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忘れていた値打ちもの


「……あの女イザスタから貰った物の中に魔石があった?」

「ああ。俺もすっかり忘れてたんだけどな。牢獄でイザスタさんが出所する前に荷物が多くて、丁度良いから『万物換金』で換金してしまおうって事があったんだ。その中に魔石らしき物が結構あったのに気が付いた」

「イザスタって、誰?」


 エプリ達に問い詰められ、俺は仕方なくジューネとの話を白状する。そう言えばセプトはイザスタさんについて知らなかったっけ。後で話しておこう。


「以前ジューネに魔石は場合によっては持っているだけで罪になるって聞いたろ? イザスタさんから預かった物が万が一って事もあるから調べてもらってたんだ」


 以前の鼠凶魔の魔石は小指の爪くらいのサイズだった。しかしイザスタさんから預かった石はどれも一回りか二回りはデカかった。最悪規定に引っかかるかもしれない。


 という訳でジューネに訳を話し、諸々調べてもらう事になったという流れだ。流石に全部取り出すのは金がかかるので、渡したのは適当に選んだ二、三個だけだが。


「ジューネに何を頼んだかは分かった。……だけど何故私達に言わなかったの?」

「それは……もし俺が罪に問われて牢獄送りになったら、二人に迷惑がかかるかもって思ってさ。知らなかったって事ならまだ誤魔化せるかなって……あたっ!?」


 途中まで言ったら急に風弾が額に飛んできた。最近エプリさん怒るとこのやり口が多くないですか? 一応雇い主なのでもう少し優しく扱ってくれ。


 額を押さえていると、エプリがやや乱暴な勢いで俺の鼻先に指を突きつける。勢いが付きすぎて被っていたフードがめくれ上がり、露わになった顔には怒りと……ごく微かにだが悲しみが見て取れた。


「そういうのを余計なお世話って言うの。迷惑がかかるかも? ハッ! 何も知らない内に雇い主が捕まる方が迷惑という話よ。……その程度には信用してくれていると思っていたのだけど?」

「エプリ……」

「……それに、トキヒサが居なくなったら困るヒトがそこにも居るじゃない」


 その言葉と共に、セプトがタタッと俺の方に駆けてきてそのまま服の裾を掴む。だがそれは一瞬。すぐに掴んだ手は力が弱まり、そっと摘まむような感じに変わった。そのままセプトは上目遣いに俺の方をじっと見る。


「置いて、行かないで。居なく、ならないで。……お願い」


 そうだった。経緯はどうあれ、今の俺はセプトの保護者(自分からご主人様と名乗るつもりはない)なんだ。それが急に消えてはセプトも不安になるだろう。


 ジューネも言っていたじゃないか。「私が言うのもなんですが、やはりお二人には話しておいた方が良いと思いますよ。迷惑をかけたくないというトキヒサさんの気持ちも分かりますけどね」って。思えばあの時点で素直に話しても良かったんだ。


 それなのに俺は話さなかった。迷惑をかけたくないなんて言ったけど、実際の所エプリに指摘されたように信じ切れていなかったのかもしれない。


「……ゴメンな二人共。確かに何も言わずにいたのは良くなかったよな」


 俺は裾を掴んでいたセプトの手を取り、少し膝を曲げて目線を合わせる。この方が話しやすいだろう。


「約束するよ。次にまたこんな事があったら、必ず先に内容をちゃんと話す。……まああんまりこんな事がホイホイ起きてほしくはないけどな」

「置いて、行かない?」

「ああ。明らかに危ないと感じたら止めるかもだけど、先に必ず相談する。エプリもな」


 言葉の最後の方でエプリに視線を向ける。エプリはまだ怒っているようだったが、ほんの少しだけ落ち着いてきたようだった。


「護衛として雇ってるって言うのに、雇い主が情報を明かさないんじゃ護りようが無いって話だよな。エプリが怒るのも当然だよ。……だからと言ってちょいちょい風弾を食らわすのは俺がボロボロになりそうなので控えてほしいんだけどな」

