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閑話 ゲームスタートと女神の願い

 今回はアンリエッタ視点です。




 ◇◆◇◆◇◆


「…………ふぅ」


 トキヒサがエプリと別れて眠りに落ちるのを見届けると、ワタシは一度映像を切って軽く伸びをする。


 如何に女神と言っても長時間座って映像を見続ければ少しは疲れる。肉体的にではなく精神的にだ。ワタシは机に置いていたコーヒーを一気に飲み干す。勿論ミルクも砂糖もた~っぷりだ。これをブラックで飲む奴らの気が知れない。


 だけどトキヒサときたら、ワタシの手駒のくせして簡単に丸め込まれるなんて。次に連絡が来たら交渉事の練習でもさせた方が良いかもしれない。エプリに良いようにされっぱなしで内心歯噛みしていたのだ。ワタシなら報酬を半分以下に値切ってやったのに。


 まあそこはトキヒサの頭が悪いからというより、単に気性の問題という気もするので仕方がないが。


 それにしても、やっぱりトキヒサは金属性について聞いてきたわね。正直に言っても良かったのだけど、中には今のトキヒサでは扱いきれないものも多いので敢えてぼかした。


 これは決して意地悪で言っているのではない。一つ間違えば、まさにような魔法もあるのだ。使えるかどうかまでは分からないが、こういうものはせめてもっと金属性の修練を積んでからでないと教えられない。


「……んっ!?」


 いつの間にか、見覚えのない封筒がポツンと机に置かれている。断言するけれどさっきまであそこに封筒は無かった。……このやり口はアイツか。普通に話をすることも出来るだろうに、わざわざこういう演出をするのだからたまらない。


 ワタシは注意しながら封筒をペーパーナイフで開ける。以前同じような手紙を不用意に開けたら中に罠が仕込んであったのだ。アイツは時々そういう悪戯をする。


 神相手にそんな事で危害を加えられないが驚くは驚く。おまけにその瞬間の顔をバッチリ記録しておくという底意地の悪さだ。トキヒサはワタシのことを色々言うが、アイツに比べれば相当優しく慈悲深いと思う。


 中身は……手紙か。一枚きりのようなので慎重に開いて目を通す。


『やあやあアンリエッタ元気かい? 君のことだから、罠でも仕掛けてないかと慎重に封筒を開けてこの手紙を読んでいると思う。嫌だなぁ。同じ手をわざわざ仕掛けたりはしないよ』


 嫌味なことにこちらの行動を読んでいる。だとしてもこれからも警戒を怠るつもりは無いけれど。


『ちなみに手紙はゲームに参加している神全員に送っているよ。多少文面は違うけれど、大まかな内容は同じだから安心してほしい。


 さて。さっそくだけど本題に入ろうか。この度やっと。最初の参加者がこの世界に来てから二十年。いよいよここからゲームの本格的なスタートとなる。


 ちなみに今のところ課題をクリアしたものは誰も居ないね。全員揃うまでこれだけ時間が有ったから、もしかしたらクリア者が一人くらい出るかもと考えていたのだけど……意外と出ないものだねぇ。今なら最初にクリアした参加者は一気に評価で有利になるよ。


 協力して課題をこなすも良し。先にクリアされないよう妨害するも良し。クリアを最初から目指さずに勝手に生きるのも良し。


 それぞれの選んだ参加者がこの世界でどのようなことを成すのか。僕は楽しみに見守るとするよ。


 それとクリア後の景品のことだけどね。これも取り決めの通り、


 まあ神なら大抵のことは自分で出来るとは思うけど、一応景品を考えておいてほしい』





 ワタシは手紙を読み終えると、そのまま丁寧に畳んで机の上に置く。短い内容の手紙ではあったけど、はっきりとゲームのスタートを宣言されると身が引き締まるのを感じる。


「景品? そんなもの……


 他の神達がどのような態度でこのゲームに挑んでいるかは知らない。純粋にゲームを楽しんでいる神も居れば、単に暇つぶしで参加している神も居るだろう。だが、ワタシは最初から一番しか狙っていない。


 確かに神たる者は他と隔絶した権限、権能がある。しかし神は決して全能ではない。大抵の事は出来るけど、出来ない事も確かに存在するのだ。


 だけど……フフッ。アイツも今回ばかりはミスを犯したわね。この富と契約の女神アンリエッタの前では、口約束であろうとも必ず順守させる。


 


 しかも今回わざわざ手紙ではっきりと書かれている。これでより確実に逃げ場を失くして追い詰めることが出来る。


 今のワタシの顔はさぞ歪んでいるだろう。だけどアイツに願いを突きつけ、それを逃げ場を失って情けない顔をしながらも履行するアイツの顔を想像しただけで、心に暗い喜びが込み上げてくる。


 これまでワタシが受けた屈辱の数々。これで遂に晴らすことが出来る。


 突如神の座を他の者に譲り渡してワタシの管轄外の所に引っ込んだ挙句、自分は呑気に自由気ままな日々。趣味で自身の子飼いのヒトで何とかという組織を作ったり、暇潰しと称して今回のようなゲームを時折始める始末。


 アイツに……に一泡吹かせる為、ワタシは全力でもってこのゲームを制する。


「悪いわねトキヒサ。ワタシの手駒。ワタシの目的のため、アナタには何が何でも一番になってもらうわよ」


 無論トキヒサにもそれなりの礼をする予定だ。これはゲームが終了したら成功失敗に関わらず行わねばならない。


 課題額をオーバーした分は日本円にして渡すとかはどうだろうか? それとも少し背を伸ばしてあげるとかにしましょうか? ちょっと骨格を弄るくらいならワタシでも可能だと思う。


「フフフフフッ。……あらっ!?」


 思わず笑みが零れるワタシの目に、先ほどの手紙のがふと目に留まった。あれで内容は終わりだと思っていたが、裏にも小さく何か書いてあるようだ。まだ連絡事項があったかと、再び手紙に目を通す。


『追伸。僕は同じ手は仕掛けないけれど、日々新しい手を模索しているよ。例えばこの手紙。これにはちょっとしたを仕込んである』


 お約束? 何のこと?


『そう。。……三、二、一』


 そこまで読んだと同時に、突然手紙がパンっという音を立てて破裂した。痛みなどはない。しかし黒煙がワタシの顔を覆い、髪と顔を煤塗れにする。


「…………フ、フフッ。目を通すことで発動する罠か。やってくれるじゃない」


 思わず手に力が入り、手に残っていた手紙の破片を握りつぶす。アイツに腹が立つのは当然として、罠を見抜けなかった自分自身にも腹が立つ。


「……この屈辱も含めて、必ずまとめて返してあげるから覚悟しなさいよっ!! ディーっ!!」


 そうして、ワタシの怒りと闘志のこもった叫びが執務室中に響き渡った。


 ちなみに封筒の方もいつの間にか無くなっていた。……また罠にかかった顔を記録されたらしい。アイツめっ! ゲームが終わったら見てなさいよっ!

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