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接続話 異邦人

 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 交易都市群第十四都市ノービス。


 歴史という点では交易都市の中で比較的新しい部類に入るが、治安や活気、兵の練度など総合的に見ればかなり上位に位置する都市である。


 しかしどんなに治安が良く活気があったとしても、どうしてもそれに馴染めない者は一定数存在する。身体的事情、経済的事情、あるいは精神的事情による等様々だが、そういった者は大通りから少し外れた路地裏……俗に言うスラムに集まる。


 衛兵の巡回も大通りのそれに比べて少なく、大抵の場合は自己責任。


 そんな場所の住人は今日もまた一人、自らの糧となる哀れな獲物を見繕っていた。





「いや~ホント。助かりましたっす! 何せあたしときたらこの辺りにまだあんまり詳しくなくて、案内してくれるんなら大助かりっすよ!」

「いやいや、困った時はお互い様さぁ。さあこっちだこっち」


 路地裏を歩く男女が一組。男が女の手を引いて歩いていた。


(へへっ! ちょろい奴だぜまったく)


 男は内心ほくそ笑んでいた。今日の食い扶持になりそうな獲物が見つかったと。


 男は盗みを生業とする者……つまる所盗賊であった。手口は実に単純明快。あまり世俗慣れしていなさそうな良い獲物を見定め、上手くの縄張りに引き込む。そうして身ぐるみを剥ぎ、命さえも金になりそうであれば奪うのだ。


(少し妙な格好をしてやがるが、磨けば光る中々の上玉だ。売り飛ばせばそれなりの額になる)


 赤毛混じりの茶髪に、やや幼さが残るが悪くない風貌。上下に濃い群青色の丈夫そうな服。一見色気の欠片もないが、ちらりと服の裾から覗く肌は健康的に日焼けしていて気に入る男も多いだろう。


 そんな女が一人ボロボロの袋だけを持って路地裏を彷徨っているのを見かけた時、男はこっそりと舌なめずりしたものだ。だが、


「うぅ~っ! この世界にやって来てしばらく。こういう温かい人情に触れられるなんて! も捨てたもんじゃないっすね!」

「へぇ~。そうなのか」


 この女には空想癖があるらしいと男が気づいたのは、連れ立って歩き始めてすぐの事だった。


 女は自分を別の世界の出身だと語り、様々な事を口にした。曰く自分はコウコウなる場所に通っていたとか、日課で朝の走り込みをしていたら気が付くとこの世界に来てしまっていたとか。


(まあ良いさ。頭はアレかも知れねえが、それはそれで好都合)


 多少頭が足りない方が扱いやすいと考え、男は大半を聞き流しながら歩き続けた。そして、


「……ちょ~っと案内してくれるにしては人数が多過ぎやしませんっすかね?」

「へへへっ! 今さら逃げようったってもう遅いんだよ」


 縄張りに誘い込み、先にたむろっていた奴らを見てようやく危険を察知したのか女は後ずさりする。ガラの悪そうな男達が五、六人も居れば、誰だって身の危険を覚えるだろう。


「おうおう上物だねぇ! ……なあ? レイノルズさんに引き渡す前にちっとぐらいさせてくれよ!」

「バ~カ。お前この前も同じ事言ってダメにしちまったじゃねえか。それに最初に味見するなら俺からだろうがよ。見つけてきたの俺だぜ?」


 男達は女を前にそんな下卑た会話をする。そうして怯える様を見るのもまた楽しみの一つなのだと言わんばかりに。


「どこへ行こうってんだ?」

「げっ!? ……あの~あたしちょっとトイレに」


 女はじりじりと後ろに下がるが、さりげなく男達の一人が入ってきた入り口に回り込み、万が一にも逃げられないように道を塞ぐ。


「ちょっ!? だ、ダメっすっ!? それ以上近づいたらあたしだって抵抗するっすよ!? ヘルプっ! ヘ~ルプっ!? 誰か助けてくださいっす~!?」

「観念しなって。異世界から来たなんていう頭のおかしな大ぼら吹き女でも、おとなしくしてりゃあそれなりに気持ちよくしてやるからよぉ」


 ようやく順番が決まったのか、最初に女を連れてきた男がゆっくりと女に向かい歩き出す。一歩。また一歩と。一息に飛びかかるのではなくわざと焦らすように。


 女は遂に壁際まで追いつめられ、男は歪んだ笑みを浮かべながら遂にあと一歩の所まで迫り、手を伸ばす。


 そう。光差す大通りからはぐれた弱者を蹂躙し食い物にする。これがこの者達にとっての日常。


 ただ、一つだけ訂正するのなら。



「……ああもうっ!? 警告はしたっすからねっ!?」



 





 十分後。


「まったくもう。いたいけなJKを寄って集って襲うなんて、異世界ヤバすぎっす! 人情はどこへ消えたっすか!?」


 そこには地に倒れ伏す男達と、憤慨しながら男達から身ぐるみを剝ぐ女の姿があった。


 と言っても一人たりとも死んだ者はおらず、奪うのも最低限を残した以外の現金と、身に着けていたナイフ等の武装のみだったのは割と良心的だが。


「これで良しっと。……はぁ。何でこう次から次へとこんな人ばっかり声をかけてくるんすかねぇ。こんな事ならあの時素直にシーメ達と一緒に行けば良かったっす」


 一通り奪い終えると、女はそれを袋に詰めて立ち上がる。


「ま、待て」


 立ち去ろうとする女に対し、まだ意識の残っていた男の一人が力を振り絞って声をかける。


「このアマぁ。ナニモンだ? 俺達の後ろに誰が居ると」

「レイノルズっすよね? さっき自分達で言ってたじゃないっすか。あたしアイツ嫌いだからさっさとトンズラするっすよ! ……っと。そうだ!」


 女はそこで何かを思いついたように倒れ伏す男に近づき、


「レイノルズに会ったら伝えておいてほしいっす。大葉おおばつぐみはアンタのになるつもりはない。いくら仲良くなりたいって言ってきても無駄だから寄ってくるなってね。それじゃ!」


 女……ツグミはそのままふらりと立ち去り、残された男は顔面を蒼白にして震えていた。


 スラムを実質的に牛耳る男レイノルズ。そのお気に入りに手を出そうとした自分達の末路など、どうあがいても良い物にはならないのだから。





 そうしてひとまず拠点に戻ろうと歩みを進めるツグミだったが、目に見えて機嫌は悪かった。


「しっかし頭がおかしいとは酷い話っす。あたし本当に別の世界から来たのに。ああむしゃくしゃするっす!」


 ツグミは懐から何かを取り出して包みを破き、口の中に放り込む。サクサクという軽い食感と口内に広がる甘味に、少しだけ機嫌も直ったようだった。


 その包みにはこう書かれていた。



 と。

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