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漏らした秘密と優越感


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「ほう! この薄くそこそこ頑丈な袋。ビニール袋でしたか? 実に興味深い。これは一度にどの程度出せるのですか?」

「これととなると一日一束までっすね。だけどならもっと出せるっすよ!」

「良いですね! もっと詳しくお願いします」


 中庭では、さっきの険悪ムードとうって変わって大葉とジューネが和やかに談笑していた。


「どうやら上手く話がまとまったみたいだな」

「……そのようね」

「あっ! センパ~イ! コッチっすコッチ。話してみると割とジューネちゃん良い子だったっすよ!」


 近づいていくと、大葉がこちらに気づいて笑いながら手を振ってくる。


「割とというのが引っ掛かりますが、まあオオバさんもこれからしばらく良き取引相手になるとは思いますよ。……ある意味トキヒサさん以上に儲け話の気配がしますからねぇ」

「流石に鋭いな。まあその辺の話は夕食の後でってことでどうだ?」

「良いっすねぇ! こういう所の食事って初めてだから楽しみっす! やっぱ豪華なんすかね? ワクワクっす」


 夕食の言葉に大葉が素早く反応する。ジューネはまだ話を聞き足りなかったようだが、これからも話す機会があると思い直したのかすぐに頷いた。


 さ~て。それじゃあ夕食をご馳走になりに行きますかね。





「美味しいっす! デリシャスっす! ワンダフルっす! こんなの初めて食べたっすよ!」

「ありがとうございます。ジューネ様のお言葉は私から料理長にお伝えいたします」


 大葉は目を輝かせながら用意された夕食に舌鼓を打ち、ドロイさんは微笑を浮かべながらビシッとした姿勢で答える。


 あれだけ美味そうに食っているのを見ると、こちらも腹が減ってくるものだ。こちらも負けじと口を動かす。気のせいかセプトもいつもより良く食べている気がするな。……エプリ? もちろんいつもと変わらず食べまくってますが何か?


「それにしても……今日は人が少ないな」


 ここに居るのは俺にエプリ、セプト、ジューネ、大葉、それとドロイさんを始めとする屋敷の使用人さん達だ。主であるドレファス都市長やアシュさん、ヒースの姿がない。


「旦那様は所用がございまして、本日は戻れぬと。皆様と夕食をご一緒出来ないことを残念がっておられました」

「そうなんですか。ジューネはアシュさんの事は何か知ってるか?」

「アシュはたっての頼みということで都市長様と一緒に。……私の用心棒だというのにまったくもう」


 ジューネはそうブツクサ言いながら、その苛立ちを発散する様にフォークを口に運んでいた。やはり昔の雇い主だし、アシュさんと都市長さんでの繋がりがあるんだろうな。


「そしてヒースはまだ帰ってないと……すみません。こんな事ならヒースらしき人をエプリが見かけた時連れ戻してもらえば」

「いえ。トキヒサ様に非はございません。こんな日まで外をぶらついているヒース坊ちゃまに非がございます。お戻りになりましたら私からきつく申しあげておきますので、皆様はお気になさらずお食事をお楽しみくださいませ」

「そう……ですか?」


 どこかドロイさんの言い方が気になったが、違和感を押し込めながら再び食事に没頭するのだった。





 たらふく夕食を食べ、デザートに食べやすくカットされた薄緑色の果物を摘まむ。実に健康的だな。


「これも美味いっすね! なんて果物っすか?」

「これはファマの実ですね。本来ならデムニス国でしか採れない果実ですが、ノービスではデムニス国とも交易を行っているのでそれなりに手に入ります」

「へぇ~! デムニス国って確か魔族の国っすよね。なんかイメージ的にヒト種と仲が良くない感じっすけど、交易するくらいだから仲良いんすね」


 すっかり打ち解けた大葉とジューネはこんな感じで食事中も話をしていた。ジューネからは特に商談なんかの話は振っていない。その点は後でじっくりということかもな。


「基本は仲が悪いらしいぞ。この町は交易第一だからOKなんだって」

「なるほど。場所によって差があるんすね」


 俺が補足すると、大葉は機嫌よく答えながらまたファマの実を口に放り込む。皮ごと食べられるのは食べやすくて良いな。……後で忙しくなりそうだし食事が終わる前に聞いておくか。


「そう言えばドロイさん。今日って何か特別な日だったりするんですか?」

「いえ。特に祝日ということはございませんが。何故そのようなことをお聞きに?」

「ああいや、さっき話した時『こんな日までぶらついているヒースが悪い』って言ってたじゃないですか? 普通は『こんなまで』って言い回しをするんじゃないかって思って。だから今日何かあるのかなぁって」


