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閑話 ある『勇者』の事情 その三

 お披露目の日までの間。召喚された人達にそれぞれ変化があった。


 まず私と同じ戦わないスタンスだった高城康治たかじょうこうじさん。元は会社勤めの中間管理職だったらしく、ここを現実として受け入れることが出来ずにほとんどの時間自室に閉じこもっていた。


 しかし最近、どうやらここを自分に都合の良い夢だと認識したらしい。戦うことに積極的になった。自分の適性で土属性と水属性の腕前も上がり、今では自身の付き人さんと同じくらいにまでなっている。


 ただ最近『勇者』という特権を使ってやりたい放題をしている節がある。当然のように人を使うようになったし、噂だと毎晩自室に女性を連れ込んでいるとか。夢の中なのだから何をしても良いという考えなのかもしれない。


 次に元の世界に帰るために戦うというスタンスだった黒山哲也くろやまてつやさん。前はバイク便をしていたらしいけど、言葉の端々から昔ちょっとヤンチャしていたというイメージがある。今は気の良いお兄さんという感じだ。


 この人はスタンスは変わらないけれど、最近積極的に色んな人と手合わせをしている。強くなること自体が楽しくなってきたらしい。私は戦いには向かないので断っているのだけど、高城さんや明はよく捕まっている。ちなみにこちらは風と火の適性があるという。


 そして明は実力では私達の中で群を抜いていた。魔法適性もなんと土水火風光の五つと破格で、一対一だと誰も敵わない。最近は付き人さんが二、三人がかりで互角という強さになっていた。少し気になって元の世界ではどんな人だったのかを尋ねたら、困った顔をするばかりで話してくれなかった。


 一つだけ分かったのは、明は自宅でネットゲーム中に召喚されたということ。趣味がネット小説といいネットゲームといい、実はインドア派なのかもしれない。


 最後に私だけど……結局まだこの先どうするか分からない。他の人達とも話をするのだけど、全員戦うことに意欲的なので参考にならなかった。明はまだあちこち探っているようだけど、王様が話した以上のことはセキュリティが厳しくてなかなか調べられないという。


 ただ、お披露目の二日前。自分の魔法について資料を探した帰りのこと。偶々いつもとは違う道を通った時、偶然私は途中の一室で付き人さん達の会話を聞いてしまったのだ。


 それによると、付き人さん達は私達に上手く取り入るよう言われているらしい。一番上手くいっているのが高城さんで、これなら少しおだてれば何でもするようになるなんて言って笑っていた。


 対して上手くいっていないのは明と黒山さんで、こちらはあまり効き目がないから別の手を考えるとか。


 そして……私の話題になった。能力は他の人に比べて低く、戦う意思もない。魔法は珍しいものだけど、直接的な戦いには向かず支援特化。これじゃあ取り入る意味もない。私の担当はハズレだ。今からでも他の誰かに代わってもらいたい。



 そう言っていたのは…………エリックさんだった。



 私はすぐに部屋に戻りベッドに潜り込んだ。メイドさん達は体調が悪いといって全員追い払い、灯りも消して真っ暗にする。今はとにかく一人になりたかった。


 思えば最初からおかしかったのだ。エリックさんに会った時に感じた違和感。それは、あの人は。最初に手を差し出した時も、訓練の時に褒めてくれた時も、全てが作り笑いだった。なのに私は気付かなかった。いや、気付いていたけれど見ようとはしなかったのだ。


 目から涙が零れていた。裏切られたというのとは少し違う。最初から向こうはこちらを利用しているだけで、信用していたのは私だけ。私が勝手に信じて、頼って、裏切られたと感じているだけ。


 どうしてあんな話を聞いてしまったんだろう? 聞いてしまったら、もう聞かなかった時みたいにはいかないのに。明日から顔を合わせたらどうすれば良いのだろう? 分からない。……分からないよ。私はそのまま泣き疲れていつの間にか眠りについた。





