お待たせしました。第二章開幕です。
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ブブー。ブブー。
胸元から定期的な振動を感じて俺は目を覚ます。……ってここ何処!? 寝ぼけ眼で見回すが真っ暗だ。目が慣れてくるのを待つ間にこれまでのことを思い返す。
確かこれから出所って時に鼠軍団が出てきて、その発生源をイザスタさんと探しに行ったんだよな。それでやっと発生源を見つけたと思ったら変な黒フード達が居て……。
そして自分が空中の穴に吸い込まれた所まで思い出してハッとする。もう一人エプリって奴も居たはずだ。あいつはどこに行った!?
慌てて周りを手探りする中、不意に手に暖かく柔らかい感触があった。僅かだが規則的に動いていて生きていることが分かる。良かった。だけどこの暗闇で離れるとマズいので手を触れたままにしておく。
ブブー。ブブー。
おっと忘れていた。胸ポケットを探ると、震えていたのはアンリエッタの通信用ケース。これは向こうからも連絡できたらしいな。早速通話状態に。
『や~っと通じたわね。十秒以内に出なさいよまったく。それに何? アナタは毎回変な所に跳ばされる体質なの? ディーは喜ぶかもしれないけど、こっちはたまったもんじゃないっての!!』
通話が始まるなりお小言と愚痴が機関銃の如く飛んできた。こういう時下手に反論するのは下中の下策。これは“相棒”や陽菜に謝り慣れている俺でなくとも一般常識だと思う。
『まだまだ言いたいことはあるけど、時間がないからここまでにしといてあげる。こっちから連絡した場合の時間は十分間。その代わり一度使ったら丸一日使えなくなるの』
「了解。では手早くいこう。ここは何処で、俺はどのくらい寝ていた?」
まずは状況確認。こうあちこち跳ばされる身としては、場所は常に把握していないと危ない。それとどれだけ寝ていたかも重要だ。
『まず居場所だけど、変な術式で跳ばされたから詳しくは分からない。ただ周囲の魔素から考えて、そこは何処かのダンジョンの可能性が高いわね。あと跳ばされてから一日くらい経っているわ』
つまり今は異世界生活七日目の昼頃……って、ちょっと待て!? 今ダンジョンって言った!?
ダンジョン。それはロマンである。侵入者を試すための様々な罠。そこに住まう原生生物。命がけの試行錯誤の末に到達する最深部に安置されるのは、製作者がそうまでしても守りたいと思うもの。知恵と力と運を総動員して挑んだ先に有る物は一体何か? あぁダンジョン。何て良い響き!!
『……っと! ちょっと聞いてる!? 何よアナタ!? ダンジョンって聞くなり気持ち悪い笑みを浮かべちゃって。そんなに好きなの?』
「大好きだとも!! ダンジョンの話なら知らない人相手でも五、六時間語り続けられる自信がある」
『……一応分かってはいたけどここまでとはね。まあ宝探しが好きなのはこちらとしても助かるからいいけど……そろそろ他の話に移っていい?』
おっと。ついダンジョンと聞いて熱が入ってしまった。異世界のダンジョンなんて聞くだけでもうっ!
