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短い間の協力者

「それでこれからどうする? 戦うのは勘弁な。女の子を殴る趣味も殴られる趣味もないから」


 ひとしきり転げ回ったあと、今までの醜態をなかったことにするかの如くビシッと立ち上がってそういった。……手遅れ? あっそう。


「……一応聞いておくけど、そこで眠っているスライムがスケルトン達を倒したって本当? 私達を庇いながら?」

「ああ。直接は見てないけど、周囲に散乱した骨から俺を守るように絡みついていた。そうでもないと気を失っていたのに俺達が無事だったのに説明がつかないだろう?」

「ではその骨はどうしたの? 私が目を覚ました時には見当たらなかったけど?」

「それなら置いといたら邪魔になるから俺が預かっているよ。ほらっ!」


 俺は貯金箱を操作して、スケルトンの骨を数本とダンジョン用の核を出してみせる。手数料を取られるが仕方がない。まあクラウンも勘違いしてたし、これも空属性の一種って誤魔化せるだろう。きっと。


 エプリはそれを見ると何故か驚いたようだった。フードの下で一瞬息を吞み、しかしすぐに落ち着くと骨や核を手に取ってしげしげと検分する。


「…………確かに本物のようね。……良いわ。一応そのスライムがやったと信じましょう。それを踏まえてだけど…… ここを出るまでの間」


 それは、イザスタさんの時と同じく一つの大きな分岐点。この選択は確実にこれからに大きく影響する。また不意にそんな気がした。





「雇うって随分急だな。さっきまで俺を殺すだの色々言ってなかったっけ?」

「……気が変わっただけ。それに、私を雇うのはアナタにもメリットがある話よ」


 エプリは軽く腕を組んで壁にもたれかかりながら言った。


「まず私の目的は、早くダンジョンから出てクラウンと合流すること。アナタもダンジョンから出るまでは目的は同じ。そうでしょう?」


 俺はうんうんと頷いてみせる。俺も早くダンジョンから出てイザスタさんと合流しないとな。


「ここが閉ざされた場所でない限り、必ず風の流れがある。例えダンジョンであってもね。私ならその風を読んで外までの最短距離を見つけることが出来るわ。……アナタはただ私についてくればいい。それが一番早くここから出る道よ」


 なるほど。風が読めるのなら、それを辿っていけば入口なり出口なりにはすぐ辿り着けるか。しかし、


「一つ聞きたいんだけど、なら自分一人だけで行ってもいいんじゃないか? 何でまた俺を誘うんだ?」

「……この技には一つ問題があって、読んでいる間無防備になるの。普段ならスケルトン数体なら物の数ではないし、アナタを護衛することも問題ないのだけどね。その間アナタ、正確にはアナタと一緒にいるウォールスライムに私の護衛を頼みたいの」


 ヌーボ(触手)が目当てかいっ! ……まあ分かるけどな。あんなに小さくなったのにこの強さだ。


「……一応アナタも荷物持ちとしては期待しているから」


 俺の顔色を見て察したのか、エプリがフォローのような役割を追加してくる。……荷物持ちか。確かに『万物換金』なら収容スペース代わりにできるけど、しかしあれ金がかかるんだよなあ。


「私からの提案は以上よ。断るんだったらここで別れるわ。アナタを仕留めるのは……そこのスライムと戦うのは面倒だからやめておく。……それで返事は?」


 さて、どうしようか。最短ルートで行けるならそれに越したことはない。それにエプリの戦闘力は相当頼りになる。なんせ散々戦った俺が言うのだ。まず間違いない。


 問題なのは、彼女はと言ったことだ。


 おそらくここから出たらクラウンがお得意の空属性で迎えに来るということなのだろう。それなら牢獄内でエプリが殿を務めたのも多少納得がいく。仮に捕まっても、牢の中にも跳べるクラウンが居ればすぐに脱出できるからな。


 それでクラウンが合流したらどうなるか? ……うん。ロクなことにならない。イザスタさんも居ないのに戦ったらほぼ詰みだ。


 かと言って俺とヌーボ(触手)の二人旅というのも出来れば避けたい。ダンジョンの特性はまだ不明だし、アンリエッタに聞こうにも丸一日連絡はとれない。それに普段ならじっくり調べて回りたいが、何の道具もなしに彷徨うのは辛い。せめて俺の荷物があれば。


「……やはり私のことは信用できないか。当然ね。今の今まで敵だったのだもの。我ながらバカな提案をしたものね。……今のことは忘れて」


 答えない俺を見てエプリはそう言うと、踵を返して部屋の通路に向かって歩き出した。


 ……俺は何をやっているんだ。エプリは一人で行くつもりだ。エプリは確かに風の流れを読んで最短距離を行けるのかもしれない。だけど本人が言ったじゃないか。風を読む間無防備になるって。


 普通なら慎重に少しずつ探っていく。だけど今の彼女は急いでクラウンと合流しようとどこか焦っている。このままだと襲撃のリスクを承知の上で一人でも最短距離を探そうとするだろう。なら、


