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どっちもどっちの善人同士

「どうすっかなぁ……たった一日ちょいで怒涛の展開だもんなぁ。どうして肝心な時にワタシに相談しないのとか怒ってそうだ」


 その夜、他の皆が眠る中、俺は焚き火の前でアンリエッタの事で悩んでいた。


 そろそろあの女神との定期連絡なのだが、ここまでの出来事を三分でまとめる自信がない。あと確実に何か文句を言われそうだ。


「いっそのこと連絡しない……いやダメだ。向こうから連絡できるんだった」


 悩ましい。好き好んで自分から死地に足を突っ込みたくないが、放っておくと後が怖い。最適解はさっさと連絡することだとは分かっているが、中々踏ん切りがつかないこともある。


「…………仕方ないか」


 覚悟を決めて連絡用のケースを取り出す。コール音が三度鳴ったかと思うと、プツンと音を立てて鏡にアンリエッタの姿が映る。映ったのだが……。


「あのぅ。アンリエッタさん? 何でわざわざこちらに背中を向けていらっしゃるのでしょうか?」


 ついつい敬語になってしまう俺。見た目幼女に敬語を使うというのは気恥ずかしいが、下手に出なければならない程今のアンリエッタは背中で凄まじい不機嫌オーラを醸し出していた。今の彼女は逆らっちゃいかん人だ。


『……エプリと取引したのは良いわ。あの場合一人と一匹で彷徨うよりも、道案内が居た方が効率が良いもの。ジューネとアシュとの同行もまあ悪くないわ。それなりに頼りになりそうだしね。……ワタシが怒っているのはその前。どうしてバルガスを助けようとしたの?』


 そこで振り向く彼女の顔に浮かんでいたのは、大きな怒りと僅かではあるが俺の身を案じるような表情だった。ちなみに前の失敗を踏まえ、大声を出しても周囲には聞き取りづらいように向こうで調整したらしい。


『助ける必要なんてなかった。凶魔の危険性は知っていたでしょうに。倒すだけなら最初から魔石じゃくてんを壊せばいい。逃げるなら適当に傷をつけて弱った所を撤退すれば良い。どちらも十分に可能だったはずよ。なのにアナタは助けようとした。結果的には事なきを得たけれど、一つ間違えば死んでいたのよ!!』


 アンリエッタは癇癪を起したかのように烈火のごとき勢いで詰り続けた。ハラハラさせるなだの金を惜しまず使えだの、あと女神にもっと敬意を払えだの色々だ。……最後のはあまり関係ない気がする。


 だけど、その言葉の端々から感じるのは俺の身を案じる気持ちだった。それが俺個人へのものでも、俺というこのゲームの手駒を失わない為だったとしても、俺が返すべき言葉は一つだ。


「でも……また同じようなことになったらやっぱり助けようとすると思うよ。もちろん俺が死なない程度にだけどな。……ありがとな。心配してくれて」

『っ!? アナタが居なくなったら手駒が居なくなって困るってだけよ。それにまだ課題を全然こなしてないじゃないの。せめてアナタを選んだだけの元を取れるまでは頑張りなさいよねっ!』


 礼を言ったら何故かプイっと顔を背ける。顔が赤くなってたらまだ可愛い所があるんだけど、こちら側からでは見えない位置だ。


『……ああもうっ!! お人好しを説教していたらもう時間が無いじゃない! 良い? 今日はもう一回分あるから、話すことを纏めてまた連絡してきなさい。ただしあんまり待たせないように。分かった?』


 言い終わると同時に通信が切れる。……こういう時に制限時間三分間っていうのは短い気がする。さて。話をまとめてすぐにまた連絡したい所だが、、


「…………何?」

「何で起きてんのエプリ? まだ時間には大分あると思うんだけど」


 後ろで静かに立っているエプリをどうしたもんか。小さな声で聞き取りづらかった筈だけどな。


「私は眠りが浅い体質なの。奇襲避けには良いんだけど休みたいときにはやや不便なのよね。アナタが誰かと話しだした所から目が覚めていたわ」

「そ、それは……」


 どうしよう。正直にアンリエッタの事を話すか? しかしこの事をそうホイホイ漏らすべきでは。


「……通信機みたいね。私にも使える?」


 エプリは俺のケースを見て言う。


「多分。でも繋がる相手は一人だけで、他の人と連絡は出来ないぞ」

「そう。……なら良いわ」


 俺が正直に言うと、エプリはそのまま興味を失ったように自分の寝袋に戻っていく。……ありゃ?