「……そうね。護衛としては情報の共有は大事よ。だから……危険云々より前にまず話しなさい。知っているからこそ浮かぶ知恵もあるだろうからね」


 何か一瞬エプリが複雑そうな顔をした気がするが気のせいか? ともあれ、そこまで言ってくれるなんて嬉しい限りだ。


「ちなみに、話したけどどうにもならなかったらどうするんだ?」

「当然逃げるわよ」


 いつものタメすらなく即答かいっ!? そこはもうちょっとこう……ね? 悩む素振りとかさぁ。


「……自分でどうする事も出来ないと思ったら普通に逃げるわよ。私に出来る事なんてそう多くはないし、やるべき事があるのに全て投げだす訳にはいかないから。ただ……」


 そう言うと、エプリは最後に何かを呟いてフードを深く被り直した。そのままふいっと後ろを向いてしまうエプリだったが、「ただ……私一人で逃げるなんて、そんな事はさせないでよね」と、さっきの呟きはそんな風に聞こえたのは気のせいじゃないのだろう。


 ジューネが戻って来たのはそれから少ししてからだった。





「魔石じゃなかった?」

「正確に言うと魔石ではなかったが正しいですね」


 戻ってきた二人も俺達の部屋に集まり、早速調べてもらった内容を説明してもらう事に。しかし未加工と言うと?


「普通の魔石は在るだけで周りから魔素を吸い上げて溜め込む。それで許容量を超えると凶魔に変貌する。ここまでは知ってるよな?」

「はい。前にイザスタさんに聞きました」

「よし。それでだ。半永久的に使える魔石だが、扱いを間違えると凶魔になって暴れる。それじゃ危ないのでそうならないよう加工する。吸収量を減らしたりとかな」


 なるほど。リミッターを付ける訳か。アシュさんの言葉でちょっと加工の意味に納得する。


「それで調べた魔石ですが、どれもしっかり安全処理がされていました。これならもう数年放っておいても問題ないという結果が出ましたよ」

「まあ考えてみれば、イザスタさんが安全管理の出来ていない品をホイホイ渡したりするかって話だけどな。……いや待てよ? 以前いたずらでやらかしたな」


 アシュさんの言葉に多少不安を感じながらも、また牢獄送りにはならなそうなのでホッとする。


「じゃあ、トキヒサ、連れて行かれない?」

「ああ。大丈夫みたいだ」

「良かった」


 言葉少なにだが、セプトが喜んだような顔をする。と言っても傍目からだといつもと変わらぬ無表情なんだけどな。


 ずっと服の中に入っていたボジョも、触手を伸ばして何故か俺の頭を撫でている。ちょこちょこ俺にナデポを仕掛けてくるスライムめ。ちょっと嬉しい。


 エプリも壁に背を預けながら喜んで……いると信じたい。フードで表情が見づらい。


「はあ。まったく大変だったんですよ! いきなり大きめの魔石を見せられて、『規定違反になるか調べてくれ。出来れば今日中で頼む』なんて言われて。おかげで予定を少し変更する事になりました」

「変更って言っても交渉を少しずつ早めに切り上げたってだけだがな。だがトキヒサなら、この雇い主様の手間賃くらいはビシッと払ってくれるよな?」


 二人からの苦労したからその分払えよアピールに苦笑する。まあ仕方ないか。無理に頼んだのはこっちだもんな。


「ちなみに手間賃ですが、その加工された魔石の売買に一枚噛ませてもらえれば結構です。出かける前のトキヒサさんの話しぶりからすると、あの魔石と同じ物がまだかなりあるようですからね。私の見立てではかなりの額が動くと見ました」

「えっ!? 魔石は売らないぞ」

「そうなんですか?」


 だって無いとは思うけど、イザスタさんが返してほしいって言うかもしれないしな。


 その事を話すと、せめてただ働きにならないよう調べてきた分だけでもお願いしますとジューネの泣き落としを食らった。女の涙というのは男心に特効ダメージを与えるからたまらない。


 加えてアシュさんの「少しくらいなら良いんじゃないか? ちゃんと金を払っているならもうこれはトキヒサの物だ。数個くらいならイザスタさんだってとやかく言わないさ」という掩護射撃もあり、仕方なく出した分だけは売り出すと約束する。


