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主人の名は

「えぇっ!? 俺が倒れてからもう二日も経ってるっ!?」

「……ハッキリ言って重傷だったのよアナタ。身体の傷は何とかなったけど出血が相当酷かったから。調査隊の拠点に増血用の薬が無かったら死んでいた可能性も有ったのよ。……反省しなさい」


 俺はエプリから俺が倒れてからの事を聞いていた。ラニーさんは丁度ゴッチ隊長に呼ばれて不在。


 エプリはすぐ呼びに行こうとしたが、わざわざ呼びに行かせるのも悪いので話を聞かせてもらいながら待っていた。


 しかし今回は本当に危なかったらしい。俺は素直に頭を下げて謝る。自分を心配してくれた相手に意地を張るというのはカッコ悪いものな。あとで他にも世話になった人に謝らないと。


 見ればエプリもセプトも身体のあちこちに包帯を巻いている。今更ながらに思うがそれだけの激戦だったのだ。


「ごめんなさい」


 あと何故かセプトが俺に頭を下げてきた。無表情なのにどこか怖がっているように見える。


「そうなったのは私のせいだから」

「ああ。そういう事か。気にするな……とは言えないけどさ、こんなボロボロだし。でもな」


 俺は何とか腕を伸ばしてセプトの頭に持っていく。セプトは一瞬ビクッとなったが、目を瞑ってそこを動かない。……まったく。怖がっている奴に怒れるかっての。


「こうなったのは自分で選んだ結果だからそこまで気にするなよ。それにちゃんと謝ったろ? ならそれで良いんだ」


 そう言いながら安心させるように頭を撫でる。なんかセプトって話してみると子供っぽい所が有るんだよな。ローブを脱いで簡素な布製の服に着替えているが、見た目小学生高学年か中学入りたてくらいだからかな。子供ならこうして落ち着かせてやるのが一番だ。


 それと当然だが俺もエプリも血塗れの服を着替えている。以前ジューネから買った服だ。眠っていた俺を着替えさせてくれたのは……ラニーさんかな? お手数おかけします。


「うん。ありがと」


 考えてみるとこれってナデポって奴じゃないか? いや。子供相手に気にしたらマズいか。髪の毛の手触りがサラサラだとか気にしないからな。


「……コホン。続けていい?」


 咳払いにハッとすると、エプリがどこか機嫌悪そうにこちらをジト目で見ている。確かに話が途中で逸れたら気分を悪くするよな。セプトから手を離し、エプリの方に何とか向き直る。


「ゴメンエプリ。続けてくれ」

「……トキヒサをラニーに診せた後、そこのセプトへの尋問が始まったわ。……アシュの協力もあって色々と分かった。と言ってもほとんど何も知らされてなかったけど」

「そうなのか?」


 セプトの方を向いて聞くと、セプトもコクコクと頷いた。


「私があの人クラウンの奴隷になったのは十四、五日前。買われてすぐ私は


 そう言ってセプトは服の襟元を下に引っ張る。っておいっ!? そんなこと人前でするもんじゃありませ……えっ!?


 セプトの首輪の少し下。大体鎖骨の辺りに……小さな魔石が埋め込まれていた。俺の脳裏に以前牢獄で戦った巨人種の男やバルガスの姿がフラッシュバックする。


「……調べた結果、バルガスに埋め込まれていた物に近いものだそうよ」

「そんなっ! じゃあセプトも凶魔にっ!」


 俺は慌てるが、エプリは落ち着いてと言って続きを話し始める。


「結論から言うと……セプトは凶魔化しない。これは。自然に魔石が限界を迎えるには大分時間がかかるけど、この方法ならかなり短縮できるって話だから」

「つまりセプトは生きた魔力タンク代わりにされていたと」

「……そのようね。本来ならある程度溜まったら摘出し、凶魔化させる相手に改めて埋め込むつもりだったって所かしら」


 クラウンへの怒りがまた沸々と湧いてくる。あの野郎……人を何だと思ってやがんだ。


「でもセプトが凶魔化しないって言うのはどういう事なんだ?」

「簡単ね。……使。暴走の規模がやけに大きいと思ったらそれが原因だったのよ」


 確かにあんなのが普通にあったら大変だろうからな。実際はもう少し簡単に暴走を抑えられるらしい。


「……次に魔力が溜まりきるまで間があるからしばらく凶魔化する事はないわ」

「そっか。良かった……じゃあ早く魔石を取っ払ってしまわないと。ちょっと痛いかもしれないけどまたアシュさんにでも」

「……それはやめた方が良いわ」


 俺の言葉にエプリが待ったをかける。何でだよ? いつ爆発するか分からない爆弾をくっつけているようなもんだぞ。


「埋め込まれた状態で魔力暴走を起こしたから魔石が身体とほぼ一体化しているの。……無理に取ったらどうなるか分からない。一流の術者と設備があれば出来るかもしれないけど……でもそれには相当金が要るでしょうね」


 くそっ! また金か。世はどこも金が必要ってか。分かっちゃいるけど世知辛いぞこんちくしょう。


「大丈夫。溜まりすぎないように時々魔力を放出すれば良いって言われた。だから、トキヒサがそんな顔する必要ない」


 感情がいつの間にか表情に出ていたらしい。セプトが下から覗き込むように俺の顔を見ている。……参ったな。俺が慰められてどうするのって話だ。


「あぁ。ゴメンな。ちょっと世の中の理不尽さに嫌気がさしていただけなんだ。ほらっ! もう大丈夫」

「良かった」


 気を取り直して笑顔を作ると、セプトも安心したようだった。





「……話を戻すわ。セプトはクラウンに買われた後魔石を埋め込まれた。しかしその後闇属性の高い素養がクラウンに知られた。ただの魔力タンクより戦闘用として使った方が良いと判断したんでしょうね。だから自身の護衛とした。……といった所ね」