「聞かないのか? 誰と話していたとか、何故黙っていたとか」

「……別に。アナタみたいな善人が何も言わなかったって事は、それは秘密にすべき何かって事。又は言っても意味のない事。仕事に必要なら聞き出すけど、そうでないなら雇い主の秘密を聞き出そうとは思わない。……誰にだって隠しておきたい事はあるもの」


 エプリはそのまま時間になったら起こしてと言って目を閉じ、すぐに寝息を立て始めた。眠りが浅い割に寝付くのも早いな。……それにしても、


「まったく。アンリエッタもエプリも人をお人好しだの善人だのと。……自分達だって大概だろうに」


 何だかんだ相手のことを思いやる二人に言われたくはない。また女神様が怒りだす前に、今度こそ話をまとめておかないとな。






『十分か……五分で来なさいよと言いたい所だけど、エプリが起きだしたのは予想外だったから仕方ないわね。ちなみにこれまでの事に関しては大体知ってるから言わなくて良いわよ。時間がもったいないし』

「……分かってるよ」


 一応一分で纏める用意をしてきたのは内緒にしておこう。


「じゃあこれからのことだ。ジューネの予定によれば、大体明後日の朝ぐらいにこのダンジョンから脱出するらしい。だけど正直そう上手くいかないと考えている」


 ジューネ達を疑っている訳じゃない。ただ物事にアクシデントは付き物だ。それに弱っているバルガスのことを踏まえると一日ぐらい遅れても仕方がないと思う。


「あとこれは小説やら何やらで色々ダンジョンを見てきた俺の感想だけど……このダンジョンなんか妙なんだよな」

『妙って何が?』

「普通ダンジョンって製作者の意図っていうか癖が出るんだよ。例えば何かを護るためのダンジョンなら、どうやって護るかのコンセプトがある。モンスターを山のように配置するとか、罠を大量に張って地道に侵入者の力を削ぐとかな。俺の見立てだとこのダンジョンのコンセプトは……だな」

『どういう事?』


 アンリエッタが首を傾げる仕草は中々に愛らしい。見た目がちびっ子だから微笑ましいというべきか。


「まずここはスケルトンばかりだろ? スケルトンは倒しても旨味が無いから大抵皆スルーする。それにこのダンジョンの構造は全体的に真っ暗で、だだっ広い通路と部屋の単純なもの。こんな所を延々と歩きたがる奴はあまりいない。探索は常に周囲に気を張ってないといけないし、食料や水だって必要だ。だけどここではまともに補充も出来ない」

『……よく分からないけど、つまり冒険者にとって嫌なダンジョンってこと?』

「簡単に言えばそういう事。普通に入りたくない。その為にモンスターを骨系に限定しているとしたら筋金入りだよ」


 とにかく広くてどこまで続くか分からないダンジョンを、途中資源もなくただただ食料と水を消費していく探索行。補充する当てもなく、強くはないが敢えてカタカタ音を立ててやってくるスケルトンを警戒していくことで徐々に体力を奪われる。罠がほとんどないのが唯一の救いだ。


