣れた手つきで服を脱ぎ……そのまま簡素な患者着に着替える。ここは本部の研究施設の一つ。目の前に居る白衣の男はお父様の部下の一人だ。
数日に一度、あたしはここで身体の調子を計測される。身長・体重といった事から、邪因子の量や活性化率、身体能力の強化具合なんかもだ。
身体中に電極を取り付け、些細な変化も見逃さないように白衣の男も真剣だ。
「では一度、身体の邪因子を全力で活性化させてみてください」
「全力ね……分かったわ」
身体の中にある細胞。そこに意識を集中する感覚。そして一度意識した細胞が全身に拡がっていき、僅かに鼓動が速く、身体が熱くなっていき……。
「はいそこまで。素晴らしい数値ですよネル様! 前より格段に上がり、他の幹部候補生とは一線を画しています」
「……あっそ」
白衣の男は喜んでいるけれど、他の幹部候補生より上なんて当然の事を言われてもあまり嬉しくない。あたしの目指しているのは
その後もいつもの検査が続いた。身体検査、血液検査、
「良い調子です! これならあの方もきっとお喜びになりますよ!」
身体に邪因子を追加投入する時はとても痛いけど、もっと強くなって幹部になれるのなら、そして……お父様の手伝いが出来るのなら我慢する。
大丈夫。
「聞いてくださいお父様! 今日もあたしは対戦相手から一撃も貰わずに倒したんですよ!」
『……そうか』
今日は七日に一度の定期報告の日。あたしは自室でお父様と通信機越しに話をしていた。
お父様は凄い人だ。この組織……リーチャーに六人しか居ない上級幹部の一人で、組織内にも多くの部下を抱えている。
そして幾つもの国を侵略してきた実績もあり、首領様からもとても頼りにされている人だ。
だけどお父様とあたしの関係は秘密にされている。これはあたしが親の七光りではなく、実力で昇進する為に必要な処置なのだという。やはりお父様の考えはとても深い。
「少し前の邪因子適性検査でも、前に比べてさらに増加しているって言われたんですよ!他の幹部候補生とは一線を画していると」
『らしいな。聞いている』
そしてとても優しい。小さい頃から一緒に居てくれる、あたしの尊敬するお父様。いつも優しい笑顔を向けてくれて、あたしを撫でながら褒めてくれるお父様。なのに、
「それで……お父様。次の定期報告なのですが、次は直接あたしがお父様の屋敷に」
『いや。それには及ばぬ。連絡だけなら今まで通り通信機越しで良かろう』
最近は直接会う事も少なくなった。笑顔を最後に見たのも、その手に触れたのも……いつだったろうか? 思い出せない。
「お父様。あたし……あたしっ! お父様のお役に立ちたいんですっ! もっと邪因子を高めて、幹部になって、お父様のお手伝いがしたいんですっ! だからっ!」
『……次もまた七日後だ。ではな』
その言葉を最後に通信は切れる。あたしは真っ暗になった通信機の画面をしばらく眺め、
バキッ!
いつの間にか、通信機を握り潰していた。またやっちゃった。次の物を用意してもらわなくちゃ。
「ほらほらっ! こっちこっち!」
「このっ! このぉっ! ちくしょうっ! 何で当たらねえっ!」
わざと訓練の時相手を怒らせて、禁止されている邪因子による怪人化をさせてその攻撃を躱す遊びをしてみたけれど、慣れてしまえばどれも紙一重で躱せるようになった。
あとで相手の人がこってり絞られていたけど……どうでも良いか。
ああ。つまらない。
「クビっ!? な、なんで」
「何でも何も、う~ん……気分で?」
あたしの名を使って色々やってた取り巻きに「明日から着いてこなくて良いからね」と言ったら、なんかブツブツ言って顔が青ざめてた。これまで威張ってたどこかの誰かに仕返しされるのが急に怖くなったのかもしれない。
実際その二人はしばらく肩身の狭い思いをしたとかなんとか。仕返しされないように自分が強くなればよかったのに。これは……何となく気分でやってはみたけどあんまり楽しくなかった。
つまらない。つまらない。
お父様は今日もまた通信機越しの定期報告。お父様は首領様にも頼りにされているから、きっとそれでお忙しいのだろう。
だけど……それでも久しぶりに笑いかけてほしい。その手で撫でてほしい。よくやったってあたしを抱きしめてほしい。
でも、いつものように通信機は無常にその画面を閉じる。
つまらない。つまらない。つまらないっ!
あたしが雑用係のオジサンに初めて会ったのはそんな時の事だった。