 我ながら押しに弱いなまったく。アンリエッタが見てたら絶対説教案件だぞ。


 ちなみに俺が約束した瞬間、ジューネの涙はピタッと止まっていつもの営業スマイルに戻ってた。……なんかズルい。





 異世界生活二十一日目。


「……という事があったんです」

「成程ね。色々大変だったみたいね」


 こうして、俺はこれまでの事を大雑把にエリゼ院長に語り終えた。


 朝、セプトに付けられた器具が予定より早く交換の兆しを見せた為、朝食後すぐに都市長さんの雲羊を借りて教会を訪ねてきたのだ。


 ただジューネは別件で動けないので運転はどうしようかと思ったが、エプリがジューネのやり方を見ていて覚えたらしく頼むことにした。よく見ただけで覚えたな。


 そしてセプトの診察も済み、確認の為これまでの事を語る事になって今に至る。


 その間セプトはシスター三人娘に囲まれて何やら話し込んでいた。仲が良いのは結構だけど、また変な事教えられてないだろうな?


 エプリは……さっきまで三人娘と話していたようだけど、今度はもうすぐ退院するバルガスと何か話しているようだ。主にバルガスが話しかけてエプリがそれに答えると言った感じか?


 と言っても時々こちらに気を配っていて、護衛としての仕事もしっかり務めているみたいだ。


「聞いた感じでは器具に影響を与えるような出来事もなさそうだし、セプトちゃんにも問題は見られなかったわ。やはり見立てより魔力量が多かった事が原因みたいね」

「そうですか。でもあと三日位で身体に埋め込まれた魔石も外れるんですよね? 良かった」


 魔力量が多い自体は悪い事じゃないし、デメリットと言えば器具の魔石交換が頻繁になっただけ。それくらいなら特に問題はないのでホッと胸をなでおろす。


「約三日ね。それに自然に外れるまでは出来る限り触らないで。多少身体から外れ始めているとは言え、まだ無理に取ったら危ないのに変わりはないから」

「分かりました。セプトにもよく言い聞かせておきます」

「お願いね。じゃあ次はセプトちゃんに話を聞きたいのだけど、トキヒサくんは時間の方は大丈夫?」

「時間は……大丈夫です。約束までまだ結構余裕が有りますから」


 今日は昼食を食べてからジューネと一緒にイザスタさんの魔石の一部を売りに行く約束がある。それが終わったらアシュさんとヒースの鍛錬の手伝い。時間が余ったら資源回収で、夕食後には勉強会もある。


 最近やる事が多くなってきたな。まあずっと屋敷でゴロゴロしているよりは張り合いがあるし、ヒースの件にも少しずつ迫れている感じがある。


「分かったわ。じゃあセプトちゃん! 少しこちらでお話を聞かせてくれないかしら? トキヒサくんはどうする? 少し時間がかかると思うけど」

「そうですねぇ。しばらくここで待ってます」


 時間がかかると言っても二、三十分くらいだろう。そのくらいなら問題ないし、セプトも無表情に見えるが多少不安になっているかもしれない。


 そしてセプトがエリゼさんの呼びかけを聞きこちらに歩いてくる時、


「じゃあ、ちょっと付き合ってもらえますか?」

「そうそう。色々と聞きたい事もあるもんね」

「ぜひ……お願いします」


 うおっ!? 突然シスター三人娘に両腕と服を掴まれた。えっ!? 見た目に反して力強っ!?


「エリゼ院長。トキヒサさんも待っている間お暇でしょうから、ちょっとお話してもよろしいですか?」

「貴女達ったら……トキヒサくんはそれで良い? 嫌ならすぐに止めさせるけど」

「いえ。別に話くらいなら良いですよ。セプトはそれで良いか? 横に立っていた方が良いか?」

「うん。大丈夫」

「決まりね。じゃあトキヒサさん。ちょ~っとこちらに」


 セプトがこくりと頷くと、三人娘にそのまま部屋の隅まで引っ張られた。そしてこんな時に限ってエプリは知らん顔。ちょっと護衛さ~ん!?

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