「……なあアンリエッタ? 昨日ジューネが、って言ってたんだが、この世界のダンジョンって時間経過で勝手に大きくなるのか?」


 俺は前々からの疑問を試しにぶつけてみると、アンリエッタは少しだけ押し黙る。神様だから何か知っているかと思ったらドンピシャだ。


「別に世界の真理を教えろって訳じゃない。答えられる所だけで良いから答えてくれ」

『……分かったわ。だけどこのことはあんまり言いふらさないでよ』


 アンリエッタはそう前置きをすると、ポツリポツリと話し始めた。


『一応話せる範囲で言うと、ダンジョンの構築はダンジョンマスターが基本的に行うわ。勝手に大きくなるということはまずないわね』


 成程な。マスターが任意で成長させるタイプと。と言ってもそれは外からじゃ分かんないもんな。他の奴から見ればいつの間にか大きくなっていたって感覚なのかもしれない。


「と言っても無制限にモンスターの配置やダンジョンを滅茶苦茶に広げたりは出来ないんだろ?」


 それが出来るならダンジョンはもっと恐れられているだろう。しかし実際は、護衛を一人付けただけの少女商人が乗り込むくらいには何とかなる場所だ。アンリエッタも俺の考えに賛成するように頷く。


『詳しくは話せないけどどちらもエネルギーが必要になる。エネルギーの溜め方は大体察しがついているんじゃない?』

「多分時間経過か……中に生物を誘い込んでエネルギーに変換する。と言った所じゃないか?」


 それならダンジョンにわざわざ宝や何かが置かれている説明がつく。要は店の客引きと同じだ。ダンジョン冒険者が入らなければ儲けがない。かと言って何もない所に入る物好きはいないから商品をおいて人を呼び寄せる。


『ほぼ正解よ。時間経過の場合はあまりエネルギーにならないけど、生物が中に居るだけで少しずつ溜まっていくわ。死亡した場合は更に多いわね。……なんでダンジョンの事はここまで鋭いのかしら?』


 アンリエッタが呆れたように言うが、これくらいはライトノベル好きなら一般教養の範囲だと思う。


「しかしそうなるとますますこのダンジョンは妙だ。ダンジョンがいつからあるのか知らないが、ここは成長の意思が感じられない」


 人が居ないとエネルギーがほとんど増えないのに、コンセプトは入る気を起こさせないもの。時間経過で得るエネルギー量は不明だが、その分はおそらく単純にダンジョンの拡張やモンスターの補充に当てていると考えられる。ただそれではますます人を遠ざける。


「単純に長くここを存続させるのが目的? しかし何の意味が? いや、仮に少しずつエネルギーを溜め込んでいるとすれば……」

『ちょっと!? 一人でぶつぶつ言ってないで説明しなさいよ!』


 おっと。ことダンジョンになるとどうも考察したくなるというか。この時点じゃあ推測に推測を重ねるだけか。


「ごめんごめん。どうにもダンジョンの話になると夢中になって。……残り通信時間はどのくらいだ?」

『あと一分もないわよ。ここまで喋り倒されたんじゃ三分なんてあっという間ね』


 もうそれだけか。他に何か話しておく事は……そうだ!


「ところで不思議なんだけど、ジューネのリュックサックは見た目より明らかに物が多く入るよな。前エプリはダンジョン内ではスキルのアイテムボックスが使えないって言っていたけど、これはどういう事か分かるか? 本人に直接聞いた方が早そうだけどこういうのは第三者からも聞いときたいしな」


 俺の能力もダンジョン内で使えるし、そういう例外的な何かなのかもしれない。


『それはリュックサックが特別なだけ。細かくは直接見てみないと分からないけど、空属性とは別の何かの能力が働いているわね』

「加護みたいなものか?」

『さあね。それよりそろそろ時間よ。連絡はまた明日の同じ時間に。それと……無茶しないように。生きて脱出してジャンジャン稼いでもらうからね』


 アンリエッタの映像が消える。やっぱりそっちの方が善人じゃないか。ケースを戻して音を立てないように周りを確認。……誰も起きてないよな? 耳を澄ませてみても、規則的な寝息が聞こえてくるので大丈夫そうだ。





「まだ時間は……結構あるな」


 腕時計を確認すると交代まで一時間はある。よし。今の内に気になっていることをやっておくか。俺はジューネから買い取った古ぼけた箱を取り出した。


 さてさて、中に何が入っているか調べてみようじゃないの。こっちには貯金箱と言う頼もしい味方が居るんだぞ! 俺は今、開かない箱に戦いを挑む。


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