 翌日、身体の調子が悪いと言って訓練を欠席した。どちらかと言えば悪いのは身体よりも別の何かだと思うけど、今はエリックさんとは顔を合わせたくないのだ。


 その日は一日部屋に籠っていたのだけど、お見舞いに来たのは明と黒山さんの二人だけだった。私は二人に自分の聞いたことを洗いざらい話した。


 二人はあまり驚かなかった。どうやらこんな事じゃないかと既に察していたらしい。明は自分が読んだネット小説の内容から。黒山さんは驚いたことに自分の加護から。


 黒山さんの加護は“心音”と言って、心拍から自分への害意や悪意を察知することが出来るという。ウソ発見器みたいなもんだと言っていたけど、それよりもっと凄いものだと思う。


 私の加護は“増幅”。何かの規模や威力を大きくするもののようだけど、使い方が分からない役立たずの加護だ。明と高城さんの加護は不明。こういうのはむやみに教えてはいけないらしい。


 明はこれからどうするか再び聞いてきた。相手がこちらを利用しようとしているのは分かった。それでも今なら生活の保障はしてくれる。戦わなくても他の『勇者』の不興を買わないために不当な扱いはしないだろう。次のお披露目に参加すればひとまずの義理も立つ。その後は自分で決めなくちゃいけないけれどと。


 黒山さんも無理に戦わなくていいと言ってくれた。戦うのが怖いのは当たり前だ。俺の場合はそれでも帰りたいから戦うことを選んだけど、月村ちゃんはそうじゃねえだろ? 帰りたいけど怖いから戦えないだろ? じゃあ仕方ねえよ。戦えない奴を無理に戦わせてもロクなことにならないからなと。


 優しさと厳しさを併せ持った言葉を掛けてくれる二人に、私はまた涙が溢れそうになった。最近泣き虫になった気がする。そう。もうすぐ訓練も終わる。終わったらいよいよこれからのことを決めなくてはならない。だけどまずは明日のお披露目のことだ。





 お披露目当日。内容は簡単に言うと町中の決められた場所をパレードするというもので、昼過ぎに城を出発して二時間かけてまた城に戻るという地味に大変な仕事だった。


 歩かなくても良いように馬が引っ張るオープンカーのような乗り物まで用意されていて、幸い気温はあまり高くないので日射病になる危険は少なそうだった。


 一つ気になったのは、召喚された人が一か所に集まって一緒に行くのではなく、ある程度の間隔を空けてパレードするという点。その間隔がかなり広い。もちろんそこに護衛やら何やらが入るわけだけど、それにしたって広すぎる気がする。


 それとエリックさんとはまだ顔が合わせづらい。彼は時折話しかけてくるのだけど、また作り笑いを浮かべているんじゃないかと思うと顔を合わせられないのだ。


 これまでは話しかけられたら嬉しかったのに、今は何というか……心が少しささくれているというか。かと言って返事をしないわけにもいかず、少しぎこちない感じになってしまっている。


 いよいよ出発の時。順番は明・黒山さん・高城さん・私の順だ。用意された服を着て、それぞれが城の入口に待機する。


 イメージで言うと、明はまるでおとぎ話の王子様が着るような豪華な服装。黒山さんは格好の良い騎士。高城さんは身分の高い貴族といった感じだ。


 かくいう私はいかにも魔法使いという薄紫のローブに杖。ただし質はとても良いらしく、身体のあちこちに付けた髪留めやブローチ等のアクセサリーがちょっとオシャレだ。


 そうしてお披露目は始まった。私達の通る道の脇には、群衆が私達を一目見ようと集まっている。ある人は手製の旗を振り、ある人はこちらを見て歓声を上げる。その熱狂ぶりはオリンピック選手の凱旋パレードのようなありさまだった。


 私達も歓声に応えて手を大きく振る。それだけのことだけど、それをあと二時間もしなければいけないかと思うと気が重くなる。それがおよそ一時間ほど続き、パレードはいよいよ折り返し地点に差し掛かった頃だった。





 突如として謎の黒フード達が襲撃してきたのだ。どこからと聞かれても、突如空中から現れたとしか言えない。それが急に前の高城さんのグループと私の間に割り込むように出現した。


