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ネズミを蹴散らし突き進め

「……な~んてね!」


 妖しい笑みを浮かべるイザスタさんだったが、すぐに普段のような人好きのする笑顔に戻る。


「そんなに悩むことでもないわ。ただスライムちゃんに開けてもらっただけ。看守でもあるなら、いざという時の為に牢を開けることも出来るでしょう?」


 ちょっと強引な論法の気もするが、そういうものかと一応納得する。実際外には出ている訳だしな。


「……っ!! そうだ。外の様子は?」


 まだ外には二桁を超える角ネズミ達がいたはずだ。何匹かはウォールスライムが押し留めているだろうが、また何匹か来てもおかしくない。だが、遠くで何やら悲鳴や怒号のような声は聞こえるが近くにはいないようだ。


「皆が頑張ってくれたから、この辺りはひとまず安全よ。トキヒサちゃんは怪我はない?」

「何とか。それにしてもあの角ネズミ達は何なんでしょうか? やたら攻撃的で話も通じないし」

「そうねぇ。……話すより見た方が早いわね。トキヒサちゃん。ちょっと後ろを見てもらえる?」


 俺の疑問に対しイザスタさんはそう返してくる。後ろ? 俺は少し警戒しながら振り向いた。


「これは……!?」


 さっきの角ネズミの方を見てみると、身体から光の粒子のようなものが吹き出している。やがて力尽きて動かなくなると、そのまま光の粒子となって消えていった。あとには小さな光る石が落ちている。


「これは凶魔といって姿形は千差万別だけど、真っ赤に充血した眼と身体のどこかにある角。それと異常な程の凶暴性が共通よ。これはもうさっき体験したわよねん?」


 俺は黙って頷く。確かにあの凶暴性は異常なものだった。生物は本能的に自分の命を守る傾向があるけど、それがなく常に捨て身で向かってくる奴は恐ろしいものがある。


「凶魔は生物というより肉体を持った魔力、または現象というのが近いわね。だから傷つけばそこから魔力が漏れるし、肉体を維持できなくなったら消えてしまうわ。核となっている魔石を残してね」


 魔石というのはこの石のことか。一応拾っておく。待てよ? これどっかで見た記憶が……。


「魔石はこの国じゃ燃料としても使われてる、言わば生活の要ね。まぁあまり長く放置すると、場合によっては凶魔に戻ってしまうこともあるから注意が必要だけど」


 なるほど。見覚えがあると思ったらここの照明だ。なんて軽く考えていたが、最後の言葉を聞いてギョッとする。この石をずっと持っていたらまたアレになるの!? というよりここの照明もその内なるんじゃ!?


 俺の考えたことが伝わったのか、イザスタさんは茶目っ気たっぷりに笑いながら首を横に振った。


「魔力が貯まりすぎないように定期的に使えばまず大丈夫よ。それこそ最低一年は放っておくくらいじゃないと。……だからこそこんな所で大量発生なんておかしいのよねん。定期確認もしてるはずだし……まあ調べればはっきりするわね」


 そう言うとイザスタさんは、牢に背を向けて歩き出そうとする。


「ちょ~っとそこまで行って調べてくるわ。どこから出てくるかぐらいは確かめないとね」

「ちょっ!? 待ってくださいよイザスタさん」


 俺は咄嗟にイザスタさんを引き留める。何をふらっと散歩にでも行くかのように歩き出そうとするんだこの人は!?


