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話し合いと予想外の遭遇

「何だよ? そんなにじろじろ見られると食べにくいんだけど?」

「……アナタ。それは何の加護かスキル?」


 加護? 貯金箱のことは見てただろうし、そんな驚くことでもなさそうだけど。とは言え女神から貰ったとは言いづらいし、嘘を言うのも心苦しい。ここは空属性《みたいなもの》ってことで誤魔化そう。


「何ってその……空属性……みたいなもの」

「……へぇ。使


 そうなのっ!? つまり俺は使えない筈の物を平然と使っている変な奴じゃないか。そりゃあエプリだって見るよ。


「誤魔化さないで。こちらも雇われた以上全力で仕事をする。その為には雇い主に何が出来て何が出来ないのか、ある程度知る必要があるの」


 エプリの眼は真剣だった。騙そうというのではなく、純粋に脱出の可能性を上げるために尋ねていた。


「……そうだな。考えてみれば俺が異世界から来たって知ってるし、この状況じゃ隠し立てに意味はないよな。……話すよ。俺の能力は……」


 俺は“万物換金”と“適性昇華”について説明した。もっとも“適性昇華”は推察に過ぎないし、アンリエッタのことも伏せなくてはならないからかなり端折ったが。実際にそれぞれ使ってみせることで、エプリも少しは納得してくれたようだった。


「“万物換金”と“適性昇華”……ね。どちらもかなり使えそう。特に“万物換金”の方はダンジョンと相性が良いわ」

「なんでだ?」

「スキルのアイテムボックスも使えないから、ダンジョンに入る際は少なくとも十日分の準備をしておくのが基本よ。だけど荷物が嵩張る上に、ダンジョン内で見つけた宝や素材も持たなきゃならない。専用の荷運び、ポーターを雇うことも多いけど、その分取り分が減るしトラブルの元にもなる。だけど“万物換金”なら」


 エプリの言葉に、額に手を当てて少し考える。“万物換金”だからこそ解決する問題……そうか!


「この加護なら荷物は嵩張らないし、宝や素材もその場で換金すれば良い。ポーターを雇う必要もないってことか」

「そう。多少金がかかるらしいけど、それ以外の問題は解決するわ。今回は脱出優先なのであまり使わないけれどね」


 おう! 扱いづらかった能力も遂に役立つ時が来たのか。今にして思えば、普通に活躍したのはイザスタさんの私物を換金した時ぐらいだった。


 それ以外は貯金箱でぶっ叩いたり、咄嗟にクッションを出して壁に叩きつけられるのを防いだりと普通じゃない活躍の仕方だったからな。


「“適性昇華”の方は単純に手札が増えたと考えれば悪くはないわ。使えるというだけで大分違うもの」


 なんだろう? 散々酷い目にあわされたけど、今になってエプリの評価が爆上がりしている気がする。これは一時的とはいえ味方になったからだろうか? なんだかんだ雇い主のことを気にかけてくれるし。仕事ぶりも申し分ない。


「……何? その目は?」

「いや。エプリって良い奴だなって思っただけだ。加護の手ほどきもしてくれたし」


 知らず知らずに彼女を見つめていたらしい。先ほどとは立場が逆になっている。


「……言ったでしょう。私は仕事の為に必要だから聞いただけ。どうせここを出るまでの関係よ。……話は終わり。もう少ししたら出発するから、口を閉じて身体を休めておくことを勧めるわ」


 エプリは壁によりかかったまま目を閉じる。そうやって人を心配する所が良い奴だと思うんだけどな。俺はまたヌーボ(触手)にと一緒にパンを齧り始めた。そして、ふと考えてしまうのだ。


 このエプリが、何故クラウンと一緒にあんなバカなことをやったのかと。





「……マズイわね」


 それは再びダンジョンを進み始めてしばらくのことだった。時間は午後八時頃。もう少しで階段という時に、周囲の様子を探っていたエプリが顔色を変えたのだ。


「どうした?」

「……この先の部屋にスケルトンが少なくとも五体。それと一体動きの速い……多分ボーンビースト」

「多いな。これまでみたいに避けては通れないか?」


 少なくとも六体以上居るなら出来れば避けたい。だがエプリは静かに首を横に振る。


「……ここを避けると階段まで相当遠回り。それに奴らは部屋から移動する気配がない。これはようね」

「つまり、これがもし俺達の待ち伏せだったら」

「迂回中に待ち伏せの場所を変えられたら意味がない。ただその対象が階段から降りてくる誰かの可能性もある。……このまま進むか迂回するか。アナタはどう思う?」


 そこで俺にふるの? 俺は戦術家でもないただの高校生なんだけど。……しかしどうしたもんか。


「ちなみに真正面から突破できそうか?」

「人数や装備にもよるから一概には言えないけど……アナタを守りながらでもおそらく。ただし無傷かどうかはアナタ次第ね」


 自衛しろってことか。そう言えばスケルトンとはまだ戦ったことないんだよな。ああ見えて実は滅茶苦茶強いということはないだろうな。


「……スケルトンって強さで言ったらどのくらいなんだ?」

「そうね。……速さなら牢にいた鼠凶魔の方が上。力もそこまで凄いってことはないわ。厄介な点は、数の多さと暗闇でも関係がないこと。だから明かりを絶やさないように。こちらだけ暗闇で見えないということを避けるために必ず光源を用意しておくことね」


 鼠凶魔より弱いならいけるか。あとは、


「ボーンビーストの方はどうだ?」

「こちらは鼠凶魔よりもスピードもパワーも上。一体でスケルトン数体分と思った方が良いわ」


 つまり待ち伏せはスケルトン十体近くの戦力ということになる。こっちの戦力は俺とエプリとヌーボ(触手)。俺は鼠凶魔の一、二体なら何とか戦えたし、ヌーボ(触手)は言わずもがな。エプリも数体くらいなら物の数ではないとか言っていたから、数字の上では引けはとらないということになる。


