「ふふふ。もう逃げられませんよ」
「洗いざらいぶちまけてもらっちゃうよっ!」
「観念して……話してください」
「……何か俺やらかしましたっけ?」
壁際に追い込まれ、お話というより尋問に近いこの雰囲気。しかも上手く三人で視界を遮っているから周りからはこちらが見えない。まさしく死地って奴だ。
「別に何かやらかしたという事はありませんよ。……寧ろやらかしてくれた方が良いというか」
なんのこっちゃ?
「もう。ここまで言ってもわっかんないかなぁ。セプトちゃんの事どう思ってんのかって聞いてんの」
「とても……気になります」
「へっ!? セプトはその、妹みたいに思ってますよ」
「「「本当に~?」」」
本当だとも。確かに以前はいきなり寝起きにしがみついてこられたり、あどけないというかだらしない格好を見せられたりで多少ドキドキはしたけどな。
考えてみれば陽菜の小さい頃もあんなだったし、慣れてしまえばどうという事も無いのだよっ!!
「セプトちゃんは本当にトキヒサさんが好きなんですよ。前の時もさっきも、お喋りの話題は大半がトキヒサさんに関することばかり。私をキュン死にさせたいのって感じなんですよ!」
「そうそう。最初は隷属の首輪を着けていたし、もしかしたら無理やり酷い事をされてるんじゃないかって思ったからちょこちょこ話をしてみたんだけど、全然そんな事なかったよ」
「はい。怪我も……なさそうでしたし。トキヒサさんを……慕っているのは嘘じゃない……と、思います」
その後も三人娘にセプトの事を次々語り聞かされた。
どうやらこの三人娘は俺がセプトをどう扱っているか知りたかったらしい。確かにまだ十一歳の子供に隷属の首輪、しかも強制的に言う事を聞かせられる強力な奴が付いているというのはただ事ではない。
だからまずは外堀であるジューネ、エプリ、セプトと段階を踏み、最後に直接聞きに来たという事らしい。セプトを心配してなら話さない理由もない。俺は三人の質問に出来る限り答えていった。
……途中恋バナは乙女の栄養剤だとか、やはり頑張っている女の子を手助けするのはサイコーだとか、妙な言葉がチラホラ聞こえたような気がするが気にしない。気にしてはいけない類の気がする。
「セプト。エリゼさんの話はどうだった?」
問診が終わってエリゼ院長に呼ばれた時、三人娘の質問から逃れられて内心ちょっとホッとしていたのは内緒だ。
「うん。色々、聞かれた。正直に話したけど、ダメだった?」
「ダメなもんか。正直に話して良いんだよ」
セプトが少しだけ不安そうにしたので、心配ないというように軽く頭を撫でる。するとすぐに不安そうな顔が治まり、寧ろ自分から頭をこすりつけるような仕草をする。
それを見て何やら三人娘がざわついているが……見なかった事にしよう。
エプリもバルガスから離れてこちらへやってくる。そう言えば結局何を話していたんだろうか? ……こっちも気になるが今はセプトの方だ。
「セプトちゃんにも話を聞いたけどやはり問題はないみたいね。このままならやはり三日くらいで魔石も外れると思うわ」
「そうですか。良かった。もう少しの辛抱だぞセプト」
「うん」
という事でセプトの診察が終わり帰る事になったのだが。
「……あっ!? そう言えば忘れてた」
以前アンリエッタにも言われていたけど、七神教についてエリゼさんから聞くんだった。この際だから少し聞いてみるとしようか。
「七神教について聞きたいですか?」
「はい。ちょっと気になって。成り立ちとか神様についてとか」
「それは良い心がけです。信仰の門はいつでも誰にでも開かれていますからね。ではまず簡単な所で、歴史上有名な聖女アルマリアの活躍と茶目っ気たっぷりの失敗談から」
「ちょっと待ってください院長。院長のお話はためになる話なんですが、一度始めると長いですからね。……トキヒサさんはあまり時間が無いのでしょう?」
エリゼ院長の言葉を遮り、アーメがそっと忠告してくれる。確かに約束もあるし聞くにしても余裕のある時の方が良いか。
「なので……シーメ! ソーメ! あれの準備を」
「ほいきた」
「了解」
アーメの呼びかけに素早く他の二人が行動を開始する。ささっと人数分の椅子を用意し、部屋の中央に何やら布を掛けられた物体を持ってくる。そこそこ大きいけど何だアレ?
