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接続話 そして……奴はやってきた

 今回は少々短めです。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 時は二日ほど遡る。時久が大怪我から目を覚ました日。もう一つの運命が動き出そうとしていた。


 そこはヒト種の国ヒュムス国と、獣人の国ビースタリア国の間。国を隔てる魔境にして、この世界において二番目に広い大森林。通称ココの大森林の奥地。


 木々が生い茂り、日は木漏れ日として差し込むものの影もまた多く、様々な生命の気配にあふれた場所だ。


 ココの大森林は生息するモンスターの危険度はそこまで高くないものの、その広大さは小国程度ならすっぽり入ってしまうほど。


 一度足を踏み入れれば、森に慣れた者以外では方向感覚がすぐに狂い、散々歩き回った末に森の入口に戻されるという天然の迷路である。


 軍勢で突破しようにも相当な時間と労力が伴い、仮に一流の道案内を用意したとしても、森林を横断するだけで数日はどんなに少なくともかかるという。


 ブワッ。


 突如その一角に、周囲に暴風を巻き起こしながら強い光が現れた。一種の転移魔法である。しかしそれはあまりにも荒っぽいものだった。


 それもそのはず、これはその世界の中を移動するものではなく、なのだから。


「……どうやら着いたようだな。胡散臭い奴だったが、言った事はあながち嘘ではなかったらしい」


 光と風が落ち着いた時、そこには一人の男が立っていた。


 背は百八十を超える長身。黒髪に黒目で夏用の学生服を着こなす様は、それだけ見ればどこにでもいるただの日本人の学生である。


 しかし袖から見えるその肉体は、自身の動きを阻害しないギリギリまで鍛え上げ、絞り込まれていた。


 肌はやや浅黒く、その端正な顔立ちは知性と野性、理性と激情を併せ持った稀有な物。


 ここまでは異性を惹き付けるのに絶好のものなのだがただ一点、その鋭すぎる三白眼が、周りに他者を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。


「異世界……という割には、日本でも時々ありそうな森の中だな。多少木々が大きいくらいか?」


 辺りの様子を見て男はそう一人で呟く。……いや、正確に言えば一人ではない。一人と一匹だ。


「プ~イっ!」


 そう声を上げながら、男の頭の上でポヨンポヨンと弾む謎の物体。


 。その“何か”を遠目で見ればそう見えるかもしれない。薄桃色の柔らかそうな肌に丸い外見をしている。


 ただそれは遠目で見ればの話だ。近くで見ると明らかに違うということが分かる。何せクリクリとした目と口がある四、五十センチ程の苺大福は流石にないだろう。


 よく見れば目の上の方に触角のようなものが二つにょっきり生えていて、何やら身体の後側は尾のように細くなっている。


 


「あまりはしゃぎすぎるな。“プゥ”」


 男が注意するとそのプゥと呼ばれた“何か”も弾むのを止める。……男の頭の上からは離れようとしなかったが。最近は誰かの頭の上を定位置にするのがブームなのだろうか?


「まったく。……それにしてもあのバカ。前から異世界に行ってみたいだなんて言っていたが、まさか本当に行くとは。何をしでかすか分からん大バカ野郎め」


 しかし男も僅かにだが興奮していたのだろう。ブツブツと思っていることをぶちまける。次第にただでさえ鋭い目つきがさらに鋭くなり、その拳は強く強く握りしめられ、怒りの感情が目に見えそうなくらいに増大していく。


「異世界に行くまではまだ百歩……いや一万歩譲っても良い。あのバカなら奇跡的にやらかしてもおかしくはないからな。だがこっちに何の連絡も無しに出発し……それで待ち合わせに遅れるとはどういう了見だっ!」


 その怒りは質量を伴う威圧感となり、本人も知らぬ間に周囲に放出されていた。近くの木々は枝が先から折れ始め、草花は根こそぎ吹き飛ばされる。


 それを敏感に察知したモンスター達は、大慌てでその発信源から距離を取り始めた。そこに居る者に今出くわしたら、それ即ち自身の死と同義であると言わんばかりに。しかし、


「プ~イプ~イっ! ププイプイ!」


 男の頭上にいるプゥに対してだけは、威圧感はまるで及んでいなかった。その能天気な明るい声に、男はハッとなって周囲への威圧感が収まる。


「……すまない。一瞬だが我を忘れた。今はそんな場合ではなかったな」


 男がよしよしと苺大福モドキの頭を撫でると、その“何か”は気持ちよさそうに目を閉じてうっとりする。


「むっ!」


 男はいつの間にか周囲の様子が変わっている事に気が付く。自身を中心にまるで竜巻でも発生したかのような風景の変わりよう。だが、


「……流石は異世界だ。少し思い出し怒りをしている間に木々が勝手に形を変えるとは。これは進むのが難しいかもな」


 いくら何でもただ自分が少しこうなったとは考えが回らず、この森自体の特性か何かだと当たりを付ける。


「どのみちここでじっとしている訳にもいかないか。まずは人里に出なければ。荷物は……これだな」


 ここに男を送った者。が、餞別代りにと持たせたリュックサック。


 何故か少し離れた場所に移動していたそれの中身をざっと確認して背負い、男は一緒に置かれていた灰色の外套と、何かの金属でできた滑らかな手触りの棒を手に取る。


 そして外套を羽織る時、一瞬服から覗いたその左胸には、参加者の証であるローマ数字のⅧのような痣がくっきりと浮き出ていた。


「待っていろよ時久バカ野郎。さっさと見つけ出して力尽くでも引っ張って帰るからな」

「プ~イっ!」


 男……時久の“相棒”にしてゲームの八番目の参加者。西東成世さいとうなるせはこうして謎の苺大福モドキのプゥと共に異世界に足を踏み入れた。





 ちなみにこれは余談だが、成世の発した威圧感によって半径数キロのモンスターが軒並み逃げ出してしまった為、しばらくは異世界探索と言うよりただのハイキングになってしまったりする。

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