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閑話 ある『勇者』の現状報告 その二

「あらっ!? このクッキー美味しいっ! 作った人良い腕してるわん」

「本当。すごく美味しいですね。生地もサクサクしてて」

「ボクも結構好きだな。こういうの。つい手が伸びちゃうっていうか。紅茶も良くクッキーに合ってる」


 なんだか急にお茶会が始まってしまった。だけど美味しいから良いよねっ! サラさんは遠慮しているのか手をつけない。


「……なんか俺達だけ置いてきぼりな気がすんな。高城の旦那」

「まったくだ。女三人寄れば姦しいとはこの事だな」

「いや明は男だろっ! しれっと混じって違和感ないけど。……男だよな?」


 何か黒山さんと高城さんが言っているけど気にしない。美味しいお菓子はどの世界でも正義なのですっ!


「フフッ。や~っと笑った」

「えっ!?」


 気が付くと、イザスタさんが紅茶を飲みながら私をじっと見ている。


「気付いてる? 襲撃のあった日からユイちゃん。一度も笑ってなかったのよん。私が見ている範囲内でだけどね」


 そう……かもしれない。確かに自分でもここ最近笑った記憶がない。


「ず~っと真面目な顔でどこか思いつめた雰囲気。それじゃあ人生楽しくないわよん。……さっき訓練でユイちゃんの月光幕をすぐに見破ったのもそれが理由」

「そ、そうなんですか?」


 うんうんとイザスタさんは頷く。お茶会の途中で急に来るのだからびっくりだ。


「これは月属性に限った話じゃないんだけど、魔法って術者の心理状態がもろに影響するのよねん。さっきのユイちゃんは常に肩に力が入ってるって言うか、そんな状態だったから効果が弱かったのよ。これじゃあ月が良く出た夜中でも見破られていたわね」

「じ、じゃあどうすれば?」

「簡単よ。肩の力を抜いて、リラックスすれば良いだけ。今みたいにねっ♪」


 イザスタさんはそう言って朗らかに微笑んだ。それは以前にも見せた人を安心させるような笑顔で。


「……はいっ!」


 そうか。そんな簡単な事で良かったんだ。私もそれにつられて笑って答えた。そうして私達の反省会兼お茶会は、そのまま和やかに進んでお開きとなった。





 お茶会の後はこの世界についての勉強。それが終わると自由時間だ。私は一人お城の書庫で読書をしていた。


 この書庫には特殊な魔法が掛けられていて、許可なく中に入ると警報が鳴る。またそれと同時に中にいる人に罠が起動するらしい。だから司書が常駐する必要もないらしく、書庫には現在私一人だ。


 元々私達地球から来たメンバーは、


 会話は何故か出来るので意思疎通には困らないけど、読書好きの私としては由々しき問題だ。なのでこの世界の文字を勉強する時は、戦闘などの講義よりも真面目に聴いていたと思う。


 以前はエリックさんに代読してもらっていたけれどもう彼はいない。申請すれば代わりの人を寄こしてくれるとは思うけど、勉強も兼ねて自力で毎日コツコツと読み進めている。


「ふぅ……えっ!? もうこんな時間っ!?」


 普段なら一日の決まった時間だけ読書に当てるのだけど、今日はつい熱が入ってしまった。もう辺りが暗くなっているのに気づいた私は、慌てて本を戻して書庫を後にする。


 そのまま自分の部屋に戻る途中、曲がり角の先の廊下から誰かの話し声が聞こえてきた。


「あれは……明とイザスタさん?」


 そっと覗いてみると、二人が何か話をしている所だった。どうやら訓練の感想戦みたい。あそこの攻めは良かったとか、あそこはもっとこうしておけばよかったとか。中々に議論が白熱しているらしい。


「……って、私何盗み聞きなんかしてるんだろ」


 前にそれで辛い目にあったばかりじゃないか。偶然付き人さん達の会話を聞かなければ、あの後しばらく落ち込む事もなかったのだ。


 好奇心は猫を殺すなんて言葉もある。邪魔をするのも悪いし他の道を行こう。そうして元来た道を戻ろうとした時、


「それにしても、貴女は何者なんですか? イザスタさん。ただのヒト種ではないんでしょう?」


 私の耳に、明のそんな言葉が飛び込んできた。一体何の事だろう? 私は立ち止まり、再び耳を澄ませる。それがどのような結果をもたらすのかも知らずに。





「何者って、最近よく聞かれるわねぇ。と言っても、その度にアタシはこう答えるんだけどね。ただのB冒険者だけどって」

「それは多分あってるんでしょうね。だけどボクが言っているのはそういう事じゃない。……貴女はもしかしてだったりするんじゃないですか?」


 勉強していく中で知ったのだけど、今現在この世界には幾つもの種族が存在する。私達のようなヒト種以外にも、よくファンタジー小説で出る有名どころで魔族、獣人、エルフ、ドワーフ、妖精等だ。


