「……以上よ。方法は提案したけど、するしないはアナタ達の判断に任せるわ。じゃあそういうことで」
その言葉を最後にアンリエッタとの通信は途絶える。やり方は分かったけど、なんでよりによってこんな方法なんだよ!
「理屈は分かったけど、本当に出来るのか?」
「話した限りでは嘘は言ってなかったな。少なくとも出来ると思って言っているようだった」
俺の疑問にアシュさんが何故かそう断言する。そう言えば前もこんなようなことがあったな。マコアの話の時とかゴッチ隊長への説明の時とか。……何故かアシュさんが言うと説得力がある。
「トキヒサ。今のヒトは信用できるの?」
「信用できると思う。ここで嘘を吐いてもアンリエッタには何の得もないから」
「……私としてはアンリエッタの名前を名乗っているだけで胡散臭いけどね。わざわざ女神の名を騙るなんて、余程の嘘つきか物好きだけだもの」
「アシュさん。万が一に備えて、近くに来ている調査隊の人達に事情を話して離れてもらってください。俺とエプリはその間に準備をしますから」
「分かった。すぐに戻ってくるからな」
アシュさんはそのまま走り出してすぐに見えなくなる。しかし調査隊の人達が何処にいるのか分かっているんだろうか?
協力を頼もうかと考えたが、何処にいるのか分からない以上間に合わない可能性もある。それなら下手に来てもらうより離れてもらった方が安全だ。
俺なんかが心配しなくても良いとは思うけど、あのクラウンがわざわざ置き土産として残したセプトの魔力暴走だからな。ここら辺が更地になるとかもあり得そうで怖い。
「……ばらしてしまっても良かったの?」
エプリはアシュさんが走っていった方を見ながら言う。……ああ。俺の『万物換金』の事か。確かにこの方法ではこれが要になるし、さっきもアンリエッタの説明の中でチラッと出ちゃったからな。
「別に良いよ。どうせアシュさんはジューネ経由で知っている可能性もあったし、ならここで言っても変わらないって。それに知っても悪い事をするタイプじゃない」
エプリはそんな俺達を見て小さくため息を吐くと、そのままキッと表情を引き締める。
「……じゃあ本題に入るわよ。さっきの方法だと、どうしてもトキヒサがセプトに近づく必要がある。あの荒れ狂う影の刃を掻い潜ってね。……細切れになるわよ」
確かにな。さっきエプリも言ったように、俺は多少頑丈だけどそれだけだ。無理やり突入してもすぐにボロボロにされてしまうだろう。まずあの影をどうにかしないと。
「私の影で止めるにしても、あれだけ広範囲となると難しいわ。……トキヒサ。さっきのは銭投げはまだ使える?」
銭投げか。確かにまた上手くいけば影を切り離して弱められるかも。今回はセプトが気絶しているから避けられる心配もなさそうだし。
「もちろんだとも。懐はきついけど人命第一だもんな。この際大盤振る舞いだ。今の所持金から考えて残り……」
俺は貯金箱を取り出して残金を確認する、だが、そこで俺の思考はフリーズする。
「………………なん、だと!?」
「……何が?」
呆然と呟いた言葉にエプリが反応する。
「貯金箱の残高が残り百デンくらいしかないっ!」
おかしい。俺が調査隊の拠点で最後に確認した時はまだ二千デン近くあった。
あれから戦闘やスカイダイビング中のブレーキで割と使ったが、それでもまだ千デンくらいは残ってるはずだ。なのにどうして……いや、今は原因よりも他の確認をしないと。
ポケットの中を確認するとそちらは無事のようだった。しかし全部かき集めてもおよそ六百デン。これでは威力が足りない。
「結局こうなるのか。……『査定開始』」
これまで何かに使えるんじゃないかと思って持っていた物。この世界に来た当初からあった文明の利器。そう……スマホである。
スマートフォン(やや傷有り)
査定額 五百デン
と言っても長くほったらかしだったからバッテリーも残り僅か。ライトノベル的に町に行ったら高く売れるんじゃないかと思っていたが、いつかの大金よりも今の五百デン。仕方なくこれを換金する。
何とか千デンを捻出し、心身と懐にダメージを受けながらも予備の袋に詰めた俺にエプリが一言。
「……クラウンが残したナイフを換金すれば良かったんじゃないの? 奴がここに居ないのなら換えられるのでしょう?」
「そうだったっ!」
それはもっと早く言ってほしかった。しかし今更スマホを買い戻すのも何と言うか気が退ける。一割の追加料金も地味にかかるし。
え~い今はそのことは忘れよう。切り替えろ俺っ! 俺が自分の頬をはたいて気合を入れていると、アシュさんが物凄い勢いで戻ってきた。……なんかニヤニヤしてるな。
