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接続話 蠢く悪意とそれを追う者


 ◇◆◇◆◇◆


 それはもうすっかり日も暮れて、あちらこちらで店じまいとなる時間。そんな中でまだ営業を続ける数少ない店の一つで、


「……ヒック……金がねぇならもう出てけだと!? まともな金があったらこんな所で吞んでなんかねえよクソッタレがぁっ!」


 一人の男がそう悪態を吐きながら、自身が今まで居た店を後にする。


 男の名はダストン。元Dランク冒険者だ。


 怪我が元で冒険者を引退し、かと言って後進の指導が出来るかと言うとそれもDランクでは微妙な所。流れ流れてこのノービスにやって来てもう十日。


 なんとか日雇いの仕事で食い繋いでいるが、冒険者であった頃よりも格段に下がった生活水準に彼はすっかり嫌気が差していた。


「チクショウめ。最近ツイてねぇや。それもこれも、あの獣人風情のせいだっ! あの狐野郎がっ!」


 ダストンはここ数日、自身が不運に見舞われていると感じていた。


 ケチのつき始めは数日前、商人ギルドに行った時のちょっとした諍いである。


 本人曰く、何か割の良い仕事でもないかと景気づけに軽く酒を引っかけていったそこで生意気なガキに説教をされ、大人の力を分からせてやろうとした所に妙な狐獣人がしゃしゃり出てきた。そしてその狐獣人に卑怯な不意打ちを受けて不覚をとったという話だ。


 しかしそこからただでさえあまりよろしくなかったダストンの評判は更に地に墜ちる事となった。


 ただでさえ酔っぱらって仕事を探そうなどという商人からすればたるんだ態度の上、ダストンが酒に酔ったとはいえ色々と暴言を吐いたのはその商人ギルドの重役であるネッツ氏。


 当然ギルドとしては身内に突っかかって来たバカへの対応は厳しく、悪評は簡単に広まって彼の言う割の良い仕事など回ってくる筈もない。


 あるのは実入りの悪い仕事か体力的にキツイ仕事が大半。しかし、それでも真面目に一つずつこなしていけば評判もいずれは回復する筈だった。


 だがそこでまたダストンはやらかす。問題の発端である酒を止められなかったのだ。日々の稼ぎは必要最低限以外は全て酒代に消え、それでは金が溜まる筈も評判が上がる筈もなく。


「あぁ……くそ。どこかに簡単に金が手に入る仕事でもあればなぁ」


 残ったのは自分の行いを棚に上げ、全てを不運のせいだとただ酒に逃げる男のみ。身だしなみに気を遣う事も減った為、知らない人が見れば浮浪者と勘違いするだろう。


 そんなダストンだったが、その日正しく特大の不運に見舞われる。その始まりは、



「……ヒック。……とっ!? 道、間違えちまったか?」



 酔っていたせいでうっかり宿への道から一本ズレた事。たったそれだけの事だった。


 間違えた事に気が付いて、すぐに戻れば何も起きなかっただろう。だが酒でほろ酔い気分になっていたダストンは、そのまま行って途中で戻れば良いだろうと安直な判断を下して突き進む。


 そこで、彼は見てしまったのだ。



「がっ!? あがあああっ!?」

『ふむ。やはり適性が無い者だと定着するまで少し時間がかかるか。まあ良い。使い捨ての素体にそこまで求めるものでもないな』



 


 明らかな異常事態。如何にここがやや表通りから外れた所、ヒトが身包みはがされて打ち捨てられることもざらである場所であっても、目の前のそれは更に異常。


 逃げなくては。このままではヤバい。


 そうほろ酔い気分がすっかり醒めたダストンが思ったのは自然であり、正しい行動だったと言える。だが、それは致命的に遅すぎた。


 くるりとその場を回れ右したダストンは次の瞬間、



「お~っと。見物料がまだだぜぇオッサン。タダ見はいけねえよ。ヒャ~ハハハ」

「がふっ!?」



 突如腹に衝撃を受けてその場にうずくまった。ダストンが見たのはそこに立っていたもう一人の男。冒険者風の身なりでどこか淀んだ眼の男が、ニヤニヤと自分を嘲笑う姿。


「なあ? オイ。こいつどうする? ここでヤッちまうかぁ?」

『……少し待て』


 激痛で動けないダストンに、黒フードの男がゆっくりと近づいていく。ダストンはそのフードの下を見て息が止まりそうになる。


 そこにあったのは。フードの上仮面を着けるという念の入りように、これはいよいよ目撃した自分の命は危ういと震えだす。


「たす……けて。助けて……くれぇ」


 動けないダストンに出来る事と言えば、こうして命乞いをすることぐらい。しかしそんなものには何の価値もないとばかりに、仮面の男は作業的にダストンの身体を確認していく。


『……ふむ。肉体はまあまあ。元冒険者か兵士といった所か。多少片腕に怪我があるが許容範囲内。素体としてギリギリ及第点か。……喜ぶが良い。君を殺しはしない』


 ダストンは内心僅かに安堵した。まだ死なずに済むと。だが、



『君の命は僅かにだが価値のあるだ。私が有効に使ってあげよう』

「ヒヒっ。ツイてねぇなオッサン。素直にここで死んどいた方が良かったかもよ?」



 その言葉を最後に、胸に何かを突き立てられる感触の一瞬後、ダストンは意識を失った。




 ◇◆◇◆◇◆


 さて。こうして一人の男がまさしく不運な目に遭った訳だが、こうした不運は往々にして一人だけのものではなく、また善にも悪にも関係なくやってくる。例えば……そう。




「ちっ! また外れか」


 ある所では、都市長の息子であるヒース・ライネルが無駄足を食った事に憤慨していた。


 共も連れず、親しき者に何も言わず、粘りに粘ってある裏通りの目星をつけた場所で待つ事数時間。目当ての人物は現れず、居たのは少し後ろ暗い事をしていたチンピラ程度。


 何も言わずさっさとこの場所を去れば見逃してやると述べたヒースだったが、不運にも力量差の読めなかったチンピラは愚かにも向かってくる始末。


 邪魔だとばかりにヒースはたちまち護身用の剣(の鞘)で叩きのめし、近くを巡回していた衛兵に引き渡してさらに待てども当りは無し。


「ここも外れとなると……あとはこことここか」


 ヒースは懐からこの町の地図(手製)を取り出し、今居る場所に×印を付ける。地図には今付けたのと同じような×印が幾つかと、まだ何も書かれていない点が幾つか。


「……待っていろ。絶対に逃がさない。必ずや見つけ出して罪を償わせてやるからな」


 そうポツリと洩らすヒースの脳裏に浮かぶのは、かつて自分が調査隊副隊長を一時的に退くきっかけとなった男の姿。


 保身の為、自身の部下や奴隷達計百名近くを捨て駒にしたの男。


 グッと拳を握りしめるヒースのその声には、抑えきれない憤怒とどこか深い自虐の色があった。





 そして、物語は激動の一日を迎える。

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