『本来ダンジョンの中から外、又は外から中へ意図的にゲートを開くことは難しいのだけど、今回は目的地を設定しないゲートだったから偶然跳んでしまったみたい。だからそこからは自力で脱出する必要があるわ。あぁ。ワタシの加護は例外よ。そこからでも使えるから安心して稼ぎなさいね!』
「ここでも『万物換金』は使用可能と……待てよ? アンリエッタ。ここってモンスターとか居るか?」
『おそらく居るでしょうね。種類は不明だけど、何か遠くに動くモノがいるのは感知できたわ』
……おかしい。モンスターが丸一日眠っていた俺達に気づかないなんてあるか? 短時間ならまだ分かるが、しかしそうではないとするとあと考えられるのは……。
嫌な予感がして、ケースはそのまま貯金箱を取り出して辺りを照らす。すると今まで見えなかったものが見えてきた。
まずエプリ。どうやら気を失っているようだった。ちなみに俺がエプリのどこに触れていたかは彼女の名誉のために伏せておく。……柔らかかったとだけ言っておこう。そして、
「何だこれ……骨!?」
出来れば見たくなかった。俺達を囲むように大量の骨が散乱していたのだ。何の骨か分からないが、人の頭蓋骨のような物と明らかに人ではない頭蓋骨が混じっている。
一瞬これが有名なスケルトンかと立ち上がって身構えたが、骨は散乱したままピクリとも動かない。考えてみれば、動くのならもう襲われているか。スケルトンなら暗闇も関係なさそうだしな。
骨は皆身体の中央に砕けたりひび割れたりした黒っぽい石がある。魔石のようだけど何か違うな。
「こいつらの心臓か? それにしちゃ全部ボロボロだ。これが壊れたから動かなくなったってことか?」
しかし都合良く全員の心臓が壊れるなんてことがあり得るだろうか? 答えは否。つまり誰かがやったってことだ。俺は気を失っていたし、エプリも多分違う。
……分かっている。立ち上がった瞬間に気づいた。これを出来るのはもう一人。いや、もう一体しか居ないってことを。
それは辛い現実を一つ認めることになる。だけど確認しなくてはならない。見て見ぬふりをするわけにはいかないのだから。
「…………お前が守ってくれたんだな。ヌーボ」
ゲートに吸い込まれる直前に身体に巻き付いていた触手。立ち上がった時の違和感で分かったよ。
本体の七、八分の一しかない小さな身体で俺を守るように絡みついていたコイツは、やっと起きたの? とでも言うかのように一度身体を軽く持ち上げ……そのままずるりと零れ落ちた。
「…………ありがとな。助けてくれて」
俺は命の恩スライムを抱えてポツリと呟き、いつの間にか眼から涙が溢れだしていた。俺がこの世界に来て、初めての……涙だった。
『一応言っておくけど、その子休んでいるだけでまだ生きてるわよ』
「それもっと早く言えよっ!!」
ケースから聞こえてきた声に顔を真っ赤にしながらツッコミを入れる。すっごい恥ずかしいっ!! 穴があったら入りたい。でも……生きててくれて良かったよ。
アンリエッタが言うには、ヌーボ(触手)は俺が起きるまでずっと戦っていたらしい。なのに気づかず眠っていた自分に腹が立つ。
「起きたらしっかり礼をするとして……これどうしよう?」
ヌーボ(触手)が倒した骨は頭蓋骨の数から見て多分五体。四つは人型だが一つは何だか獣っぽく、人型は皆粗末な剣や服を身に着けていた。
「換金するにしても、人型の骨を金に換えるのは何というか」
『ふ~ん。意外に信心深いのね? 宝探し好きって言うからもっとガツガツしてると思っていたけど』
宝探し好きだからこそ最低限の敬意が必要なんだよ。まあ“相棒”なら普通に換金するだろうけどな。使える物は何でも使うから。
「ちなみにこの骸骨な方々ってどういう風に生まれるんだ? まるで想像できないんだが。二体スケルトンが居たらミニスケルトンが生まれるって訳でもないだろ?」
『死体とかに死霊が憑りついて動かすのよ。だからこういうのは戦場や墓地で出ることが多いの』
そういうタイプかぁ。考えたら骸骨が何もなく動き出すなんてないもんな。まだ他の幽霊が動かしているという方が納得できる。……幽霊自体会ったことないが。
『でもダンジョンでは心配しなくて良いわ。ダンジョンのモンスターは大半がダンジョンマスターに造られた物。身体の中に黒っぽい石があったでしょう? あれを基にした擬似凶魔みたいなものよ。だからスケルトンも本物じゃないわ』
