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閑話 ある『勇者』の事情 その二

 私達の日常は大きく変わった。いや、異世界に連れてこられた時点で変わっているのだけど。


 まずそれぞれ一人専属の付き人がついた。それも全員が美男美女ばかり。一度付き人さん達と顔を合わせる機会があったのだけど、全員どこのアイドルかモデルという人だった。


 能力も優秀で、しばらくこの世界での教師のような立場も兼任してくれるという。仕事もあるので四六時中一緒とはいかないけれど、そんな凄い人達が甲斐甲斐しく世話をしてくれるというのは申し訳なく思った。私は戦いの役には立たないというのに。


 私の付き人はエリックさんという端正な顔の美青年だった。二十歳くらいの魔術師然とした服装で出来る男といった感じの人だ。本来の仕事は城勤めの魔術師らしい。


 最初に顔を合わせた時、どうぞよろしくと笑顔で手を差し出してきたのだけれど、私は何かが引っかかって一瞬悩んだ。しかしすぐに気を取り直してこちらも握手で返す。この時の違和感は後で分かるのだが、その時の私は深く考えることはなかった。


 次に別々の個室が用意された。私達の中で女性は私一人だったので、個室が有るのはとてもありがたかった。他の人に終始気を使うのも使われるのも疲れるから。


 それぞれの部屋には付き人とは別に城仕えのメイドさん達が控えていた。こちらはエリックさんとは違い一日中交代で部屋に控えていて、何か用があればいつでも申し付けてほしいとのことだった。


 私が寝る時は流石に別の部屋に引っ込むらしいけど、偉くなったような待遇にどうにも落ち着かない。


 皆の部屋自体はそれぞれ同じ内装だったのだけど、部屋同士の距離は多少離れていた。何か話があっても少し歩かなければならない距離。そこは少し気にかかったけれど、私は自室が宛がわれたことでほっとしてしまったのだ。





 それからしばらく戦闘訓練と一般常識を勉強する毎日だった。私は戦うことは出来ないけれど、最低限の自衛の為と言われたら断りづらい。それにこの世界のことは知っておいた方が良いと思ったんだ。


 常識の勉強は私達全員で行うのだけど、何故か戦闘訓練は個別だという。理由として、この世界には魔法が存在するけど人によって使える魔法の属性が違う。どうやら私達の属性はほぼバラバラで、一緒に訓練するにしても多少慣れてからということらしい。


 城の一画にある訓練場で、私はエリックさんとマンツーマンで訓練をした。ただ一つ問題があって、以前の略式検査ではなく一日かけて細かく検査した結果、私の魔法適性は“月”属性だと判明した。


 これはどうやら非常に珍しい属性らしく、国中でもほとんどいないそうだ。だから同じ魔法で実演するというのが難しく、城にある古い書物を頼りに自力でやっていくしかない。


 エリックさんは土の適性持ちだけど、魔法を使う際のイメージについてはアドバイスを貰えた。


 書物によれば月属性は幻惑及び癒しを司り、時刻や月の位置、月の満ち欠けによって効果が変動するという。逆に相手を直接攻撃する能力は低いけど、戦わない私にはあまり関係のない話だった。幻惑も身を守るだけなら効果的だ。私との相性は悪くなさそうだった。


 一般常識の授業は連れてこられた全員が参加する。手が空いている付き人の誰かが交代で教えるのだけど内容は様々。国の歴史や人々の暮らしぶり。食事のマナーに危険な魔物の習性など、教わることは多岐に渡った。特に場合によっては戦うだろう魔族に関することは内容が濃かった。


 曰く、魔族は生まれついて魔法の達人が多く、一人でヒト種の兵士数名分の戦力になる。故に戦いになったら女子供でも容赦してはいけない。


 曰く昔はヒュムス国への侵略戦争を頻繁に行っていたが、ここ数十年は停戦状態。最低限の交渉は可能なものの、いつまた攻めてくるか分からない状態だ。そのために『勇者』は抑止力としてあってほしい。といったことだ。


 平和な日本で育った私には戦争や侵略と言われても実感がわかない。しかし、そんな恐ろしい相手とは戦わずに済ませられないかと考えてしまう。


 こうして数日過ごす内、ふと皆で会う頻度が減っているのに気が付いた。顔を合わせるのは合同の一般常識の授業ぐらい。食事は各自で食べることが増えてきたし、授業の復習も大抵は部屋でやる。微妙に部屋同士が離れているので別の部屋に行くことも少ない。


 しかし別に問題はないのかもしれない。魔法の訓練もエリックさんと一緒に順調に進んでいる。初歩の幻惑や癒しの魔法は使えるようになり、筋が良いと笑顔で褒められた。時間帯による魔法の効力の変動についても試している。


 このままならもうすぐ自分の身を守れるだけの力は付くだろう。そうしたら……どうしようか? 望むなら仕事も与えると王様は言ってくれたので、何か適当な仕事でも貰いに行こうか。