 そう訊ねると、ドロイさんはほんの少しだけ視線を泳がせる。何かあるのは間違いなさそうだな。


「そ、それはですね」

「トキヒサさん。食べ終わりましたから部屋に戻りましょうか」


 ドロイさんが話そうとした時、突如横からジューネが口を挟んできた。何だよいきなり。


「戻るんすか? あたし腹が苦しいからもう少しここでのんびり」

「何を言うんですか。オオバさんにはまだまだ聞きたいことがあるんですから、さっさと行きますよさっさと! トキヒサさん達も早く早く!」

「ちょ!? ちょっと待ってくださいっすよ! ジューネちゃんったら!」


 急に大葉を引っ張り、ズンズンと部屋に向かっていくジューネ。……って俺達も!? 


「すみませんドロイさん。なんか慌ただしくなっちゃって」

「いえいえ。構いませんよ。残りのファマの実はお包みして後で部屋にお持ちしましょうか?」

「ありがとうございます。夕食ご馳走様でした。……ジューネ待ってくれよ!」


 俺は一礼すると、さっさと自分の分を食べ終えていたエプリ、セプトと一緒にジューネ達の後を追う。


「……トキヒサ。分かってると思うけど」

「ああ。あからさまに割り込んできたよな」


 向かう途中、エプリが確認のように話しかけてきたので俺もそう返す。俺にも分かるくらいのやや強引なやり方だったからな。


「今日急にネッツさんに呼ばれたことと関係があると思うか?」

「……どうかしらね」

「ただジューネも何か知っているみたいだし、大葉との話が終わったら一度聞いてみるか」


 そうして二人を追ってジューネの部屋に入る俺達。だが、入るなり耳に飛び込んできたのは、



「本当ですかオオバさんっ!? 本当にから来たんですか?」

「ホントっすよ! と言ってもあたしからしたらこっちが異世界なんっすけどね」



 よりにもよって、儲け話に目のない商人に後輩が特大の情報をカミングアウトする声だった。なんちゅうことしてくれちゃったんだあの後輩はぁぁっ!?





 全員が入ったのを確認し、エプリは静かに扉を閉めこちらに合図する。


「……えっと、何をどこまで話したんだ大葉?」

「えっ!? あたしの能力とか、能力で出す品物の出どころとか……これ言っちゃダメなヤツだったっすかね?」


 慌てて詰め寄ると、大葉はこれはマズイって顔をしながら頬をポリポリと掻く。


「ダメとは言わないけど、気軽に言う事でもない気がするぞ。事前に口止めしなかったこっちも迂闊だったけどさ」


 しかしいきなり異世界とか言っても信じる人は極少数。ジューネだってそう簡単に信じたりは、


「おおっ!! 異世界の品を取引出来るとは商人冥利に尽きますね! もう特大の儲け話の匂いがプンプンと漂ってきますよ~っ!!」


 普通に信じているじゃないかこの商人っ! いやもっと疑おうよそこは!


「珍しいわね。普段のアナタだったら疑ってかかるのに。……何か確証でも得ていたのかしら?」


 エプリがそう口にすると、ジューネはほんの少しだけ落ち着いた様子で返す。


「先ほど見せてもらったのは一部だけですが、どれも初めて見る品ばかりでした。異世界の品と言われた方がしっくりくるという感じですかね。……それに最近『勇者』様が異世界から召喚されたという話もあります。だから連想出来たということもありましたし」

「……まあジューネとアシュさんにはどのみち話すことになってただろうし、それが早まったと思えば良いか」

「おやぁ? その口ぶり。トキヒサさんもオオバさんのことについて知っていたようですね。そう言えばこの前のイチエンダマのこともありますし、その点も含めて詳し~くお話を伺いたいものですねぇ」


 なんかジューネがねっとりとした口調でこちらをニヤニヤと見ている。


「分かった。話すっ! 話すからそのねっとり口調はやめてくれっ! ……セプトも良い機会だから聞いてくれるか」

「うん」


 観念して席に着くと、各自で話を聞く姿勢を……ってまともに聞く姿勢なのセプトとジューネだけじゃないか。エプリは相変わらず壁に背を預けて腕を組んでるし、大葉は床にぐで~っと広がったボジョを摘まんでご満悦だし。


「エプリはいつもの事だけど、大葉は自分の事でもあるからちゃんと聞こうな」

「……はっ!? つい手が伸びてしまったっす! ボジョちゃんのムニムニボディのせいっすよ!」

「ボジョのせいにするんじゃないっての! 自分でも説明してもらうからな」

「はいっす! お任せっすよセンパイ!」


 返事だけは良い大葉と共に、俺達は自分達が地球から来たことなどを説明した。ゲーム云々や神様なんかについては伏せたが。


 セプトは表情が分かりにくいので何とも言えないが、ジューネの方は目が金の形になったように見えたから少し不安だ。


 エプリは既に知っていたので特に普段と変わらず……いや。気のせいかほんの僅かだけ口元に笑みを浮かべているような。


 まあ何はともあれだ。話し終えてみるとどこかスッキリした感じがした。なんだかんだ自分達の抱える秘密を誰かと共有できたのは良いこと……あっ!?