 確かにあの影を操る魔法は凄かった。俺だけならとっくに八つ裂きになっていたと思う。しかし、


「そういうのって買った時に分からないものなのか? 言いたかないけど値段や待遇に直結するだろ?」

「奴隷の能力を正確に知るには鑑定系統のスキルか加護、または道具が要るわ。どれも希少だから非合法の奴隷商は使わない事も多いの。……元々非合法に集めた奴隷だから値もそこまで高くないだろうしね」


 何と言うか生々しい話だ。あと奴隷商。経費をケチったら良い仕事は出来ないって昔誰かが言ってたぞ。


「……セプトから引き出せた情報はこれくらいかしら。セプトが買われたのはデムニス国だったらしいけど、その後転移で跳んだから拠点の場所は不明。他に同じく買われた奴隷が数人いたようだけど……そっちは純粋に魔力タンク兼魔力を使わない雑用係として働かされていたという話ね」


 聞けば聞くほど酷い話だ。それにそんな人達はおそらく他にもいる。これがクラウン一人だけの仕業じゃないのは簡単に予想できるからな。止めようにも拠点が何処か分からないし、何人いるのかも分からないんじゃ手の打ちようがない。


「ゴメン。あまり役に立てなくて」

「……えっ! いや、セプトが気にすることじゃないだろ? 約束通り知っている事を話してくれたじゃないか。謝らなくて良いんだ」


 なんかさっきからセプトからの好感度がやけに高いんだが。さっきのナデポが原因にしては威力が高すぎるだろ。……いくらなんでもそんなちょろい子じゃあないよな?





「それにしてもセプト。お前これからどうする? 予定通りクラウンの所に行くのか?」


 約束なので俺は手を出さないし、もしゴッチ隊長が拘束するように言ってきても反対くらいする。……聞き入れてもらえるかどうかは分からないが。


「私は奴隷。奴隷は主人の下に居るもの」


 首輪を撫でさすりながら、それだけセプトは答えた。……おぅ。なんちゅう奴隷根性。エプリの傭兵の在り方とはまた違った一種の美学だ。しかし立派なのかもしれないが、主人があれじゃどうにも素直に行かせられない。


「でもその主人は相当タチが悪いぜ。この分じゃセプトを散々こき使って最後はポイだ」

「大丈夫。そんな事しない。とても優しいから」


 えっ!? そうなの!? 意外にセプトにだけは優しかったりするのかクラウンの奴。


「でも今回だってセプトはこんな酷い目にあったろ? これからも同じような目に遭うかも」

「大丈夫。頑張る」


 のおぅ~っ!? 知れば知る程良い子じゃないかセプトぉぉっ! 無表情に見えるが、僅かに髪からのぞく瞳からは強い意思が伝わってくる。……おのれクラウンの野郎っ! こんな良い子を捨て石の爆弾代わりにしようとしやがって。


「……トキヒサ。言っていなかったんだけど、あの時首輪は」


 横で何かエプリが言っているようだが、今はそれどころではない。俺はあの野郎へのマグマの如き怒りを必死に胸の内にしまい込みながら、目の前のセプトに心配を掛けさせないように努める。


「そうか。……セプトの主人への気持ちはよぉく分かった。もう止めないよ」


 ここまで意思が強いんじゃどうしようもない。あと俺が出来るのは、いつかまた戦うことになるかもしれないけれど笑って送り出してやるだけだ。俺は何とか不自然じゃないよう笑顔を作る。


「いつクラウンの所に行くか知らないけど、元気でな」

「何故クラウンの所に行くの?」

「えっ? だから、主人の所に行くんだろ?」

「うん。だからここにいる」


 どうにも話が噛み合わない。主人がここにいるって……まさかっ!?


「エプリっ! 周囲を警戒してくれっ! 近くにクラウンが潜んでいるみたいだ」


 しまった。もう回復してリベンジに来たかっ!? 俺はまだまともに動けない。しかしここには調査隊の人達がいる。最初の奇襲を凌いで時間を稼げば一気に追い詰められる筈だ。


 だけどおかしいな? いくら目を凝らし耳を澄ませても、クラウンの姿は何処にもない。


「セプト。そいつが居る方を指差してくれ。エプリはその方向に見つけたら先制攻撃を」


 こうなったらこっちから仕掛けるのみ。いつもいつも後手に回ると思うなよ。セプトはゆっくりと人差し指を伸ばす。……


「なぬっ! つまりこっちか」


 俺は全身の痛みを我慢しながらそちらの方に顔を向ける。しかしそこはテントの壁で誰も居ない。隠れる所もない。


「ここには誰も……あたっ!?」


 突然後頭部に慣れた痛みが走る。見るとエプリが風弾をぶちかましていた。やっぱり


「何すんのエプリ。フレンドリーファイアだぞ」

「その火属性魔法は知らないけど確かに当てたわ。……ここまで来て気付かないのもある意味凄いわね」

「何が?」


 じゃあ今クラウンは何処にいるかとセプトの方を見ると、指は相変わらず俺の方を指している。……もしかして。


 俺がどうにか頭を左右に動かすと、指もそれに合わせて動く。……これってつまり、


「もしかして……主人って俺?」

「うん。トキヒサご主人様


 なんか俺の名前に変なルビが振られた気がする。って、えええええぇぇっっ!?





 何故か美少女が知らないうちに俺の奴隷になりました。


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