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閑話 ある『勇者』の現状報告 その一

 今度はしばらく『勇者』月村優衣視点です。




 ◇◆◇◆◇◆


「はああぁっ!!」


 必殺と言っていい横薙ぎを繰り出す明こと藤野明。刃の付いてない訓練用の木剣とは言え、まともに受ければ骨が砕ける一撃。それを、


「ふっ!」


 イザスタさんも木槍で上手く捌く。そのまま円を描くように剣を絡めとろうとするも、明もそうはさせじとうまく立ち回る。


 だけど互いに有効打が決まらず、互いの武器がぶつかり合ってガツンガツンと音を立てる。


 打ち合う事数合。軽く距離をとってイザスタさんが無詠唱で“水球ウォーターボール”を発動。三つの掌大の水の球を眼前に出現させて明に向かって射出する。


 たかが水と侮ってはいけない。高速で射出された水球は、木の板くらいなら簡単に割れる威力がある。


「土よ。盛り上がれ。“土壁アースウォール”」


 明は呪文を詠唱しながら強く地面を踏みしめ、それと共に地面からせり上がる壁で水球を受け止めた。ただ、明の目的は水球を防ぐだけではなかった。一瞬だけど壁によってイザスタさんは明の姿を見失う。


 壁を左右から回ってくるか? それとも壁を乗り越えて頭上からか? イザスタさんは多分そう考えたのだろう。油断なく左右上どこから来ても対処できるように槍を構える。


「でやあああっ!」

「……あらっ!?」


 だけど明の選択はどれでもなかった。明は少し後ろに下がると、そのまま勢いをつけて


 助走をつけて壁を壊しながらの突撃は流石に予想できなかったらしく、イザスタさんの反応は一瞬遅れる。明は壁の破片をまき散らしながらイザスタさんに一気に肉薄した。


 以前読んだ本によると、槍の利点はリーチの長さだけど懐に入られたら逆に辛くなるという。


 奇策によって得た必殺の間合い。明の勝ちだ。この瞬間誰もがそう思った。明自身もそう思っていたかもしれない。……だけど、イザスタさんは更にその上を行った。


「よっと!」


 槍では迎撃に間に合わない。イザスタさんは明が突進の勢いを利用して袈裟斬りにしようとするのに対し、迎え撃ったのだ。


 振り下ろされる剣。カウンターで繰り出される掌底。それは互いに相手の身体に吸い込まれるように動き……。


「そこまでっ!!」


 その言葉と同時に互いの身体に当たる手前で急停止した。その瞬間周囲に行き場のなくなった力が風となって巻き起こる。イザスタさんの掌底は明の胸元寸前で止まり、明も剣を止めているが、勢いを無理やり止めたため足元の地面が抉れている。


 そのままの二人に向かって、審判役を務めていた明の付き人サラさんが駆け寄った。


「両者そこまでっ! 『勇者』様方。そしてイザスタ殿。訓練とは言え素晴らしい戦いでした」

「フフッ! 褒められると何だか照れちゃうわねん」

「ふぅ。良い訓練になったよ」


 サラさんはそう言って私達を称え、イザスタさんと明はそれに応える……のだけれど。


「素晴らしいって言われてもなぁ」

「明とイザスタさんはともかく……私達はねぇ」

「……くそっ」


 最後まで立っている二人と同列に比べられるものではないと思う。だって、他の『勇者』である黒山哲也さんや高城康治さん。そして私、月村優衣は、全員イザスタさんによって地に伏しているのだから。





 以前この王都を襲った大量の凶魔と謎の黒フードの集団。被害は決して無視できるものではないけれど、少しずつ王都は落ち着きを取り戻していた。


 あの時、私は謎の襲撃者達に連れ去られそうになった。それを助けてくれたのがこのイザスタさんだ。


 恐怖で震えている私を守りながら戦い、襲撃者達を追い払ってこちらを安心させるように見せた微笑みを忘れる事はないと思う。それだけイザスタさんの姿は鮮烈だった。


 その後駆けつけた兵士達に城まで避難するよう促される。そこにイザスタさんが、また襲われるといけないから一緒に行って護衛すると申し出てくれたのだ。


 兵士達は最初警戒していたが、イザスタさんがディランという人の名前を出すとすぐに協力してくれた。


 そして、騒動が収まったのはそれから少ししての事だった。明達も一度城に戻り、巻き込まれた人達の救助や凶魔の残党を倒すのは兵士達が行うという事らしい。


 明達の顔は浮かないものだった。この世界で初めての実戦。周囲には怪我した人も大勢いただろう。……もしかしたら死んでしまった人もいたかもしれない。それを間近で見たらショックを受けるのは当然だと思う。