「……よし。このまま突破しよう。迂回で時間をかけても食料と体力がなくなっていくだけだ。なら行ける時に行った方が良い」

「私も同意見よ。……作戦を立てましょうか」


 俺達は移動しながら対スケルトン用の作戦を立て始めた。





「……準備は良い?」

「ばっちりだ」


 待ち伏せが陣取っている部屋の手前。ギリギリ中から察知されない通路の曲がり角で、俺達は作戦の最終確認をする。


「まず私が入って“強風ハイウィンド”を使い敵の動きを止める。部屋全体にかけ続けるのは大体十秒が限界だから、アナタは動きの止まった相手から順に銭投げで仕留めて。……出来ればボーンビーストが優先だけど、位置取りの関係もあるから出来ればで良いわ」

「それで十秒経ったら通路に引っ込み、追ってくる奴を一体ずつ倒していくと。広い部屋でそのまま大人数相手は不利だもんな」

「そう。入口には“風壁ウィンドウォール”をギリギリ通れる強度で張って一度に来る数を減らす。幸い二人とも遠距離攻撃が出来るし、近づかれたらスライムの出番よ」


 そこで俺は身体に巻き付くヌーボ(触手)を見る。俺達の話をしっかり聞いているらしく、会話の中でうんうんと頷くように動いていた。


「……では私が五数えたら突入する。アナタは更に三秒後。“強風”が切れる時に合図するから、それまでになるべく倒して。……行くわよ」


 そうしてエプリはカウントを始める。一、二、三、四、五っ!


 数えるのと同時に彼女は一人部屋に突入した。俺もカウントを開始。三秒待って突入だ。一、二……。


「作戦中止っ!! 入ってこないでっ!!」


 三をカウントする直前、先に入っていたエプリが鋭く叫んだ。すると、



「ゴアアアアァッッ」



 突如として凄まじい轟音。いや、咆哮か? しかも生きていないモンスターにはまず出せない、怒りと殺気に満ちたものだった。


 そう。


「……マズイっ!!」


 俺は何かとても嫌な予感がしてエプリの言葉を無視して突入する。


 そこは凄まじい様相を呈していた。周囲に散らばるのはスケルトンの残骸。ヌーボ(触手)がやったように急所を狙って骨をバラすのではなく、こちらは力任せに骨を砕き、圧し折り、握り潰されている。


 どれだけの怪力があればここまで出来るか? 答えは一目瞭然だ。何故なら、それを現在進行形で行っている怪物が目の前にいるのだから。


「ゴガアアアァッ」


 そいつは人型をしていた。しかし人でないことは額から伸びる角を見れば明らかだ。それに普通、


 肩の付け根からそれぞれ一本ずつ第二の腕が伸びている。体長は前戦った鬼に比べればやや小さく二メートルほど。全身が緑の剛毛で覆われ、膨れ上がった筋肉とシルエットからゴリラをイメージさせる。


「……っ! どうして来たっ!? 入ってこないでと言っただろっ!!」


 エプリはその怪物に向き合いながら叫ぶ。どうやら興奮してるらしくまた口調が変わっている。


「何か嫌な予感がしてな。だけど来なかった方が良かったかも」


 ヌーボ(触手)も巻き付いたまま臨戦態勢をとっている。明らかにアレはヤバい。


「……ガウッ!」


 まだ無事だったボーンビーストが、壁を蹴って怪物に飛びかかった。俺達よりもあの四本腕のゴリラを敵として認識しているようだ。


 右肩に食らいつくが、筋肉とそれを覆う剛毛が予想以上に堅くダメージにはなっていない。そうしている内に左の第一、第二腕にがっしり掴まれて引き剥がされる。


「ゴ、ゴアアアッ」


 そのままゴリラはそれぞれの腕でボーンビーストの前脚と後脚を掴むと、勢いよく胴体から引き千切る。胴体のみになって落ちたボーンビーストに、トドメとばかりに四本の腕を重ねてアームハンマーを叩きつけた。


 巻きあがる粉塵。床には直撃した所から放射状にヒビが入り、衝撃で一瞬周囲に地響きが走る。腕を持ち上げたあとに残るのは、粉々に破砕されたボーンビーストの残骸のみ。


「……今からでも逃げられないかね? あんなのとは戦いたくないんだけど」

「無理だな。アレは意外に俊敏だ。普通に逃げても追いつかれる可能性が高い。私だけなら兎も角」


 俺が足手まといってことか。……かと言ってあんな四本腕ゴリラと戦うなんて冗談じゃないぞ。


「ゴアッ。ゴガアアア」


 アイツ完全にこっちをロックオンしやがった。……って、アレっ!?


 ゴリラの胸元に光る魔石が見える。牢で見覚えのある禍々しい輝き。もしやあれも元人間か?


「……一つ聞くんだけどさ。あれクラウンの仕込みだったりする?」

「……さあ? 私が雇われたのは最近だから、その前のことまでは知らない。私もヒトを凶魔化させることはあそこで初めて知ったからな」


 もし牢の鬼と同じなら、魔石を取っ払えば戻せるかもしれない。戻せなくても倒すことは出来る筈だ。狙う価値はあるな。


「……来るぞ!」

「ゴガアアアッ」


 エプリの警告と同時に向かってくるゴリラ凶魔。


 こうして俺達は、頼りになるイザスタさんもディラン看守もいない状態で、鬼退治ならぬゴリラ退治をすることになったのだ。……どうしてこうなった?


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