 モンスターとは、これらの種族に当てはまらず尚且つ交流するだけの知性を持たないものを指す。


 そして古代種と言うのは、を指す。のだけど、


「な~んのことかしらね? お姉さんよく分からないなぁ」


 イザスタさんはピーピーと口笛を吹いている。遠目で細かな表情までは分からないけれど、別段焦った様子もなくいつも通りのイザスタさんだ。


「あっ。別に隠さなくても良いですよ。他の人に言うつもりはありませんから。ばれたら色々と厄介そうですし」


 明の言葉に悪意は感じられない。これはイザスタさんを追い詰めようとしているのではなく、ただ単に好奇心で聞いてみただけという感じだ。


「……う~ん。そうねぇ。アタシだって秘密の一つや二つは持ってるとだけ言っておきましょうか。よく言うでしょ。秘密は女のアクセサリーだって」


 そのイザスタさんの言葉に、明は「なるほど。それもそうですね」と言って何か納得したように頷いた。明の中ではこれだけの会話である程度の結論が出たらしい。その言葉を最後に、話題はまたさっきの戦いに戻る。


「それにしても、さっきの戦いは見事だったわよん。アタシもつい最後は熱くなっちゃったわ」

「いやあ。まだまだですよ。それに結局最後までイザスタさんは手加減してくれていたじゃないですか。槍使いなのに一度も突きを使わなかったし。使われていたら多分僕も立っていられませんでした」


 そういえば、イザスタさんはさっき槍での薙ぎや払いはしても突きは一度もしなかった。私は喉元に槍を突きつけられたけど、あれは攻撃ではなく見つかっている事を分からせるためだし。


 という事は、手加減した上で四人まとめて相手取れたことになる。


「ふふっ。まあ護衛でもあるからね。これくらい出来ないと。……それを言うならアキラちゃんだってまだ余裕が有ったじゃない。本当に全力だったら最後の一撃を途中で止めるなんて出来なかったもの」


「バレましたか」なんて言って笑う明。……本当にこの二人は強い。おとぎ話の中の英雄っていうのはこの二人のような人を言うのだろうな。……私なんかと違って。


 私はそのまま静かに来た道を戻っていった。胸の奥に劣等感と無力感を感じながら。





 コンコン。コンコン。


 あれから部屋に戻り、夕食を摂ってから月属性の練習をしていると、急にノックの音が響き渡る。


「どなたでしょうか?」

「アタシよ。イザスタお姉さんよん。ユイちゃん居る?」


 部屋に常駐しているメイドさんの一人が問いかけると、馴染みのあるご陽気な声が返ってくる。イザスタさんだ。一体何の用だろうか?