「まっ、待ってくれっ!」


 そう考えたら急に声が出た。自分でもビックリするくらいの大きな声だ。その声を聞いて、部屋を出ようとしていたエプリも足を止めて振り向く。


「……俺も一緒に行く。だけどとしてだ。仲間なら互いを護衛しあってもおかしくないだろ?」


 俺はそう言って手を差し出した。エプリはその手を怪訝そうな態度で見つめる。


「……この手は? まさか雇われる側に対価を求めるつもり?」

「違うって! これは握手って言って、挨拶とかこれからよろしくって意味のものだよ。互いに手を握り合うんだ」

「……良いでしょう。一応は雇い主になるのだから顔を立てるとしましょうか」


 エプリはそう言うと、俺の手をギュッと自分の手で握り返した。その手はほっそりとしていて暖かく、見た目と同じく戦いを生業にするとはとても思えないものだった。


「短い時間だけどこれからよろしく。荷物持ち兼雇い主様」

「ああ。ヨロシクだ」


 こうして、俺達は一時的だがちょっとややこしい関係になった。この選択がどう転ぶかは、今の俺にはまだ分からなかった。





「……ちなみに報酬の件だけど、まず前金で一万デンを頂くわ」

「相場が分からないのでお手柔らかに頼む」


 ああ。また金が減っていく。いつになったら貯まるのやら。





 ひとまずだが、エプリに支払う報酬はまず前金で千デン。そしてダンジョンを脱出したあと、ダンジョン内で手に入れた金になりそうな物を売却した利益の二割ということで決着がついた。


 前金一万デンは冗談だと言っていたが、払えるようであればそのままぶんどっていた気がする。あと報酬を固定額にしないのは、俺がそこまで金を持っていなさそうだかららしい。……間違いではないが釈然としない。


 さて、そうしてエプリと共にダンジョン脱出を目指すのだが。


「前方しばらく行くと分かれ道。最短は右だけど……おそらくスケルトンが二、三体途中にいる。真っすぐだと遠回りだけど、近くに動くモノのない部屋があるわ。どちらに行く?」

「戦闘は避けよう。真っすぐだ」

「……了解。先行するわ」


 このようにエプリの先導によって敵を避けつつ進んでいた。エプリの探知能力は高く、多少の時間が必要なものの周囲の通路や部屋の大まかな構造、更には動くモノの有無などまで高い精度で把握できた。


「……ここは安全そうね。一度休憩にしましょう」

「そうだな。一休みするか」


 部屋に誰もいないことを確認して中に入る。相変わらず明かりらしい明かりもなく、手に持ったなんちゃって松明二本目と、エプリの周りに飛ばしている光球だけが唯一の光源だ。


 現在時間は午後四時。何だかんだで二時間は動き続けた。俺は加護のおかげかあまり疲れていないが、エプリは探知と斥候の両方をやっているから負担も大きい。少し休ませた方が良いだろう。


「……ここまでは順調ね」


 エプリは壁に背を預けて軽く息を吐いた。よく見れば額に汗が浮き出ている。俺は松明を石で固定すると、ハンカチをエプリに差し出した。ここに来る前から持っていたが、意外にこれまで使う機会がなかった。だから遠慮なく使えるはずだ。


「……やけに良い布地ね。ありがとう」

「いや、礼を言うのはこっちの方だ」


 汗を拭うエプリに対し頭を下げる。実際彼女が居なければ、ここまで来るのにもっと苦労していたと思う。エプリには本当に世話になっている。


「別に。雇われた以上全力を尽くすことにしているだけ」


 エプリはぶっきらぼうに言うが、本当に助かっているのだから頭を下げるのは当然だと思う。


 ちなみにヌーボ(触手)は俺の身体に再び巻き付いている。目覚めた直後はエプリを見て臨戦態勢になったが、俺の話を聞いて落ち着いている。


「この階層の出口だと思われる場所は探知した限りでは二つ。おそらく上り用と下り用階段ね。……片方から風が吹き込んでくるから、ひとまずはそちらに向かっている」


 エプリは懐から水筒を出して口をつけながら言う。休みながら説明しようというらしい。


「階段までまだ大分かかるわ。途中スケルトンなどの邪魔が入るだろうし、階段の先が即出口とは限らないからどうしてもどこかで一泊する必要がある。……アナタ野宿の用意は?」

「それが牢獄に置きっぱなしだ。食料も後で補充するつもりだったから数日分しかない」


 ちなみに牢を出所しようとした朝。『勇者』お披露目の祭りのために囚人も朝から食べ放題ということだったので、何度もお代わりして保存食になりそうなパンや水を換金していたりする。それを出せば数日、少しずつ食べれば一週間は保つだろう。


「私も大差ないわ。……元々こちらもすぐに撤退するつもりだったから食料は非常食だけ。急いでここを脱出しないと動けなくなるわ」


 確かに。ここまで見かけたのはスケルトンばかり。野生の獣なら何とか倒して食べるということも出来るが、骨では食べる部分がない。明かりと言いこれと言いこのダンジョンは地味に厄介だ。


「そう言えば、エプリは何でまたクラウンと一緒に? 雇われたって言ってたけど?」

「……私が雇い主の情報をペラペラ喋るとでも? そんなことをしていたら評判に関わるわ。それより今の内に食事を摂っておきなさい。まだ先は長いから」


 気になって聞いてみたがバッサリ切られた。傭兵として秘密厳守というのは良いことだが、出来れば今はペラペラ喋ってほしかった。


 エプリはまた懐から何かを取り出すと、そのまま口に放り込んで食べ始める。俺も食うか。


 貯金箱でパンと水を取り出すと、少しヌーボ(触手)に渡して残りを自分で食べ始める。ヌーボ(触手)は身体が小さくなった分、食べる量も少しで良いようで助かった。




 …………何故かエプリがこちらを見てくる。そんなにおかしかっただろうか?


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