 俺はそこまで考えて、さあ~っと血の気が引いたような感じがした。バカか俺は。秘密の共有なんてエプリの特大の地雷案件じゃないか。


 俺や大葉の秘密は話しても精々ほら吹き扱いされる程度。エプリのように悪意を向けられるものではない。そんな前でペラペラと秘密を話すことができる相手を見たら良い気はしないだろう。


 それを踏まえてエプリの方をもう一度見ると……なんか口元の笑みがどちらかと言うと自嘲、自虐的な笑みに見えなくもない。これはマズイ!


「エプリ。何か……そのぉ……ゴメンナサイ」

「……何が?」

「いや。色々と……ゴメン」


 手を合わせて頭を下げたのだが、一度さらに大きくニヤリと笑みを浮かべ、しばらくその笑みは絶えることはなかった。怖い。とても怖い。これなら風弾を五、六発食らった方がマシな気がするなぁ。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆  


 私の目の前で、雇い主が皆に向けて話をしている。決して弁が立つという訳ではなく、どちらかと言えば下手な部類ではあるが、それでも何とか理解してもらおうと言葉を重ねるのは好感が持てる。


 本来ならオオバの方が主となって話すべき事柄もあるけれど、どうやらオオバはトキヒサとはまた違う意味で説明には向かない。


「……そうしてあたしはセンパイと出会ったって訳っすよ! まさにブ〇ックサンダーが繋いだ縁」

「何ですかそのブ〇ックサンダーというのは?」

「ブ〇ックサンダーというのはそりゃもう美味しい菓子の一種っすね」

「その話は今は良いから! 話が進まない」


 よく話が脱線し、聞く側であるジューネに事細かに訊ねられてその都度トキヒサが窘めている。トキヒサもよく脱線するのだが、今回はオオバが先にしてしまうので止め役になりつつあるようだ。





 私は以前トキヒサから聞かされているのでそこまででもなかったが、やはり異世界から来たというのは衝撃だったらしくジューネは明らかに表情を変えていた。セプトはやや分かりづらかったが。


 ただ、どちらも驚きはあっても決して悪意や害意はなかった。それがジューネ達の善良さによるものなのか、トキヒサ達の人柄によるものかは分からないが。


「エプリ。何か……そのぉ……ゴメンナサイ」


 説明が終わると何故かトキヒサが謝ってきた。私が気を悪くしたとでも思ったのだろうか?


 確かに妬ましくはある。仮に私が自身の秘密を打ち明けたとして、悪意や害意が微塵もないというのは想像が出来ない。或いはトキヒサと同じ異世界人であるオオバならとは思うが、それでも自分から打ち明けるつもりは特にない。


 妬ましくはあるけれど、そこまで怒りを覚える訳でもない。もう何人かに知られているから開き直れるというのもあるし、仮に打ち明けることになっても何とかなるかもという微かな希望があるのも要因だ。


 だけど一番の理由を聞いたら、この雇い主は笑うだろうか? それとも呆れるだろうか? 





 ただ……ただトキヒサが、からというだけなのだから。





 この前の夜、屋敷の中庭で話した内容。トキヒサがこの世界にやってきた理由。神を名乗る者達のゲーム。トキヒサに与えられた課題。これらのことは今の話では触れられていなかった。


 ただ単に忘れていただけかもしれない。言う機会を逃したのかも。或いは言うべきではないと考えたという事もあり得る。


 しかし、同じ境遇のオオバと聞いたけれどあまり理解していなかったセプトを除いて、ということにほんの僅かの優越感を得たのが一番の要因だと知ったら、アナタはどんな顔をするだろうか?


 もちろん課題を考えれば、ジューネや他の有力者に正確に語ることは必要だろう。今そう指摘して話させるのも一つの手だ。どのみちこの程度の優越感はすぐになくなる。


 だけどもう少し、もう少しだけこのまま浸っていたいと思ってしまうのは許して欲しい。





 何故かそれからしばらくの間、トキヒサが私に対しておそるおそる接してきた。私はただ自然と笑みが零れるくらいに機嫌が良かっただけなのに。不思議なものだ。

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