「なあに? アタシのことなら心配しないでいいわよ。荒事には慣れてるし、お姉さん結構強いのよ。それにここにいればスライムちゃん達が守ってくれるわ」

「いやそうじゃなくて、俺も一緒に行きます。どのみちこの騒動が終わるまで出所できそうにないし、さっきのであの角ネズミ……凶魔のことも少しはわかりました。次は何とか戦えます」


 実際動き自体は見えていたし、相手が捨て身でくるのは驚いたが分かっていればやりようはある。


「どれだけいるか分からないし、今の奴以外の凶魔も出るかも知れないわよ。あんまり沢山いたらお姉さんも周りに気を配れなくなるかも。それでも行くの?」


 心配は当然だ。スペック自体は上がっても、不測の事態はいくらでも起こる。さっきみたいにちょっとした隙を突かれてピンチになることも有り得る話だ。だけど。


「それでも行きます。ただ待っているのは性に合わないし、俺も何故こうなったのか知りたいですから」


 イザスタさんは少し考えて「分かったわ」と苦笑しながら言った。ただし、決して許可なく自分の前に出ないこと。危ないと思ったらすぐに逃げることの二つを約束させられたが。


 これから助けてもらう女性を一人危険地帯にやって、自分だけ隠れてるっていうのはマズイだろ。男としても人としても。


 それにイザスタさんが腕が立つといっても、あれだけの鼠軍団を相手にしたらピンチになるかもしれない。少しでも恩返しが出来ればこれからの関係もより良いものになるはずだ。 そうして俺達は、牢を出て事態の原因究明の為に出発したのだった。





 あわよくばイザスタさんに良い所を見せられるかもしれない。なんて下心があった時期もありました。だが現実は。


「せいっ!」


 飛びかかる鼠凶魔を、イザスタさんはアッパー気味の掌打で迎撃する。そのまま吹き飛ばした鼠凶魔を別の相手にぶつけて陣形を崩し、その隙に別の個体に肘打ちをお見舞い。


 手刀、膝蹴り、拳打。一撃一撃を繰り出すごとに的確に数を減らしていき、遅れて向かってきた一体に華麗とも言えるハイキックを決めて見せる。


 ……なにこのアクション映画ばりの動き!? どこのカンフーマスター!?


 決して目で追えないという訳ではない。何というか時代劇の殺陣のように、とにかく動きに無駄がないのだ。一つの行動が全て次の攻撃なり防御なりに繋がっているというか。強いとは聞いていたけどまさかここまでとは。


「トキヒサちゃん! そっちに一匹行ったわよ」

「はいっ! このぉぉぉっ!」


 イザスタさんとウォールスライムが討ち漏らした鼠凶魔に、俺は勢いよく貯金箱を叩き込む。


 貯金箱が直撃した鼠凶魔は、動かなくなると光の粒子となって消滅し小さな魔石を一つ残した。半ば生き物でないとは言われたが、自分達が倒した命への最低限の礼儀として拾っていく。


「そっちは大丈夫? トキヒサちゃん」


 時折こちらに確認の声をかけてくれるイザスタさんは、何十という鼠凶魔と戦ったのに息の乱れがない。改めて実力差を感じさせられる。


「イザスタさんとスライムが大半の相手を引き受けてくれたから何とか」


 俺達は凶魔の発生源を探るべく、奴等が出てきた方向へ突き進んでいた。前衛はイザスタさんとウォールスライム。俺はそこを突破してきた奴を担当する。


 まず物理耐性のあるスライムが壁を造り一度に来る数を制限。それを抜けた相手をイザスタさんが各個撃破。俺の相手は更にその討ち洩らしなのだが、大半は倒されているのでせいぜい一匹か二匹だ。


 ちなみに同行しているのはうちの牢のウォールスライム。イザスタさんはともかく、俺はまだ厳密に言えば囚人に近い。普通に外にいたら他のスライムに取り押さえられる可能性があった。


 なのでうちのスライムが同行することで、目的地まで護送という体を装っている。実際に鼠凶魔から護られているのであながち間違ってはいない。


 イザスタさんの牢のスライムは元の所で待機。この監獄は大きな環の形になっていて、ぐるっと一周出来る構造になっている。出入口は俺が入ってきた所だけだが、万が一反対側の通路からも凶魔が来た時に備えてらしい。