「調査隊の奴らに知らせてきたぞ。エプリは無事見つかったが、今トキヒサと別の女とで修羅場だから先に戻っていてくれと言っておいた」
「な、なんちゅう事言ってくれちゃってんですかあぁっ!?」
予想外の展開に口をあんぐりさせていると、アシュさんは揶揄うように続ける。
「嘘は言っていないぞ。修羅場とは元々激しい戦いや争いの行われる場所を指すからな。お前が
だからってそんな言い方じゃあドロドロの三角関係みたいに聞こえるじゃないですか。そう食って掛かろうとするが、次のアシュさんの言葉にその言葉は止まる。
「それに、本当の事を言ってはいそうですかと帰る奴らじゃない。俺が一時期鍛えた奴らだから分かる。調査隊の大半は善人だから、お前を助けに来かねない」
そう真面目な顔で語るアシュさんの言葉には真実味があった。確かにあの調査隊の人達のノリならそのまま助けに来てくれるかもしれない。しかしそうなったら下手をしたらより厄介になる。
「だからここは笑い話で誤魔化したんだ。……後でこの笑い話を本当にするくらいの気概を見せろよ。心配させたくないならな」
「はい。……だけど他の話題は無かったんですか?」
「そりゃあこっちの方が面白ゲフンゲフン……いや、咄嗟に思いつかなかったんだ」
忘れてた。アシュさんも人を良く揶揄っていたってゴッチ隊長も言っていたじゃないか。こういう所はやはり身内という事でイザスタさんに似てるかもしれない。
エプリの方を見ると、ジト~っとした目でアシュさんの方を見つめている。流石に無言の抗議の視線に耐えられなくなったのか、アシュさんは話題を変える。
「それよりもだ。トキヒサ達はあの影を何とかする準備は出来たのか?」
「一応は。エプリの方はいけそうか?」
「……短時間なら抑えられそうね」
エプリは身体の調子を確かめながら答える。魔力はなかなか回復しないらしいが、休んで少しは補えたようだ。これなら少しは成功の目途も立ってきた。
待ってろよセプト。敵だろうが何だろうが、そうホイホイ俺の前で死なせないからなっ!
俺達は再び荒れ狂う影の刃の前に立っていた。もはや影の刃の範囲が広くなりすぎて、ドーム状になったちょっとした嵐のような影の隙間。おそらくセプトが居るとすれば中心部。
これ以上近づけば、まず間違いなく身体をズタズタにされるであろうギリギリの位置。作戦はここから始まる。
「……準備は良い? もういつ限界を迎えて爆発を起こしてもおかしくない。時間との勝負よ」
「分かった。アシュさんもお願いします」
「任せろ」
簡単な作戦を立て、俺達はセプトの魔力暴走を抑えるべく動き出す。その方法はある意味非常に単純だ。
ただしそのまま外すのは危険が伴う。隷属の首輪には、下手に外そうとすると奴隷に害を与える機能があるという。場合によってはそのまま死に至らしめるものもあるというから恐ろしい。
セプトの首輪がどの程度のものかは分からないが、クラウンの事だからとんでもない仕掛けがある恐れもある。
ならば話は簡単だ。
ちなみに普通こんな方法は使えない。奴隷は主人の所有物に近い扱いとして見なされ、身に着けているものも同様だ。だから例えばそこらの奴隷の首輪を片っ端から換金して、金儲け及び奴隷解放といった事は出来ない。
しかしそこで、クラウンの言った置き土産という言葉が意味を持ってくる。置き土産。つまりは立ち去る前に贈り物として残したものだ。
ならば、
いくら所有権を放棄しても、最後の命令は強制されたままだから普通はどうしようもない。しかしこの『万物換金』なら首輪を外せるはずだ。
「……アナタの銭投げでさっきのように出来るだけセプトの周囲の影との繋がりを遮断する。それと同時に私がまた影を抑えるから、動きが止まったらトキヒサとアシュが突入。アシュが残った影の相手をしている間にトキヒサがセプトの首輪を換金。そのままセプトを叩き起こして魔力暴走を止めさせる。……良いわね?」
エプリが作戦の最終確認をすると、俺の服にまた入り込んでいたボジョが触手を一本伸ばしてアピールする。自分を忘れるなっていう事かな?
「忘れていないわ。最悪起きたセプトがまた襲い掛かってくる場合があるから、その時はボジョが抑えて。……私の代わりにトキヒサの護衛を頼むわ」
エプリの言葉に、ボジョが任せておけって言うかのように触手を振る。
「よし。じゃあ行こうか。……でえりゃああぁっ!」
俺は作戦開始の合図である、千デン分の金を袋に詰めて空に放り投げる。
セプトの魔力暴走を止めるための戦いが始まった。