あれよあれよと話は進み、昼過ぎには出発準備も整い馬車に乗り込む事になった。なんとお見送りに、調査隊の人達の大半が勢ぞろいしていたのだから驚きだ。
「セプトちゃ~ん。また来てね~っ!!」
「先生っ! お達者で」
「ジューネ。品揃え良かったから次も来いよな。待ってるからな」
実に盛大なお見送りだ。なんだかんだ皆仲良くなった人が居たらしい。俺にも餞別の言葉が来たさ。アシュさんの誤魔化しの結果、比較的年の近い隊員達と仲良くなった。……男ばっかりだったけど。女性陣は微妙にまだ白い目で見てた。
あと一つ気になったのが、
スリスリ。スリスリ。
「おいまだか? 次が詰まってるんだから早くしろよ!」
「もう少し。もう少しだけ」
何故かボジョの前に行列が出来ていた。一人ずつボジョの身体を撫でていく様は、どこか触れると良い事がある石像的な何かを思わせる。
後で聞いた話によると、ボジョは調査隊の中でセプトと並んで一種の癒しキャラ的な立ち位置になっていたらしい。確かにあの感触は気持ち良いものな。ナデナデしたくなる気持ちは分かる。
それに荷運びを手伝ったりして評判も上々のようだ。時折いなくなると思ったらそんな事まで。
それにボジョもただ撫でられていた訳ではない。あまりに長すぎるようなら触手で叩いて注意し、撫でた人から礼代わりにちょっとした食べ物などをせしめている。
それもすぐ食べるのではなく、袋を貰って中に詰め弁当代わりにするとか。本当にしっかりしている。
「……大層な見送りね」
そう言うエプリの周りには見送りの人はあまりいない。これはエプリが人を避けている為だ。ボロボロになった服はジューネから買った物に着替えたが、相変わらず顔を隠すフード付きの物を選ぶのは徹底している。
それでも来てくれる相手にはエプリも流石に僅かに言葉を返すのだが、フードから覗く表情は嫌がりと嬉しさの混ざった複雑なものだ。……混血という事でなければもっと普通に話せたのだろうか?
「そろそろ出発します。馬車にご乗車ください」
馬車の御者席から呼びかけ。そろそろか。その言葉を聞いてそれぞれが馬車に乗り込んだ。
「ラニー。ではこちらをお願いします」
「分かりました」
出発直前ゴッチ隊長が何かをラニーさんに手渡した。報告用の書類らしい。ここ数日の事も含めて大急ぎでまとめ直したとか。これからダンジョンに潜るというのにお疲れ様です。
「出発します。はぁっ!」
ラニーさんが乗り込むのを確認すると、御者さんは馬に手綱で軽く合図する。それと同時に繋がれた四頭の馬が歩き出し、馬車はゆっくり進み出した。
見れば出発する俺達に対して、調査隊の人達が手を振ってくれている。……良い人達だった。マコアの件もあるしまた会えるといいな。俺達はそうして調査隊の拠点を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
とまあそんな経緯で、俺達は現在馬車の旅を満喫していた。速度は人が走るのより少し早い程度。もっと速度を上げられるが、俺達を気遣ってややのんびり進んでいるという。細やかな気遣いに感謝だ。
そして、
「皆さん。見えてきましたよ」
御者さんが御者席から言う。いよいよか! 俺は飛び起きて御者席の先を見る。急に動いたから身体があちこちギシギシ言っているが、そんなの気にならない程ワクワクだ。そして隙間から見えた先は……。
「……うわあぁ!」
まだ距離があって細部は見えないものの、それは確かに町だった。周囲を高い壁に囲まれ、入口に一際巨大な門が存在感を醸し出しているが、壁の上からちらちら見えるのは建物の屋根。人が住んでいる証だ。
「おっ! ようやくか」
「え~っと。こちらが子爵に送る分、これがキリに支払う分。これが物資調達用で……」
「さて。それじゃあここまでにしましょうか。セプトちゃん」
「うん。教えてくれてありがと」
各自がいよいよ到着となって準備を終える中、エプリが話しかけてくる。
「……で、これから初めて町に入る訳だけど。感想は?」
「そんなの決まってる」
まだ見ぬ世界のまだ見ぬ町。まだ見ぬ文化。観光ではないから良い事ばかりではないかもしれない。危険な事や嫌な事もあるかもしれない。それでも、
「これもまた、ロマンって奴さ」
こうして俺達は、交易都市群第十四都市ノービスに到着した。
「それにしても……立派な門だなあ」
「交易都市群には様々な種族の方がいらっしゃいますからね。このくらい大きくないと」
俺達の乗った馬車は町の入口の門に近づいていった。門を見てつい漏らした感想に、御者さんが説明をしてくれる。
ざっと見積もって十メートル近くある門。巨人種のような大きいサイズの誰かの通行も考えられているらしい。見ると門の前に行列が出来ていて、その先には受付のようなものが見える。
「あの行列は?」
「ああ。町に入る際ちょっとした審査が有るんですよ」
俺が不思議に思うと今度はジューネが答えてくれる。入国審査みたいなものか。怪しい奴が入ってきたらマズイもんな……って!? 俺怪しい奴じゃんっ! この世界の人じゃないから戸籍もないぞ。
「……あぁ。もしかして交易都市群の都市に入るのは初めてですか? トキヒサさん」
「そ、そうなんだよ。だから色々と不安と言うか」
「それなら問題ありませんよ。審査と言っても顔を見せて手配書に載っていないか調べたり、何の為に町に入るのかを聞かれるくらいです」
何だ。それなら安心……じゃないっ!?