「準備出来たよ姉ちゃん」
「こっちも……大丈夫だよ」
「よろしい。では皆様お座りください。バルガスさんやエリゼ院長もご一緒にどうぞ」
「俺もか? まあ暇だし良いけどな」
「そういう事ですか。では失礼しますよ」
よく分からないがそれぞれ着席を……と思ったらエプリだけ壁に背を預けて立ったままだ。ここは空気読もうよ!
「では行くとしましょうか。“五分で分かる七神教の成り立ち”はっじまっるよ~!!」
どことなく某NHK番組を思わせる口調で、アーメはバッと中央に置かれた物の布を取り払う。そこにあったのは、
「……紙芝居?」
そう。最近ではほとんど見る事のない紙芝居だった。懐かしいな。小さい頃は図書館で読み聞かせを陽菜と一緒に聴いてたもんだ。
「昔々のそのまた昔。もうどれだけ昔かもよく分からないほど昔。かつてこの世界は、一柱の神様が治めておりました」
アーメはいつの間にか紙の束を持ってそれを朗読していた。これもう完全に読み聞かせじゃね?
そしてアーメの朗読に合わせ、紙芝居の紙が引き抜かれていく。あれは多分ソーメだな。テンポよく紙芝居を進めるのは一人じゃ難しいから役割分担だ。
「その神様はとても悪い神様で、世界を自分の好き勝手にしていました。毎日空は黒い雲に覆われ陽も差さず、大地にはほとんど草木が育たず、人々は皆困り果てていました」
『ガハハハッ。世界は俺の物だぁ』
全体的に暗い感じのページに変わったかと思うと、いきなり紙芝居の下から黒っぽいいかにも悪者といった人形が現れる。……よく見たらシーメが下から棒で操作していた。声を当てているのもシーメっぽい。
「ヒト達は悪い神様に、世界を好き勝手しないようお願いしました。しかし悪い神様は聞いてくれません。逆にお願いしたヒトを酷く苛める始末」
『この世界は俺の物なのだから好きにして良いのだ。歯向かう奴はこうしてくれる』
今度は小さな人形が沢山現れて神様に群がっていく。しかし悪い神様人形が大きく身体を動かすと、小さな人形は皆吹き飛ばされてしまう。
そこでチラリと横を見ると、セプトが食い入るように紙芝居を見つめていた。エプリはフードでよく分からないが、一応しっかりと見てはいるみたいだ。
「立ち向かっても返り討ちに遭ってしまい、長い間人々は怯え苦しんでいました。しかし」
紙芝居のページがめくられ、今度は少し明るい雰囲気のページに変わる。そこには小さな七つの光の球が描かれていた。
「ある時、別の世界から七柱の神様がやってきました。別の世界の神様達は世界の荒れ様を見て心を痛め、悪い神様に悪事を止めるように言いました。しかし悪い神様は言う事を聞きません」
『ふん。止めるつもりなどさらさらない。止めたければ力尽くでやってみるんだな』
「神様達は仕方なく、悪い神様を止める為戦いを挑みました。けれど悪い神様も黙ってはいません。自分の力を分け与えた眷属を創り出して応戦します」
また紙芝居は次のページに移り、今度は悪い神様のミニチュアみたいな人形が幾つも現れる。だが先ほど吹き飛ばされた小さな人形も現れて、ミニ悪人形とぶつかりあった。
「戦いは七日七晩続きました。最初は怯えて動けなかったヒト達も神様達の戦いを見て立ち上がり、悪い神様の眷属と戦いました。そして……八日目の朝」
『ぐあああっ!! や~ら~れ~た~」
「遂に悪い神様は別の世界の神様達に倒され、世界に平和が戻りました」
悪い神様人形が迫真の演技で倒れこんで下に引っ込むと、また紙芝居の内容がガラリと変わる。空を覆っていた黒い雲が消え、荒れ果てた大地も少しだけマシになったような風景だ。
「しかしまだ問題はありました。
『ふっふっふ。俺の眷属達は俺が居なくても残って暴れるのだ。……ガクリ』
律義にまた悪い神様人形が出てきて説明したかと思うと、言い終わってすぐ下に引っ込んだ。ガクリってわざわざ口で言わなくても。
「悪い神様の眷属は自分達で何とかしなければならないけれど、神様が居なくなったのは仕方のない事だと、優しい神様達は自分達の世界に戻るのをやめこの世界でヒト達を見守る事にしました。こうして人々は新しい神様達に深く感謝し、それぞれの神様をお祀りする様になったのでした。おしまい」
アーメの朗読が終わると共におしまいと最後のページが表示され、これまでの人形がまとめて出てきてこちらに一礼する。全部まとめて動かすとは凄いなシーメ。……ってか悪い神様も一礼してるけどそこは良いのか?
