「いらっしゃいませ! どのような物をお探しで?」
そんなこんなでジューネの営業スマイルに見つめられながら品物を見せてもらうのだが、俺には品物の相場が分からない。査定する訳にもいかず、少し話し合って商談はエプリにお任せとなった。
「……水と食料をさしあたって
ダンジョンに入ってからここに来るまでアシュさん達は二日かかったという。エプリの能力があればもう少し早く行けるとは思うが、余裕を持って三日分だ。
ちなみにゴリラ凶魔の男を連れて行くことをエプリは「雇い主が助けると言った以上、その意向に従うわ。ただしアナタの命が最優先。どちらかを選ぶことになったら真っ先に切り捨てるから」と渋々了承してくれた。護衛の難易度を上げてすまない。
「もちろんですとも。ではこちらの品は如何でしょうか?」
ジューネが店の奥から取り出してきたのは、大きめの水筒が三つと何かの肉らしき燻製。初めて見る果物。そして大量の黒パンだった。
「長期保存と腹持ちを優先との事で、足の速い品は除外致しました。持ち運びに関しては別に袋をご用意致します」
「こんな大量の荷物どこにあったんだ?」
「商売上の秘密でございます。お客様」
他の品物と合わせると、リュックサック状態の体積より多い気がするのだが気のせいか? 一応訊ねてみたがニッコリ笑ってはぐらかされた。
エプリは品物をじっくり検分し、改めてジューネに向き直る。
「……値段はどのくらい?」
「お代は……こちらになります」
ジューネは懐から算盤を取り出した。異世界にもあるのか算盤。しばらく玉を弾いてこちらに見えるように台の上に置く。
昔やってたから多少は分かるけどどれどれ。これが一デンだとして……ちょっと高くない?
「相場より大分高めね」
「ダンジョン料金ですので。品質は保証致します」
「品質保証は商人として当然でしょう? ……良いわ。代わりにそこに並ぶ品を一つタダにするくらいの度量は見せなさい」
「…………分かりました。商談成立ですね」
ジューネはしばし考え、笑顔を崩さずそう答えた。それを聞いてエプリはローブから硬貨を取り出す。
「おや? アシュが払うという話では?」
「雇い主からの要望で、いくら何でも大量に奢ってもらう訳にはいかないって。私も借りを作るのは苦手だし自分の分は払うわ。……そこで倒れている男の分だけお願い」
エプリは二人分の値段をジューネに支払う。俺はその間に品物を用意された袋に詰めていく。そのくらいはしないとな。
「確かに受け取りました。それと先ほどの方の服も見繕いましょう。我が商店は衣服も取り扱っておりますので」
「……助かるわ」
商談は終わったが情報収集の場としてもある。そちらはエプリに任せて、こっちは品物を見てみるとするか。
ブラッ〇サンダーとかあったりしないかな? 大好物で牢獄のリュックの中に入ってたのだけど……今頃溶けてないだろうな? そんなことを考えつつも、俺は一つ一つ手に取って眺めてみる。
……う~む。剣や盾は分かるけど、木の板やお札みたいな道具になると使い方もさっぱりだ。置かれている物に一貫性がない。
「何か良さそうなものは……んっ!?」
なんとなく気になる物があった。古ぼけた小さな木製の箱で、一辺が十センチくらいの大きいサイコロみたいな感じだ。だけど箱にしては開ける場所がなく、軽く振ってみると中からカラコロ音がする。
「ああ。そちらをお求めですか?」
客の視線には敏感なようでジューネがこちらに向かってきた。
「これは?」
「はい。こちらは以前偶然手に入れた物なのですが……不明なのですよ」
「不明? 何か分からない物を売っているのか?」
それはちょっと無責任じゃないか? 操作方法を誤ったら周りに被害が出る品じゃないよな?