 ……怖くて震えていた私が言える立場じゃないけれど。





 結論から言うと、イザスタさんは今『勇者』の付き人兼護衛として城に滞在している。


 騒動が落ち着いたら城を出る予定だったらしいけれど、兵士達をまとめて凶魔達を撃退していたディランという人に推薦されたのだ。今回の騒動で私達の付き人や護衛の人に多くの怪我人が出たのが理由だとか。


 実際私の付き人だったエリックさんも見つかったのだけど、余程酷い目に遭ったらしく怯えてまともに話せない状態だった。心も体も完全に治るまで時間が掛かるという。


 そこにこれだけの実力のある人材が居るなら使わない手はないというのがディランさんの意見だ。


 私としては大歓迎だけど当然反対する人もいた。護衛も付き人も身分のしっかりした者でないと雇えないという意見だ。


 しかしそこはディランさんが緊急措置という事でごり押し、あくまで正式な護衛ではなく食客という形で誤魔化した。


 そうしてイザスタさんは、正式な引き継ぎが決まるまでこの城に滞在する事になった。一応付き人の代わりでもあるので、メイドさん達とは別に色々と面倒を見てもらっている。


 この世界の一般常識を勉強する時も、イザスタさんが加わったことでまた違う話が聞けたりした。よく雑談で話が横に脱線するけど。





 私は戦う事が怖い。あの時女の子を庇って飛び出せたのは何かの間違いじゃないかと思うくらいに。それでもまたあんな事が起きるかもしれないのが現状だ。


 なら次は震えて座り込むのではなく、最低限自分の身を守れるようになるというのが今の目標だ。小さな目標かもしれないけれど、今の私には分相応だと思う。


 他の皆もそれぞれあの事件に思う所があったようで、集まって訓練したりこの世界について勉強する事が多くなった。


 王様も『勇者』が自主的に訓練をするのは歓迎らしく、あんな事があったのに放り出す事もなくサポートを継続してくれている。





「ただお城で厄介になっているのも悪いから、訓練に協力させてもらうわねん」


 そうイザスタさんが言ってきたのは、私達が集まって訓練していた時だった。


 確かに訓練と言っても私達同士での模擬戦や魔法の制御の練習ばかり。同じ相手ばかりではマンネリだし、違う相手と戦えれば良い刺激になる。明はそう思ったのだろう。一も二もなくその提案に乗った。


 だけどそこからが少し明の予想と違っていた。イザスタさんはなんとかかってきなさいと言い放ったのだ。


 これには実力を知っている私以外の全員が反対した。仮にも俺達は『勇者』なので常人よりは強い。いくらイザスタさんが腕に覚えがあるとしても一対一が良い所だろう。


 このような事を口々に言ったのだが、イザスタさんはいいからいいからと取り合わない。おまけにチョイチョイと指を曲げて挑発する始末。


 そうして四対一の戦いが始まったのだけど、結果は冒頭に話した通り。明とイザスタさん以外は全員地に伏す羽目になった。


 まず最初に私達の中で接近戦に強い黒山さんが突撃したのだけど、あっさり槍でカウンターを顎に受けてそのままダウン。


 それを見て、遅まきながらに相手が本当に一人で四人を相手取れる実力があると分かった高城さん。やや慌てて土属性でゴーレムを造るも、造り終える前に水球を顔面に食らってやっぱりダウン。


 私はイザスタさんの実力を知っていたから、開始早々油断せずに“月光幕”を使って自分を認識しづらくしていた。


 これでこっそり明を掩護するつもりだったのだけど、すぐに見破られて喉元に槍を突きつけられ戦闘不能とみなされる。そのまま腰が抜けて崩れ落ちてしまった。


 ……当てなかったのは思いっきり手加減されていたようでちょっと悔しい。


 もちろんこの間明が何もしなかった訳ではない。幾度もなく切りかかり、時には魔法で牽制も加えていた。その状態でなおイザスタさんは、明以外全員を倒してみせたのだ。


 やっぱりイザスタさんは強いなぁ。それに美人で格好いいし……でも何者なんだろうか? 


 私が襲われた時、あの時も自分の仕事は『勇者』の情報を集める事だと言っていた。じゃあ他の国のスパイ? だけど、私や女の子を助けてくれたのは紛れもない事実だ。


 それにあの人は……多分信用できる。あの時見せた人を安心させるような微笑み。あんな風に笑える人が悪人なんて思えない。


 まだしばらくイザスタさんもここに滞在するのだから、これから少しずつ知っていこう。私はそう決意した。だけどその前に。


「すみません。誰でも良いから手を貸してくれませんか?」


 まだ私は腰が抜けて立てないし、黒山さんも高城さんもまともに身体が動かせない。こんな状態で決意しても見た目が悪いものね。私は情けない格好ながらも、他の人達に助けを求めた。