何はともあれとても良かったので、ついつい立ち上がって拍手をしてしまった。見ればセプトも珍しく少し顔を紅潮させて手を叩いている。余程気に入ったらしい。
バルガスやエリゼさんも同じだ。エプリは……あっ!? 小さく手を叩いてる。
「大体ですがこんな所でしょうか。如何でしたか? 参考になりましたか?」
紙芝居を終えて、三人娘がこちらにやってくる。
「ああ。ありがとう。なんとなくだけど分かった気がするよ」
「それは良かったです」
「へへっ! 成功成功ってね!」
「上手く出来て……良かったです」
そう言ってアーメは静かに、シーメは得意そうな顔で、そしてソーメはどこかホッとした顔で、三者三様の笑顔を見せるのだった。
「そういえばどうして読み聞かせ風? まあ面白かったし良いんだけどさ」
「最近教会に来る方も減ってしまって、来てくれるヒトを増やせないかと色んなやり方を前から考えていたんです。今回は考えていた物の一つを試しにやってみたのですが……どうでしょうか?」
「とても、面白かった。またやってほしい」
俺より先にセプトがその言葉に食いついた。無表情ながらも目を輝かせていたもんな。
「今のは多分子供向けに作られた物だと思うけど、それでいてよく出来ていたし良いんじゃないかな。人形の動きとかも良かったし」
「……悪くはなかったわね」
「俺はこういう細々したのはよく分からんが、子供受けはすると思うぜ」
俺の意見の後にエプリやバルガスも続々と感想を述べる。概ね高評価って奴だ。
「ありがとうございます。……院長先生。こうして参考になる意見も頂けたことですし、これからも時々教会で行っても良いですか?」
「お願いだよ院長。折角練習したんだから。ねっ!」
「お願い……します」
「……しょうがないですね。あくまでも時々ですからね」
三人娘の懇願に、苦笑しながら許可を出すエリゼさん。なんかダシに使われたような気もするけど、七神教について少しは知れたからまあ良いか。
「トキヒサくん。今回はこの子達に付き合ってもらってもらってごめんなさいね」
「いえ。時間があればもう少し詳しく聞きたかったくらいです」
エリゼさんが何処か申し訳なさそうに言うけれど、元々こちらが時間がないのに無理して聞こうとしたからな。三人はそれに応えただけだ。それにこういう神話とかは結構好きだし。
「フフッ。そう言ってもらえると助かるわ。セプトちゃんの件以外でもまたいつでも来てくれて良いからね」
「評判が良かったら、次は“五分で分かる七神教の成り立ち『第二幕』”も考えますからね。その時はまた来てくださいね」
「人形の動きが良いって言ってくれてありがとねっ! またその内観に来てよトキヒサさん。……なんかトキヒサさんって堅苦しいからトッキーって呼んで良い?」
「また……来てくださいね。次も……頑張りますから」
「はいっ! セプトがしっかり治ったら改めてまた来ますね」
「うん。また観に来る」
こうしてシスター達から熱いお見送りを受けながら、俺達は雲羊に乗り込んで都市長さんの屋敷に戻るのだった。