「お恥ずかしい限りですが。何しろ開け方が分からず、無理やりこじ開けようにも中身を傷つけてしまいかねず。半ばお客様でこれが何か知っている方が居ないかと考えて店先に出しております」
中身が分からない箱か。ビックリ箱とかなら良いが、異世界の箱となると危険度が一気に跳ね上がる。神話に出てくる開けたら災いが飛び出す箱の親戚とかだったりして。……しかしさっきから無性に気になるんだよなぁ。
「……これいくら?」
「そちらは……」
ジューネはまた算盤を弾いてこちらに見せる。……三十デンか。日本円にして三百円。向こうも在庫処分的な扱いなのかもな。これなら買っても良いか。
「よし。買った!」
「お買い上げありがとうございます」
俺はポケットから銅貨を三枚取り出して渡し、代わりに木の箱を受け取る。あとで査定すれば手掛かり位は掴めるだろう。
ちなみにエプリは何か珠のような物を一つただにして貰っていた。一体何だろうな?
買い物も終わり、俺達は焚き火にあたって夕飯を食べていた。時計はもう夜の九時過ぎだ。
途中何度か小休止を挟んではいたが、そろそろちゃんと身体を休めないと。身体は加護で疲れにくくなっていても、疲れがないわけではない。ちなみに夕飯はアシュさんの奢り。一食程度ならありがたくゴチになります。
ヌーボ(触手)の分も貰ったが、コイツの場合食事をあげればあげるほど食べるので止め時が難しい。ヌーボ(触手)を初めて見た時はジューネも警戒していたが、徐々に何もしないと分かったのか、手ずから持っていたクッキーの欠片を食べさせていた。
「この子がいればごみ処理の手間と代金が浮くかも。何とか買い取れないでしょうか?」とか聞こえてきたが……ヌーボ(触手)は恩スライムで売り物じゃないぞ。
警戒役として先に食べ終えたアシュさんは通路脇で座っている。そちらをチラリと見ると、すぐに反応して手を振り返すことから常に周囲を見ているらしい。見かけは自然体なのだが。
「……そう言えば、貴方達は何故こんな所に? このダンジョンは発見されたばかりであまり知られていないはずですが」
食事中ジューネがそう訊ねてきた。今はお客様じゃないから普通の喋り方だ。
しかしクラウンの奴そんな所に跳ばしたのか。もしエプリと一緒じゃなかったら最悪餓死もあり得たな。それにしても、
「え~と。なんて説明すれば良いのか。俺達は……」
全て話すと色々面倒なので、
エプリの事はボカシている。ここで余計なことを言って関係をギクシャクさせたくない。
「成程……それは災難でしたね」
ジューネは俺の説明を聞き、一瞬アシュの方を見てから気の毒そうにそう言った。
「……するとここが何処かも知らずに?」
「そうなんだ。気が付いたらここでそこら中スケルトンだらけ。必死にエプリの能力を頼りに進んできたらさっきの凶魔に襲われたってわけ。……アシュさんがいなかったらヤバかった」
もし来てくれなかったらと思うとゾッとする。多分あのまま俺は重傷。その場合エプリは間違いなく魔石を直接狙う手段に出ていただろう。そうならなくて助かった。
「どうりで軽装備だと思いました。先ほども言いましたが、ここは最近発見されたばかりのダンジョンです。場所は交易都市群の北の外れ。魔族国家デムニス国との間に位置しています」
「デムニス国……」
エプリがそうポツリと呟いた。何か思うことでもあるのだろうか?