 ……だけどエリックさんにはお世話になったし、このまま離れるのも恩知らずという感じもする。だけど初歩の魔法が使えるようになっただけで私に戦いは無理だ。魔族への抑止力にはなれそうにもない。悶々と考えるけど、内容はまとまらず頭の中でぐるぐると回るだけ。





 ある時突然一緒にこの世界に来た人の一人が訪ねてきた。藤野明ふじのあきらという名前で、私より一つ年下の十七歳。少し茶髪の混じった黒髪で、身体はやや線が細いけれど、無駄な贅肉がほとんどなく引き締まっている。


 付き人さん達に負けず劣らずの美少年で、どこか中性的で不思議な感じのする子だった。更に付け加えると、ここでのスタンスでという考えだった。


 初対面の時に自分を呼ぶ時は名前にくんもさんも要らないと言われたので呼び捨ては部屋に入ると部屋にいたメイドさんに用事を言いつけて退席させる。二人だけで話したいことが有るみたいだった。


 明はこう切り出した。と。


 話を聞いてみると、明は趣味でよくネット小説の異世界物を読むのだけど、よく題材にされるのが偉い人の話だけを鵜呑みにしたりちやほやされたりして最後は惨めに破滅する勇者の話だという。


 明はこの世界に来た当初物語の世界みたいだと浮かれていたのだけど、だんだん周りが本当にその小説のようになっていると感じてきたらしい。


 突如として特権階級のような立場になり、皆が自分達をちやほやするあまりに都合の良い環境。このまま流されてはとてもマズイ予感がする。だから自分でも色々と探っているという。無論自分の付き人には内緒で、表向きは城内の探検と言っているらしい。


「ボクは元の世界に戻るつもりはないけど、優衣さんは戻るつもりなんでしょう? それならもう一度考えてみてほしい。自分はこれからどうするか? ただ周囲に流されるんじゃなく、自分の意思で決めなくちゃいけない。……


 明がそう言ったところでメイドさんが用事を済ませて戻ってきた。途端に明は何でもない話に話題を変えて場を和ませる。今まで深刻な話をしていたとは思えない変わり身の早さに内心驚く。そのまま茶飲み話をしばらくした後、明は自室に戻っていった。


 私はこれからどうするべきか? やはり私も戦うことを選べば良いのだろうか? だけど明の言っていたことはそんな単純なことではないような気もする。では戦わないなら何をすれば良いのだろう? 


 一晩中考えても答えは見つからない。だけど、時間は刻々と流れていく。下手の考え休むに似たりと言うけど、私はまさにそんな感じなのだろう。


 気付けばもうすっかり朝になっていた。結局答えは出なかったけれど、この日から少しだけこれからのことを考えていくようになった。





 その日の夜。私達は王の間に再び集められた。何故かそこには人がほとんど居ず、王様と僅かな貴族と兵士だけ。そこで告げられたのは、五日後に『勇者』を大々的に国中に知らしめるお披露目をするということだった。


 このことを知っているのはここにいる者達だけ、それ以外の城の者や国民にはお披露目の前日に知らせるという。そして私達には全員参加してもらうとのこと。お披露目自体は仕方ないと思う。だけどそれを肝心の国民に前日まで知らせないとはどういうことだろうか?


 王様はさらに続けた。曰く『勇者』は戦わずとも象徴として必要であり、お披露目はこの者達が『勇者』だと国民及び周辺国に知らしめる意味もあるという。


 また国民に前日まで知らせないのは、元々『勇者』のことは自衛が出来る強さになるまで出来る限り伏せておく予定だったためと、その頃にはが整っているからだという。


 完全には納得できない理由だったけれどひとまずは頷いておく。だけど、『勇者』というのは周辺国からも注目されるくらいに重要なものなのだろうか?


 周辺国にはもう既に情報を掴んで密偵を送り込んでいる所もある。なのでこれからはなるべく付き人と離れずに行動してほしいという言葉を最後に、私達は王の間を退室した。もちろん付き人の人達も一緒だ。早速ということらしい。





 私達が自室に戻る途中、何故か通路が慌ただしかった。兵士の人達がばたばたと通路を走っていくのだ。明が何があったのかと尋ねると、私達が召喚された部屋に侵入者がいたという。


 あそこの扉には特殊な仕掛けがしてあって、扉を許可なく開閉すると連絡がいくようになっているらしい。さっそく王様の言っていた他の国のスパイだろうか? こんなに早く来るなんて……なんだか怖くなってしまう。


 その後遠目にその侵入者が牢に移送される所を見たのだけど、はっきりとは分からないけどどうやら小柄な少年のようだった。抵抗もしないで連れていかれる様子を見るとあれがスパイだなんて思えないのだけど。異世界はスパイが人材不足なのだろうか?


 そして五日後。遂にお披露目の日がやってきた。


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