「なるほど。少し気が楽になった。最悪ダンジョンで死んだ人がゾンビになって襲ってくるかと思った。……しかしダンジョンマスターとはまたロマンだねぇ」
やはりアレか? 自在にダンジョンを組み替えて迫りくる冒険者を迎え撃つ類か? 昔読んだ本では最終的には人間と共存ルートもあったからな。敵でも味方でも実に燃える展開だ。
『だからなんでダンジョンのこととなると意識が明後日の方向に飛んじゃうのよ!? ……これなら換金できる?』
「まあそれならな。うっかり本物が混ざっていないように祈るよ」
俺は覚悟を決めて骨を査定していく。光を当てると名称と値段が表示されるのだが、
スケルトンの骨 一デン
スケルトンの頭蓋骨 十デン
スケルトンのダンジョン
……安い。すこぶる安い。これでは子供の小遣いにしかならない。強いて言えば、ダンジョン用核が傷なしであればもう少し値が上がるのではないかという点か。
ボーンビーストの骨 五デン
ボーンビーストの頭蓋骨 三十デン
ボーンビーストのダンジョン
おっ! 獣っぽい奴はボーンビーストと言うのか。スケルトンに比べたら高いが……でも百三十五デン。日本円にして千三百五十円。命を懸けてまで戦う価値はないな。
「よく小説だとダンジョンで一獲千金とか書かれるけど、少なくともここは違うと思う」
『同感ね。牢獄に次いでこことは、実に金になりそうもない所ばかり行くわね。早くここを出て課題に手をつけてほしいものだわ』
他に使えそうな物と言うと、
銅製の
銅製の
木製の弓と
革製の
布製の
スケルトンの装備の内容がバラバラなのはよく分からないが、本体より値が張るのがなんか悲しい。状態粗悪もついていて、実際どれもボロボロだ。メンテナンス不足だな。他には……あれっ!?
黒鉄のナイフ(麻痺毒付与) 六百デン
クラウンのナイフだ。戦いの中で落としたらしい。割と良いお値段で、本人が言っていた通り麻痺毒が付いている。
「そう言えばこれは換金不可と出ていないな。何でだ?」
『それは簡単よ。元の持ち主はクラウンだけど、紛失した場合次に手に入れた者が所有者になるの。元の持ち主に由来があると話が別だけどね。何かの祝福とか呪いとか』
「よく分からないが、つまり専用装備とかじゃないから持ち主が変更できたってことか?」
『何か違う気がするけど……まあそんな感じで覚えておけば良いわ』
だけどナイフか。奴には酷い目に合わされたから慰謝料代わりに貰っても罰は当たらないか。
他にも牢で使ったクッションや本棚もあったのだが大分痛んでいた。勿体ない。
あと鼠軍団が落とした魔石が十個。吸い込まれなかった物も合わせればもっと有っただろう。これは一つ六十デン。戦いながら拾っていた物と合わせて合計三十二個になる。一体どれだけいたんだ鼠軍団?
査定結果は合計三千二百五十デン。スケルトンの素材と装備は大した額にならなかったが、魔石とナイフにそこそこの値がついた。課題分には全然届かないが、少しずつでも貯めていかないとな。
換金額の内五百デン分を服のあちこちにしまう。適性が金属性と分かった以上、金は
『ふ~ん。まあまあね。でもそれじゃあ一年どころか五、六年かかっても課題は終わりそうにないわよ』
仮に毎日このペースで稼ぎ続けたとしても、とても一年では目標額に間に合わない。それに最初にアンリエッタに言われたように、
『そろそろ通信限界だけどまだ話すことはある? これが終わると丸一日通信は出来ないわよ』
聞きたいことか。急に言われても……いや、
「気になっていたんだけど、課題で稼いだ金って何に使うんだ? 神様も買い物したりするのか?」
『……ワタシ自身はあまり使わないわよ。だけど必要ではあるの』
アンリエッタはそう言って黙ってしまった。あまり聞かれたくないことだったのかもしれない。
「そっか。そっちも必要としているならいい。ただ課題の為だけに集めるよりは良くなった」
『……そろそろ時間ね。じゃあ次は明日の夜中頃に連絡しなさい。……待ってるから』
そこで通信が切れ、俺はケースをしまって貯金箱で再び周りを照らす。今はここから脱出することが第一。宝探しは準備を整えてからじっくりとだ。俺はエプリやヌーボ(触手)が起きるまで、新たに加わった荷物やこれまでの品の整理をすることにした。