「マズいな。俺は何とかなるかもだけど……」
そう言いながらエプリの方をチラリと見ると、エプリはフードを深く被り直している。顔を見せなきゃいけないとなると、混血だのなんだの言われかねないな。ジューネもその言葉にハッとする。
「……何か言われるのは慣れてるわ。他の都市に入った事もあるから分かるけど、混血だからと入るのを拒まれる訳でもないし。……そうでしょ?」
「え、えぇ。交易都市群のモットーは“どの種族であっても拒まない事”ですからね。入る事自体は出来ると思います」
「……なら、問題ないわね」
エプリはそう言うと、目を閉じて馬車内の荷物に寄り掛かる。なんだかなぁ。何か言われるのは慣れてるって、慣れても辛くないって事はないだろうに。
「分かりました。エプリさんがそう言うなら。……安心してください。いざとなったら」
「まあお得意のアレだな。世渡りの知恵って奴よ」
ジューネとアシュさんがなんか黒い笑みを見せる。これはあれか? 山吹色のお菓子の出番とでも言うのか? できれば真っ当に通りたいんだが……え~い。こうなりゃ腹をくくって行こうじゃないの。
俺達の馬車は列の一番後ろに並ぶ。見れば俺達以外にも乗り物で来ている人は多く、中には馬以外にも小型の恐竜みたいなトカゲに騎乗している人もいる。流石ファンタジー。
「……あれは騎竜ね。スピードもあるし、単騎でちょっとしたモンスターにも引けを取らない戦闘力が売りよ。寒さに弱いのと乗りこなすのがやや難しいのが欠点だけど」
騎竜を見つめていたのが分かったのか、エプリが横から説明してくれる。やっぱり見た目的に寒さに弱いんだ。
「おやっ!? 騎竜をご所望で? それなら良い店を紹介しましょうか?」
「遠慮しとく。憧れるけど色々と問題が多すぎるしな。……主に金銭的部分で」
ジューネが商売チャンスとばかりに言うが、どうせ紹介料とかをせしめるつもりだろ? それに馬にも乗れない俺が乗りこなすまで時間が掛かるし、練習中はしばらく足止めになってしまうだろう。
さらに挙げれば乗れなくても維持費、つまりエサ代や寝床の世話で確実に首が回らなくなる。ロマンを追うには先立つものが必要なんだ。
ジューネもこれは予想していたのか、それは残念と一言返しただけで食い下がりはしなかった。買う見込みのない相手に無理に押し売りするのは下策だと分かっているらしい。売れてもほぼ確実に悪い印象が付くからな。
そんな感じで雑談を交わしながら、行列はゆるゆると進んでいく。少しずつ受付の様子が見えてきた。
「二手に分かれているみたいだな」
受付が二つあるのは時間短縮の為か? それぞれ数名の衛兵らしき人が待機しており、来る人に何か質問をしているようだ。
マズいな。フードの下なんかもしっかり確認している。幸い後ろの人には見えないようにしているようだけど、やはり避けられないのか。
「おやっ!? どうしたんですか? そんな困ったような顔をして」
俺が顔を強張らせていたのに気づいたのか、ラニーさんがそう訊ねてくる。そう言えば調査隊の人達にはエプリの事は伝えていなかった。
「もしかして、エプリさんの事を心配しているのですか?」
「知っていたんですか?」
ラニーさんは俺の正面に立ち、安心させるようにゆっくりと頷いた。それはエプリも知っているようで驚いた様子を見せない。セプトは無表情でイマイチ分からないが、ジューネとアシュさんは知らなかったようで少し驚いている。
「トキヒサさんが大怪我をして医療テントに運ばれてきた時、エプリさんも隠していましたがかなりの怪我でしたからね。薬で無理やり傷を治していましたが、見るヒトが見たらすぐ分かります。その治療の時に知りました」
「えっと……他の人には」
「言っていません。隊長にもです。バルガスさんやセプトちゃんは治療の為報告の必要がありましたが、これはそうではありません。患者の秘密を言いふらすような事はしませんよ」
ラニーさんは真面目な顔で断言する。職業意識はしっかりしているみたいだ。
「ラニーさんは……その、嫌じゃないんですか? エプリの事」
だけどこの点は聞いておかないといけない。仕事と私情は別って人もいるだろうし。ラニーさんは少しだけ考える様子を見せると、真っすぐに俺の目を見て話し始める。
「私は職業柄、様々な患者を診てきました。その中にはヒト種以外の方も大勢いました。ヒト種だから助ける。それ以外は助けないでは薬師とは言えませんよ。それに……」
そう言って、ラニーさんはエプリの方を見つめる。
「混血の方は初めて診ましたが、最初に会えたのがエプリさんで良かったと思いますよ。意識のない貴方の傍をほとんど離れようとしなかったあの様子を見たら、私にもエプリさんが悪人でないのはすぐに分かりましたから」
「ふんっ……ただ護衛として、雇い主が死なないように見張っていただけよ」
エプリがその言葉に対して割り込むが、ラニーさんは軽く笑って流してしまう。気が付けばアシュさんやジューネもニンマリした様子でエプリを見ていた。セプトはよく分かっていないようだが、ボジョまで触手を伸ばしてコクコクと頷いている。
確かに俺が起きた時は手を握っていてくれたみたいだしな。間違いなく良い奴だと思う。それが分かってもらえたなら良いんだ。俺はラニーさんに対し、ありがとうございますと頭を下げる。
「いえいえ。……話を戻しますね。エプリさんについてですが、その点は私が受付で取り成しましょう。ご安心ください」
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ。微力ではありますが」
ラニーさんはお任せくださいとばかりに軽く胸を叩いた。このように人を安心させるのは薬師としての振舞いなのかもしれないが、そのままありがたく受け取るとしよう。