 あまりに突然だったので、最初は演出か何かだろうかと思ってしまったほど。違うと気付いたのは、彼らの後ろの空間に大きな穴が出現し、凶魔が大量に出現して集まっていた群衆に襲い掛かったのを目の当たりにしたからだ。


 合同授業の時に勉強した凶魔。だけど話を聞くのと見るのでは大違いだった。意思持つ現象。姿も千差万別で、鼠や兎、蛇と言った動物型の姿もあれば、ドロドロしたよく分からない姿のものもいた。共通しているのは、どれも攻撃的で狂暴であるということ。


 凶魔達は見える限りで少なくとも五十体以上。前のグループとは空間に開いた穴で分断され、先に進んでいる明達の方からも悲鳴や何かと戦う音が聞こえるから、向こうも襲われているらしい。周りでは護衛の人が必死になって戦っているけれど、あまりの数の多さに旗色はかなり悪い。


 上がる血飛沫。傷を負って倒れていく人々。凶魔達の咆哮。ただ状況に流されるままで、自分の意思ではほとんど何もしていない。そんな私がこの状況で平静を保っていられる訳はなかった。私はそのまま耳を塞いで座り込んでしまう。そこへ二人の黒フードの男が歩み寄ってきて、そして現在に至る。





「さあ。私達と一緒に来てもらいますよ『勇者』様。我らが悲願の成就のために」


 嫌な感じのする喋り方の黒フードの男がこちらに手を伸ばす。私は怯えてしまって動くことも出来なかった。だけど、


「『勇者』様から離れろっ! “土壁アースウォール”」


 誰かの声が聞こえたかと思うと、黒フードの足元から土がせりあがって二メートル近くの壁になって男の視界を目隠しする。この魔法は!?


「大丈夫でしたか? 『勇者』様」

「エリックさんっ!?」


 エリックさんは護衛の人達と一緒に居たのだが、凶魔が現れたことで戦いになっていたはず。急いで倒して駆けつけて来てくれたのだろうか?


「もう心配いりません。今は一刻も早く安全な場所へ。さあ。こちらに」


 エリックさんはそのままこちらに手を差し出してくる。……何かがおかしい。私はさっきまで凶魔が湧き出ていた穴を見た。すると、


「えっ!? あれは?」


 穴があった場所は、大きな土の壁で仕切られていた。凶魔と戦っていたであろう護衛の人達もまとめて向こう側に。


「これで凶魔達はこちら側に来ることは出来ません。あとはあなたをお連れするだけ」

「でもっ!? あれじゃあ護衛の人達もっ!!」

「はい。


 エリックさんはそこでニッコリと笑う。……違うっ!? この人はエリックさんじゃない! 私は座り込んだまま後ろに後退った。


「……どうしたのですか? そんな怖い顔をして」

「……あなたは誰ですか?」

「誰って、エリックですよ。『勇者』様の付き人の」

「違います。エリックさんはいつも作り笑いしかしません。でもあなたの笑顔は……自然なものでした。護衛の人がこのままだと死んでしまうかもしれないというのに」


 その言葉を聞くとエリックさん、いや、は一度動きを止めた。


「……いやはや。彼が作り笑いしかしないとは情報不足でした。次に化ける時は気を付けますよ」


 そう言うと彼は自分の顔をつるりと撫でた。するとまるでマスクを取ったかのように顔が変わる。エリックさんの顔から知らない顔に。年齢は三十くらいだろうか? 肩まで伸びた白髪に、整っているがどこか冷酷さを憶える顔。その血のように赤い瞳はじっとこちらを見つめている。


「誰なんですか? あなたは?」

「自己紹介が遅れましたね。本名は名乗れませんが、通り名をベイン。無貌のベインと申します。今はしがない雇われ盗賊をおりますが、今回の私の仕事は『勇者』と呼ばれる方を依頼人の所へお届けすること。流石の私もというのは初めてですよ。……さて、では改めまして」


 そこでベインと名乗った人は丁寧に一礼をした。


「『勇者』様。この盗賊めに盗まれてやってはいただけませんか?」


 何処かの大泥棒が言いそうなセリフだけど、私はロマンチックな状況にはなれそうになかった。


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