 訓練が終わり、昼食を終えた私達は城の一室に集まっていた。イザスタさんやサラさんも一緒だ。他の付き人の人達は、報告があると言って途中で別れた。


「う~ん。個人的な感想を言わせてもらって良い?」

「よろしくお願いします」


 控えていたメイドさんに簡単なお茶請けをお願いすると、イザスタさんはそう私達に切り出した。多分さっきの訓練の事だ。私は他の皆を代表しておずおずと答える。


「一言でいうと……皆能力は高いけど力に振り回されてるわね。何故かアキラちゃんだけは違ったけど。戦いの経験があるの?」

「……えぇ。まぁ」


 何故かそこで明は言葉を濁す。確かに明の実力は私達の中でも頭一つ抜けていた。ここに来る前に武術でもやっていたのだろうか?


「流石ですアキラ様。別の世界でもお強かったのですね!」


 サラさんの言葉に明は何故か渋い顔をして黙り込んでしまう。あまり触れられたくないみたい。


「じゃあアキラちゃんはひとまず良しとして、残るは三人ね。まずはテツヤちゃんから」

「俺かい?」


 黒山さんは自分を名指しされて背筋を正す。


「テツヤちゃんは動き自体は悪くなかったと思うわ。拳も蹴りも思い切りがあったし、前の世界でも喧嘩とかよくしてたんじゃないの?」

「ま、まあ昔ちょっとな。でも最近はしてないぜ」


 そこに関してはちょっと納得できた。なんと言うか、言動の端々に古いタイプの不良のイメージがあるのだ。昔突っ張っていたけど今は真面目に働いているという感じ。


「なるほどねぇ……じゃあ一度試しにちゃんとした戦い方を学んでみましょうか。それだけでも大分変るわよん。あと折角風と火の適性があるんだから、それを取り入れてみるのも面白いんじゃないかしら」

「そ、そうか? じゃあ一度誰かに教わってみるかな」


 黒山さんは素直に頷いた。一度あっさり負けたことで、イザスタさんへの評価がググ~んと上がっているみたいだ。


「じゃあ次に……コウちゃんね」

「おい。コウちゃんではなく康治だ。あと“さん”か“様”を付けろ。無礼な奴だな君は。目上の者に対する口の利き方がなっていないようだ」


 高城さんが自身の呼び方に文句をつける。元々この人は地球でもそれなりに偉い立場にいたらしく、私達の中でも一番年上の三十二歳だ。だから言葉遣いや礼儀にはそれなりに厳しい。


「良いじゃないのコウちゃんで。その方が可愛いわよん! あと口調に関してはゴメンナサイね。それなりに長くこの口調なものだから中々変えられないのよねぇ」


 結局この後も高城さんが食って掛かったのだが、のらりくらりと躱されて遂に根負け。コウちゃんの呼び方に落ち着いた。


「話を戻すけど、コウちゃんはとにかく動き出しが遅かったわね。油断してたっていうのもあるけれど、それにしたって近づかれるまでに発動も出来ないって言うのはちょ~っとマズいんじゃない?」

「ぐっ! そ、それは……」


 図星を突かれて高城さんは押し黙る。確かに高城さんは魔法特化型。近づかれたらそれだけで危ない。


「だけど、訓練を見た限りではゴーレムの強さ自体は中々だと思うわよん。一度に何体も作れるし、ある程度自立行動も出来るみたいだから結構厄介だし。もしかしてそういう加護でもあるのかしら?」

「ふんっ! まあ一応だがな」


 高城さんの加護は知らないけれど、イザスタさんの見立てではゴーレム作成に関連する何からしい。


「じゃあ尚更出だしが肝心ね。発動するまでが長いのなら、常に戦局の二手三手先を読んで準備しておかないと。人の上に立つ人は優れた状況判断力も持ち合わせているもの。コウちゃんならそれくらい出来るわよねぇ?」

「も、勿論だとも。言われるまでもない」


 ……高城さんが何か上手く乗せられている感がある。


「さてと、じゃあ最後はユイちゃんね」

「は、はいっ!」


 先の黒山さんも高城さんも、かなり具体的なこれからの課題を提示されたように思う。それだけイザスタさんの観察眼が凄いってことだろうけど、私は何を言われるのだろう?


 私は、どうすれば良いのだろうか?


「ユイちゃんは……っと、その前にお茶請けが来たみたいよ。食べながら話しましょっ♪」


 丁度タイミング悪くドアがノックされる。イザスタさんはいそいそとドアを開け、そこにいたメイドさんからお茶請けのクッキーを強奪本来配膳等はメイドさんの仕事して自分でテーブルの上に並べていく。……時々妙にイザスタさんが子供っぽく見えるのは何故だろう?

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