デムニス国というのは俺が最初に来たヒュムス国。そこから相当北の交易都市群を越えた先に位置する魔族主導の国らしい。ヒュムス国とはすこぶる仲が悪いとか。
しかし大分遠くまで跳ばされたようだ。イザスタさんとの合流が厳しくなったと俺は内心頭を抱える。
「ここは交易路から少し離れていて、見つかった時にはかなり大きくなっていました。本来調査が済むまでは立ち入り禁止なのですよ。そんな場所に貴方達がいたので私ビックリしちゃいましたよ」
「それはゴメン……って!? よく考えたらジューネ達も潜ってるじゃんっ?」
見つかった時には大きくなっていたという言葉に違和感を感じるが、今はこちらの方が気にかかる。
調査が済むまでってことはこの二人は調査員か? だがそれなら普通こういう場所の調査と言えば、大規模な調査隊を送るものじゃ無いだろうか? それが二人だけと言うのは不自然だ。
「それは簡単。
ジューネは急に立ち上がってそう言った。なんのこっちゃ? いきなり予想外の答えが飛び出してきたので俺の反応が一瞬遅れる。
「我が商店の取り扱う商品には
商人というのが最大限の利益を追求する者だとはなんとなく知っていたけど、ここまで命がけだとは。目をキラキラさせるジューネから無意識に少し後退っていた。商人って怖い。
「ただここはスケルトンばかりで旨味がなく、その上構造が相当広い上に複雑なのですよ。現地で調達できる物で一儲けと考えていたのですが、そこまで上手くいかないようです」
軽くため息を吐くジューネ。確かにスケルトンから獲れる物はどれも安かった。実際はその場で換金出来る訳でもなく、換金出来る所まで運ぶ必要もある。手間を考えると確かにスケルトンは旨味がない。
それにダンジョンが相当広くて複雑というのもマズイ。探索に時間が掛かれば掛かるほど、当然食料等の日用品を消費する。
補充しようにも出てくるのがスケルトンばかりではそれも無理。何せ最初から骨しかない。
「これ以上ここに居ても収穫は少なそうですし、ここまでの道のりだけでも情報としては悪くはないでしょう。という訳で私達は明日引き上げを開始します。貴方達はどうしますか?」
「この人が起きるのを待って出発するよ。流石に眠っているヒトを連れて行くのは厳しいからな」
俺も早く出発したいが、背負っていくには体格が少し……ほんの少しだけ俺の方が小さいから難しい。担架もない以上、起きて自分で歩いてもらうのが一番だ。
問題はその間、男の人の傍に居なきゃいけないんだよな。護衛的な意味で。ヌーボ(触手)も俺達が起きるまではこんな感じだったんだろうか?
「そうですか……貴女も同意見で?」
よいしょと座りなおしたジューネはエプリにも訊ねる。……考えてみれば、エプリはこのまま二人と行った方が確実に早く脱出出来るよな。俺はエプリの答えを少しドキドキしながら待つ。
「……私は一度受けた仕事は最後まで果たす。だから雇い主が待つのなら私も待つ。……彼を無事脱出させるまでが私の仕事だから」
うおっ!! 予想以上にプロ根性の入った返答がきた。
「なら一度契約を解除するか? その方が早く脱出できるぞ。……アイツと合流するんだろ?」
エプリがクラウンと合流するっていうのはなんか嫌だが、向こうがするって言うんだから仕方がない。傭兵として色々あるのだろう。そう言った直後。
「“
「あだっ!?」
額にエプリの風弾が直撃して悶絶する。前に受けたものより弱めだが、それでもやっぱり痛いは痛い。後ろに転がる俺に対し、エプリは冷ややかな口調で言う。
「バカにしないでくれる。アナタを置いていったら傭兵としての沽券に関わるわ。契約を解除しようものなら無理やり引っ張ってでも脱出させるわよ」
気のせいか怒っているみたいだ。だが理由はどうあれ一緒に残ってくれるのは素直に嬉しい。
「ふぅむ。お二人とも残ると。……仕方ありませんね。残念ですが、明日別れるとしましょう。留まる経費も馬鹿になりませんからね」
ジューネは言葉通り残念そうに、しかし商人として割り切って宣言した。まあ都合があるだろうしな。仕方ないかと思ったその時、
「……ねぇ。取引しない? 互いに得になるように」
急にエプリがジューネに対して切り出した。フードに隠されながらも、焚き火に照らされたエプリの口元は不敵に笑っていた。