「こんばんわ。お邪魔するわよ」

「はい。こんばんわ。……あのぅ。何かあったんですか?」


 急にどうしたんだろう? 椅子を薦めると、イザスタさんは優雅に座ってこちらの方に向き直る。


「何って、用事がないと来ちゃいけないの?」

「いえ。そんな」

「なら。良いじゃないのん。ただの女子会よ女子会。ほら。昼間のクッキーもまだ有ったわよね? 出して出して」


 この世界にも女子会なんて言葉が有ったらしい。イザスタさんはメイドさん達にテキパキ指示を出し、あれよあれよと言う間に支度が整ってしまった。


 メイドさん達は支度を終えると、何か御用があればお呼びくださいと言って退席する。今はちょっと気まずいから二人きりにしないでほしいのだけど。


 そのまま二人でしばし夜の女子会をするのだけど、


「こ~ら。また固くなってるわよん。折角の女子会だもの。楽しまなきゃ」

「す、すみません」


 突如イザスタさんが私の顔に手を伸ばし、そのまま指で口端をグイっと持ち上げる。……どうやら自分でも気が付かないうちに、沈んだ顔になっていたらしい。


 私はそのまま笑おうとするが、どうにも上手くいかない。


「ユイちゃん。……何かあった?」

「すみません。実は……さっきイザスタさんが明と話しているのを聞いてしまったんです」


 イザスタさんが心配そうに聞いてくるので、私もさっき盗み聞きしていた事を打ち明ける。


「二人が話しているのを聞いて、思ってしまったんです。……やっぱり私は『勇者』なんかじゃなくて、ただの一般人なんだって」


 『勇者』などと呼ばれるけれど、私は特別な何かではない。英雄的な力もなく、出来る事もやりたい事もそんなにない。


 今も月属性の練習をしてはいるものの、出来る事は精々物の見え方を変化させるくらいのものだ。


 何とか動かない物なら周りの風景に溶け込ませるぐらいは出来るようになったけど、少しでも動かしたらすぐに違和感が出てしまう。あとは簡単な切り傷や擦り傷を治す程度の事しか出来ないのだ。


 明は言わずもがな、黒山さんも高城さんも私なんかが出来ることくらい簡単に出来るだろう。


 光属性も光の屈折を利用すれば幻惑くらい出来るだろうし、他の属性だって治癒の魔法はある。月属性は特殊属性ではあるけれど、その内容は決して唯一無二という訳ではないのだ。


 それなら他の加護か何かを伸ばせばいいのかもしれないけど、私の加護は未だ使い方も分からない『増幅』の加護。これじゃあ伸ばしようがない。


「突然この世界にやってきて、『勇者』だなんて言われてちやほやされて……だけどあんな事があって。この世界は決して優しいだけの世界じゃないって分かって、私も自分の出来る事を探そうって思って……でも私に出来る事なんてたかが知れていて」


 私はだんだん自分が抑えられなくなっていた。支離滅裂な言葉が感情のままに口をついて溢れ、イザスタさんは何も言わずに私の話を聞いてくれている。


「今はまだ皆と同じ所に居るけど……何となく分かるんです。昼間のアドバイスで、他の人達は一気に先へ進むだろうって」


 黒山さんはあの後、火属性と風属性を身体に纏わせる訓練を始めていた。今はまだ上手くいかずに服を焦がしたり風でバランスを崩したりしているけど、将来的には自由自在に扱えるようになるだろう。


 高城さんもイザスタさんに言われた事を参考に、状況の把握と先読みを意識した訓練を始めている。こちらも今は試行錯誤の段階だけど、最終的にはゴーレムの軍団を指揮する事も可能かもしれない。


 明はアドバイスこそ受けていないものの、イザスタさんとの訓練で何か手ごたえを感じているみたいだった。今のままでも強いけれど、このままならもっと強くなるのは間違いない。


「私にイザスタさんは、魔法を使うならもっとリラックスすれば良いって言ってくれました。だけど、どうすれば良いのかよく分からないんです」


 聞いた直後は簡単だと思ったけれど、他の人達がドンドン先に進もうとしているのに自分だけ何もできなくて、そんな状況でリラックスなんてどうすれば良いのか分からなくなって。自分だけ置いて行かれるような感覚があった。


 ポタッ。ポタッ。


 気が付くと、私の両目から涙が溢れていた。


「この城の人達も、町の人達も、私達にとても良くしてくれます。だけどそれは私達が『勇者』だからです。特別な何かだと思っているからです。でも私はそうじゃない。……そうじゃ……ないんです。私は……特別なんかじゃ、ない」


 私はそのまま顔を覆って崩れ落ちるように泣き続けた。このまま消えてしまえたらいいのに。すっかり心の弱り切った私は、そんなことも平気で考えるようになっていた。


 目の前の方からガタンと音が聞こえる。イザスタさんが席を立ったのだろう。


 きっとこんな弱い私に愛想をつかして部屋を出ていくんだ。そして他の人達にこの事を話すに違いない。そうすれば私が『勇者』などとは程遠いのもすぐに分かるだろう。


 だけど、いつまで経ってもドアを開けて部屋を出ていく音は聞こえない。その代わりに、


「……えっ!?」


 何かに包まれるような感触がした。顔を覆う手を緩めて前を見ると、イザスタさんが


「イ、イザスタさん!?」

「心がどうにもならないことで一杯になっちゃった時は、思いっきり泣いて良いのよん。アタシは涙を止めることはしないけど、落ち着くまで胸を貸すくらいのことはしてあげるから」

「…………う、うわああぁぁん」


 私はその言葉通り、イザスタさんの胸の中で泣き続けた。


 それは初めてこの世界に来た直後以来の大泣きで、涙が枯れるまでずっと、みっともなくも心の中を洗い流していくように……泣き続けた。

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