「辛くなってきたらすぐに言ってね。空いている牢は沢山有るから適当にお邪魔させてもらうわ。もう疲れたって時に襲われるのが一番危ないの。早め早めに休まなきゃ」

「まだまだ余裕ですよ。それに時間をかけると他の人達が危なそうですし」


 ここに来るまで、囚人達とウォールスライムが協力して鼠凶魔と戦うのを見た。


 イザスタさんによると、凶魔にも襲う優先順位が有るという。鼠凶魔はスライムよりもヒト種を優先し、スライムは囚人が逃げない限り侵入者の凶魔を攻撃する。


 そして囚人側としては、下手に逃げて両方相手取るよりもスライムと協力して戦う方が得策な訳だ。


 幸い鼠凶魔はまだ弱い部類らしいので何とかなっている。しかし怪我をした人は多かったし、このまま増え続けたら死人が出かねない。


 まったく。こちらに来てまだ一週間もたっていないのにこんなことになるなんて。こっちは早いとこ金を貯めなきゃならないというのに。


「焦っても良いことないわよん。……やっぱり小休止をとりましょ。少しなら問題ないでしょう?」


 焦りが顔に出ていたのか、半ば強引に近くの空き牢に引っ張り込まれる。囚人が入るまでは鍵は開いているようですんなり入れた。


 元々中に居たウォールスライムが反応したが、同行しているスライムが触手で触れるとすぐにおとなしくなる。スライム同士で状況は伝わったらしい。


「ふぅ~」


 壁に背を預けて座り込むと、意図せずして大きく息を吐いた。どうやらかなり疲れていたらしい。異世界での初めての実戦。しかも連戦だ。身体は補正のお陰で何とかなっても、精神の方はそうはいかない。


「はい。お水よ」


 イザスタさんが手渡してくれた水筒を礼を言って受けとる。一度口をつけると、自分が相当喉が渇いていたことに気が付く。身体が欲するままに飲み続け、いつの間にか満タンだった中身は半分くらいになっていた。


「す、すみません。俺ばかりこんなに飲んでしまって」


 慌てて水筒を返そうとするが、イザスタさんは笑って受け取ろうとしない。そのまま軽く伸びをして、俺の横に同じように脚を崩して座る。スライム達は何か起きたら反応できるよう牢の前で待機。イザスタさんが持っていた菓子を与えると、どちらもすぐ取り込んでしまった。エネルギーの補充はこちらもしっかりするようだ。


「さっき戦っているのを見た感じ、力や素早さは明らかに常人以上なのに動きは素人。多分実戦は初めてだったりするかなぁって思うんだけど……合ってる?」

「……はい」


 イザスタさんの問いに俺は静かに頷く。以前“相棒”と山で遭難した時に野生動物と戦ったことはあるが、その時もここまでキツくはなかった。一番危なかった熊だって“相棒”がほとんど一人で仕留めたようなものだったしな。


「やっぱり! じゃあ出所して一段落したらちょっと訓練した方が良いわね。大丈夫。アタシも仕事がない時は付き合うから」

「……何から何までありがとうございます」


 ちょっと泣きそう。なんて良い人なんだ。普通下心があったってここまで親身になってくれないぜ。そのまま息を整えながら、道中気になっていた疑問をぶつけてみる。


「それにしても、うちのスライムは他のに比べてやけに強くないですか?」

「そ~お? 偶然じゃない?」


 イザスタさんはそう言って誤魔化していたが、明らかに他より強いと思う。発生源に向かっている途中何度も凶魔に襲われたが、何十という数を一時的に押し留めていたのは間違いないしな。


 付け加えると他の個体を何体か見たが、どれよりも俊敏だしパワーもあって個体差にしては妙だ。


「……分かったわ。トキヒサちゃんの秘密を聞いたんだもの、こっちも話さないとフェアじゃないわよね」


 俺が不思議に思っているのが分かったのだろう。イザスタさんは少し困った顔をしながらポツリポツリと話してくれた。




 自分の人とは違う能力の事を。


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